第196話 『レセリア湖、到着』
レセリア湖が視界に入ってくると、メルエーナは思わず感嘆の声を上げてしまった。
ナイムの街にやって来て初めて海を見たときにも驚いたが、レセリア湖は聞いていた以上に大きく、美しかったのだ。
夕日が湖に映っているのが、何とも言えず神々しく、すごく神秘的だ。
それに、ナイムの街とは異なり、この辺りは緑が多い。山育ちのメルエーナは、それだけでも嬉しくなってしまう。
きっと、もう一年以上実家に帰っていないから、余計にそう思うのだろう。
湖がよく見える窓側で良かったと考えたメルエーナだが、思い出してみると、馬車に乗る際に、ジェノにこちら側に座るように言われていたのだった。
その気遣いはありがたいが、やはりジェノは一言足りないのだとメルエーナは感じる。
そこだけを直せば、ジェノに対する周囲の反応は大きく変わるだろうにと思う。
でも、そうすると今以上に異性にもモテるようになってしまう事は容易に想像できるので、少し複雑な気持ちもしてしまうというのが、メルエーナの偽らざる本音だった。
(ですが、やっぱりジェノさんの事を誤解する人が減ってくれた方が嬉しいです)
メルエーナは自分の中の浅ましい気持ちを心の片隅に追いやり、そう思ってジェノに微笑みかける。
「メルエーナ、どうかしたのか?」
「いいえ。何でもありませんよ」
言葉とは裏腹に、メルエーナは微笑みながら答える。
「……レミィ……」
メルエーナの向かいに座るレイルンが、座席の上に立ち、険しい表情で湖を見ていた。
「レイルン君。宿に着いたら、私とレミィさんのことを従業員さん達に尋ねてみましょう。だから、到着までもう少しだけおとなしく座っていてね」
「……うん」
レイルンはバルネアの優しく諭す声に頷き、席に腰を下ろす。
「良い子ね、レイルン君は」
メルエーナも優しくレイルンを見つめる。
この子は、本当はもっと早くにこの場所に戻ってきたかったのだろう。
それは、メルエーナに魔法をかけて繋がりを持ってからという意味ではなく、レミィという名前の女の子と別れてからすぐにという意味で。
レイルンの話だと、彼は以前、妖精の住む世界からたまたまこの世界と繋がった穴からやってきたのだという。
そしてそこで、レミィという同じくらいの背丈の女の子に一目惚れをし、彼女と何日も遊んだらしい。そして、仲良くなったレイルンは、レミィのお願いを叶えたいと思ったのだという。
その『お願い』が何なのかは、メルエーナは知らない。
レミィから他の人には話さないでと約束をしたからという理由で、レイルンが話してくれないのだ。
だから、レイルンが持つ『魔法の鏡』というものを、洞窟のとある場所に設置して欲しいということしか分からない。
けれど、レイルンからは悪意をまるで感じない。決してそれは人に害をなす事柄ではないと、見えない繋がりがあるメルエーナには分かるのだ。
湖が見えてから二十分ほどで、馬車は目的地である宿に到着した。
まだ夕日が出てくれているので明るいが、あと数時間でこの辺りは真っ暗になってしまうだろう。
「レイルン君、ごめんね」
「大丈夫だよ。ただ他の皆から姿が見えなくなるだけだから」
メルエーナは馬車が止まる少し前に、レイルンの実体化を止めた。
妖精は珍しいので、余計な詮索を受けないようにするための配慮だ。
「ふふっ。お夕飯のときに、また会いましょうね、レイルン君」
バルネアは姿が消えたレイルンに笑顔で話しかける。まるで、今そこにいることが分かっているかのように。
「降りましょう」
それまで黙っていたジェノが、静かに停車した馬車から先に降り、バルネアが降りる手助けをしてくれ、さらにメルエーナにも手を貸してくれた。
けれど、何故かメルエーナは、ジェノが複雑そうな顔をしている気がしてならない。
何が? と尋ねられても返答に窮するが、何か今までとは少し違う気がするのだ。
しかし、メルエーナのそんな疑問は、
「ようやく到着ね」
後ろの乗り合い馬車から降りてきた、イルリア達の声で吹き飛んでしまう。
「うわぁー、素敵な宿ですね」
マリアが眼前の宿を見て、忌憚のない感想を述べる。
大きなこの宿は、丸太を何本も使ったログハウスで、かなり大きい。
けれど、これはメルエーナの勝手な想像だが、貴族であるマリアはもっと大きな建物も見たことがあるはずだろうと思う。
それなのに素直に心からこの宿に泊まれることを喜んでいるようだ。
本当に、身分差を感じさせない気さくな素晴らしい女性だとメルエーナも思う。
「本当に素敵ですね。バルネアさん。改めて、このような素敵な申し出をして頂きありがとうございます」
セレクトがお礼をバルネアに述べると、マリアも「本当に、ありがとうございます」と頭を下げた。
以前、メルエーナの故郷であるリムロ村付近で嫁入り道具を無くして、冒険者を雇って探させるといった権力と財力を傘にきた行動を起こした貴族様とは大違いだと、二人を見ていると思ってしまう。
マリアもセレクトも、すごく親しみやすいのに、確かな気品を感じるのだ。
これがカリスマ性というものなのかもしれないなぁ、とメルエーナは考える。
「まぁ、立ち話はこの辺りにしておこうぜ。正直、俺は腹が空いてきた」
最後に馬車から降りてきたリットが、そんな事を言う。
その言葉に苦笑しながらも、若いメルエーナ達は、正直お腹が空いていた。
「ああ、そう言えば、バルネアさん。昼食に頂いたお弁当ですが、本当に素晴らしいお味でした」
「あらっ、マリアさんにそう言って頂けるのは嬉しいわ」
バルネアが嬉しそうに微笑むが、マリアは少しだけ、う~ん、と考えたかと思うと、笑顔で口を開いた。
「あの、バルネアさん。その、これは飽くまでお願いですので、無理にとは言いませんが、よければ私のことも、『マリアちゃん』と呼んで頂けませんか?」
突然のお願いに、バルネアは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐにニッコリ微笑んで、
「分かったわ、マリアちゃん」
と言って微笑む。
「はい。ありがとうございます!」
マリアは心から嬉しそうに笑う。
花々が咲き誇るようなその笑顔に、馬車の御者を始めとした男性は見とれているのがわかり、メルエーナは改めてマリアの魅力の凄さに驚く。
「そうです! セレクト先生も、よければ可愛らしく呼んであげて下さい!」
マリアは名案だと言わんばかりに提案するが、「それは、ちょっと」とセレクトが止めようとする。
「良いじゃあないですか。私達はこれから仲間になる予定なんですから!」
「いや、ですが、私にも立場が……」
マリアとセレクトのやり取りに、思わずメルエーナとイルリアは相好を崩してしまう。
「それじゃあ、セレクトさんのことは、『セレクト先生』と呼ばせて頂いても?」
セレクトが困っていたので、バルネアが助け船を出す。
「ああっ、それはありがたいですね。それでお願いします!」
「ええっ! セレちゃん、とかの方が可愛いですよ」
「拒否します、断固として」
マリアとセレクトのやり取りは、宿に入るまで続いた。
そんな事に気を取られていたため、メルエーナは気づかなかった。
宿から少し離れた林の奥から、左右の瞳の色が違う人間が一人、こちらを見ていることに。
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