第6話 洋服とイケメンエリート④
クラリスが早速顔を近づけてきた。
「あのーお嬢様」
「なに?」
「通過してよろしいんですか?」
「一刻も早く他の店に行ってちょうだい、一刻も早くッ」
「いつもお嬢様はあの店の服をご所望でしたのに…」
「いいったらいいのよ! それより他のお店はないの?」
「どのような店がよろしいでしょうか?」
御者のバリーが窓に顔を張り付けて尋ねてくる。
こええよ。ホラーかよ。
そうこうしているうちに『愛のキューピッド』の前まで馬車がさしかかった。馬車は急には回れない。
外観は、それはもうピンクな雰囲気だった。
窓にもドアにもあまーい配色でフリルのついたカーテンがついており、壁も窓枠も屋根もすべて白。店の入り口に飾ってある鉢植えにはハート型の葉をした謎の植物がお出迎え。入り口の上には、丸字に赤で『愛のキューピッド』と刻印がされた看板がランプに照らされている。日本なら絶対に入りたくない店だ。
げんなりした顔で窓から店を見ていると、入り口のドアが開いて、まるまる太った厚化粧の女が出てきた。
「エリィ様、メイド長クラリス様、ご機嫌麗しゅう」
新型の特殊装甲かと疑いを抱くほどワンピースにフリルをつけたそのご婦人は、黄金の髪にきついパーマをあて、唇には真っ赤なルージュを引き、目元はブルーのアイシャドウを入れていた。
これはあれだな、夜中、枕元に出てきたら絶叫するレベルの化け物だな。
「新作ができましたので、是非ともエリィお嬢様にご試着をと思いまして」
「お嬢様、どうされますか?」
「断って」
「かしこまりました」
クラリスは『愛のキューピッド』の店長らしきご婦人に向き直った。
「本日お嬢様はお疲れでございます。またの機会に是非」
「まあそれはいけませんわね。では新作は取り置きをしておきますので、どうぞご気分の良い日にお越し下さいませ」
とんでもない見てくれだが、店長ご婦人の一礼をした礼儀作法は美しかった。
なるほど、こんなメインストリートの一等地で変な店を流行らせているだけの手腕があるんだ。おそらくエリィのような貴族や金持ち向けの服をデザインしているのだろう。単価も高いし、若い女子の服なら回転率もいいはずだ。店の様子や店長ご婦人の着ている服からしても、結構儲かっているのだろう。
「どうされましたお嬢様?」
「なんでもないわ」
「では別の店へ」
バリーは馬車を巡らせ、服屋というか雑貨屋のような、日本の古着屋を連想させる店に入った。
店の中にはところせましと服が置いてあり、新品が手前、古着が奥に陳列され、使用済みの皮の盾やステッキや銅っぽい剣なんかも置いてある。いやーこれはファンタジーだな。
リングを捨てに行く小人族がいないか見回した。
――!!
いない。いるわけがない。あの映画好きなんだよ。マイプレシャス。
お目当ての女性物洋服類は流行であろう白シャツにやぼったい茶色の皮のドレスが中心で、ワンピース、チュニック、カーディガンのような羽織る服なんかもあり、値札と一緒になぜが防御力の説明書きがある。
「クラリス、なんで値札に説明書きがあるの」
「冒険者がよく来るのでそういう書き方のほうがウケるのですよ」
そう言って俺は値札に目を落とした。
『皮のドレス。4000ロン。
流行の革ドレス、スライムなんてへっちゃら!
一角ウサギの突進ぐらいなら大丈夫、かも!?』
なんだよ「かも!?」って。
『ペイズリーチュニック。3000ロン
かわいらしいペイズリー柄。スライムぐらいならきっと平気。
ゴブリンはちょっと危ないかも!?』
だからなんだよ「かも!?」って。
しかもデザインが下手でペイズリーじゃなくてゾウリムシに見えるぞ。
しばらく店内を物色して、服を広げては閉じ、を繰り返す。服を取って広げてくれるのはクラリスだ。彼女はこちらの心を読んでいるかのような素早い動きで先回りしてくれる。
茶色い麻のシャツ、薄茶色の麻のシャツ、どれもボタンはない。胸のあたりでひもを通して結ぶようだ。綿や皮は値段がちょっぴり高い。綿があるなら文明的に色々なデザインで加工できるはずだ、という俺の考察は店内をよく観察するにつれて、なぜこのグレイフナー王国ではお洒落デザインがないのかという解答に近づいた、気がする。
そして俺はとある柄がないことに愕然とした。
「チェック柄が、ない……だと?」
あれほど有用で組み合わせに便利な柄が販売されていないことに戦慄を覚えた。この国のファッションは一体どうなっているんだ。
デブが店内でがっくり膝をついているのは邪魔で仕方ない。俺は気を取り直してバリーに言って次の店へいく。
『秘密の道具屋』という店だ。
どこに秘密めいたものはない。ふつーの道具と服を扱う店だ。エリィに似合う大き目のサイズはない。
馬車に乗り込み、さらに違う店へと向かう。
『ザ服屋』
安易すぎるネーミングに古着屋と大して変わらない品ぞろえ。
次、行こうか。
「洋服の専門店はないの? ブランド物みたいな」
「ブランド、とはお酒のことですか?」
「それブランデーのことでしょ」
