第127話 『とある日の深夜』
ジェノは尿意を覚え、深夜に目を覚ましてしまった。
しかたなく、ランプに火を灯してトイレに向かう。
用を足し、手を洗って自分の部屋に戻ろうとしたところで、ジェノは居間兼調理場付近から明かりが漏れていることに気づく。
ペントが明かりを消し忘れたのだろうか?
でも、ペントはいつもしっかり確認をする。だとしたら……。
ジェノは一瞬、泥棒ではと考えたが、その考えはすぐに無くなる。何故なら、
「ジェノ。眠れないの?」
と、よく知った声でドア越しに話しかけられたから。
ジェノは静かにドアを開ける。
すると、リニアが調理場で何かをしているのが目に入ってきた。
「先生こそ、何をしているの?」
ジェノが尋ねると、リニアは「いやぁ、あははっ」と笑って誤魔化そうとする。
「先生、何か料理を作っているの?」
ジェノはジト目でリニアを見る。
「いやぁ、先生も君と同じで、まだまだ育ち盛りだから。ちょっと夜中に起きたらお腹が空いてしまって……」
「もう。おやつは決められた時間にしか食べたら駄目なんだよ!」
ジェノが注意すると、リニアは「そう固いことを言わないの」と言って苦笑する。
「ペントに叱られても知らないよ……」
ペントは優しいが、躾には厳しいところもあるのだ。
「ふっ、先生がそんなヘマをするわけがないでしょう。それと、いい機会だから、ジェノ。君も一緒に作って一緒に食べましょう」
「えっ?」
リニアはさも名案とばかりに言い、ジェノを手招きする。
「でっ、でも……」
ペントから、夜に間食をするのは良くないと言われているジェノは、それを拒もうとする。だが、正直、リニアが何を作っているのかは気になるし、お腹が空いていないわけではない。
「あら、食べたくないの? これは先生の知っている甘いお菓子の中でも、特に美味しいものなんだけどなぁ~」
「おっ、お菓子を作ろうとしていたの? しかも、甘い……」
ジェノも他の子供と同じように、甘いものは大好きだ。そして、それをこんな夜に食べるという背徳的行為に引かれるものがないわけがない。
「だっ、駄目だよ。明日の朝の食事が食べられなくなるから」
「ふっふっふっ、大丈夫よ。量も考えてあるから。さらに二人で食べれば更に量も減るわ」
何とか邪念を振り払おうとするジェノの耳に、リニアの悪魔の囁きが心地よく聞こえてくる。
「これはね、簡単にできるのにすごく美味しいのよ。外はカリッと、中はもちもちしていて、甘さもとても上品なの」
「えっ? カリッとしているのに、もちもちって……」
ジェノは、その料理がどんなものなのか想像がつかない。
だが、想像してしまったことで、余計にどんな料理なのか気になってしまう。
そんなジェノに、リニアは不意に真顔になって口を開く。
「ジェノ。君は歳不相応に大人び過ぎているわ。きっと、ペントさんやお兄さんに迷惑をかけないようにしないといけないという気持ちが強すぎるのよ。
それが悪いことだとは言わないけれど、良いこととも言えない。絶対に譲ってはいけないものというものは確かにあるけれど、ただ単純に、決まりだから決まりを守るというのは頭が固すぎるの。そんなことでは、強い剣士にも、強い人間にもなれないわよ」
「えっ? それって、本当に……」
ジェノはてっきり冗談だと思ったが、リニアの顔は真剣そのものだ。
「ジェノ。自分の考えだけが正しいという考えは危険よ。それは、思考の、考える範囲を狭めてしまうことだから。
思い出して。私が君に最初に木剣をプレゼントした時に、私は目隠しをして、どんな手段を使ってもいいから剣を当ててみなさいと言ったわ。でも、君は木剣をただ振ることしかしなかったでしょう?」
「……はい」
「きっとそれは、心のどこかで、石を投げたりするのは卑怯だと思ったんじゃあないかしら?」
リニアの言葉は、図星だった。そのため、ジェノは何も言えなくなってしまう。
「やっぱりね。君が石を使わないのは自由よ。でもね、これから君が戦うことになる敵は、ありとあらゆる方法を使ってくると考えなさい。
実戦で、『そんなの狡い』は通用しないの。ありとあらゆる物を利用して勝つ。それも戦い方の一つなんだから」
リニアは呆然とするジェノに畳み掛けて話しを続ける。
「一対一と言いながら、多人数で待ち伏せをする。人質を取る。これらは決して褒められたことではないけれど、そういう狡い方法もあるということはしっかりと覚えておかないと駄目。その上で、それらを破る方法を考える。これは、頭が固いとできない思考なの。
そして、罪を犯した人間は裁かれるべきだけれど、杓子定規……ええと、なんでもかんでも、罪を犯したから同じ罰を与えるというのも駄目。世の中って、そんなに単純ではないのよ」
リニアの言っていることは難しい。でも、間違ったことは言っていない気がする。
ジェノはそう思い、「分かりました」と頷いた。
すると、リニアはニンマリと笑う。
「よぉーし。それじゃあ、お姉さんが、少しだけ悪いことも教えてあげるわ。そういう事もちょっとは覚えないとね」
リニアは嬉しそうに笑う。
それを見てジェノは、リニアが本当に自分のことを考えてくれた上での言葉だったのか疑問に思う。
しかし、先生と一緒に料理をするのは、やはり楽しく、また、作った『ゴマ団子』という料理は、とても美味しかった。
胡麻の香りと上げられたそれの食感が楽しく、中のもちもちした生地とアンコと呼ばれる甘いものも絶品だった。
それを夜中に食べる背徳感もたまらないものだった。
ただ、次の日の朝、使った油は足してあったし、台所の掃除も完璧ではあったが、調理器具の僅かな位置の違いからペントに何か料理をしたことがバレて、リニアはペントに叱られた。
シュンとするリニアを見て、やはり悪いことは出来ないのだと、ジェノは一つ大人になった気がしたのだった。
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