「そうでございます」
「そうじゃなくて個人が広めたデザインの洋服を扱う店よ」
「そういった店はありませんね。服屋は服屋です」
「さっきの『愛のキューピッド』みたいな店よ」
「あの店が特別でございますよお嬢様」
大体把握できてきた。
ブランド物、という思考はない。たぶん『愛のキューピッド』がその走りのようなもので、これから時代の流れと共にブランド名がついた商品が流行っていくのだろう。
ふふふ、なるほどね。
「お嬢様、どうされました?」
「いいえ、なんでもなのよクラリス」
次の店『タンバリン21』という店もごく普通の品ぞろえと、流行を押さえた服しか置いてない。防御力の説明書きはあった。大した感動もなく店を出る。
「お嬢様」
「ひっ!」
御者の窓に顔面を密着させてバリーが突然声を出した。
「バリー心臓に悪いからそれはやめてちょうだい」
「申し訳ございません。私も会話に入りたくてつい。少し年齢層は上ですが『ミラーズ』はどうでしょうか」
バリーが手綱を操りながら聞いてくる。
「じゃあその店にして」
「かしこまりました」
一番大きいグレイフナー通りへ戻り、次の交差点を曲がると『ミラーズ』があった。
なかなか洒落た外観であった。俺が知っているシャレおつな日本の店とはまた趣が違って感心する。
白亜の木製ドアに大きな鉄製ドアノブがついており、店の壁には新作らしき洋服がハンガーにかけられている。看板の文字も『Mirrors』と控えめの刻印がされていた。文字は英語なのかわからないが、俺の目には英語表記に見える。脳内で変換されているらしい。
精悍な顔立ちのドアボーイが待ち構えていた。着ている服装はやはりだぼっとしていまいちであったものの、背にしょっている剣がいかにも異世界でかっこよく、鍛えぬかれているのか姿勢が良くて見栄えが良い。
やっぱ男だし憧れるよなー剣とか鎧とかこういうの。まあ俺はデブでブスの女の子だけどな。
店に入ると、店員が俺の服装を見て困惑し、お辞儀だけして去っていった。
パジャマじゃしょうがねえ。
クラリスが影のごとく静かについてくる。店内の服を取ろうとすると、さっとこちらに広げてくれる。
うん、まあまあだな。
「ここは十代後半から二十代前半の女性向けのお店ですね」
わりと上質なチュニックとシャツがある。カーディガンや、ワンピースもある。やはり、日本だったらあっていいはずのズボンやジーンズはない。
「ズボンはないの?」
「まあお嬢様。ズボンは殿方の履くものでございますよ。冒険者でもない限りレディの着るものではございません」
「昔からそうなの?」
「はて、いつからかわかりませんがわたくしが子どもの頃から女はスカート、男はズボン、と決まっておりました」
「キュロットはないの?」
「キュロ…なんでございますか?」
「最近、日本……おっほん、最近思いついたんだけどね、こういう形をしたズボンがあってもいいと思うのよ。スカートっぽいけど、足を広げてもパンツを覗かれることはないわ」
「ほほう、それはなかなかよろしゅうございますね」
クラリスは俺が手を動かしてみせた形を確認してうなずいた。
「あとこういうフリルはいまいちよ」
俺は店に飾ってあった、布のスカートを広げる。腰のあたりからスカートの裾まで斜めに伸びているフリルを指さす。発想は悪くないと思うが、茶色の厚みがあるスカートにフリルをくっつけているのは、ぼてっと見た目が重たくなるのでいただけない。
「どうせならもっと生地を薄くしてなめらかさを出すべきね。それから靴ね」
「靴でございますか」
「ヒールとかパンプスとかはないの?」
「かぼちゃですか?」
「ちがうわ、そういう靴よ。ちょっとかかとがついて高くなっている靴」
「いえ、存じ上げません」
「ないの!? なんてこと…」
「お嬢様?」
「あれがあればデブなんかは多少細く見せることができるのよ。もちろんわたしぐらいのデブだとワンピースしか着れないし履いても意味ないけどね」
ぽっちゃり系ならまだしもエリィは太すぎる。関取とあだ名をつけられてもおかしくない。
ああ、そういえば小学校の頃「よこづなどすこい」とあだ名を付けられた女の子いたな。あのときは申し訳ないことをした。なんたって付けたの俺だもんなー。ああいうのって本当に傷つくよな。大人になってから女性にはそんなこと一切言わなくなったけどさ、子どもって残酷だなほんと。
登下校で遭遇すると「どすこい!」って腹に張り手してた。偶然再会したら「よこづなごめん!」って謝りてえなあ。
「ご来店ありがとうございます。店主のミサと申します」
茶色のボブカットをしたスレンダー美人が華麗にお辞儀をした。
店主と言う割にはずいぶん若い。二十歳前後に見える。
「当店の商品に何か問題がございますか?」
さっきの会話が聞こえていたみたいだな。
怒っては、ないようだ。好奇心が勝っている、といったほうがよさそうだ。
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