第44話 思い出した 中編

 昼休み。

 弁当を一瞬で済ませた俺は、中庭にてようやく”いい物”と対面している。


 いい物は元々三つ、”か”・”し”・”て”があって、”か”は昔夏織ちゃんにあげた肩たたき券だった。


 そして、残りの二つが今俺の手元にある。


「”し”が写真で、”て”が手紙だったのか」


 朝から我慢していたストレスが軽い興奮材料となったのだろう、鼓動の高鳴りを感じる。



 まず写真から見ていく。

 と言うか文字よりも写真の方が目についた。


 少し色あせて十年前の日付が印字されている写真は、駄菓子屋『かみの』の前に五人の大人と二人の子供が立っている様子を捉えていた。


 ……いや、大人は四人か。これは、高校生の時の夏織ちゃんだ。


 そしてその隣に俺。

 その外側に俺の両親と妹。


 俺じゃない方の夏織ちゃんの横には、神野家のおじさんとおばあちゃん。


「うわあ、この駄菓子屋……懐かしいなあ」


 無意識に言葉が口から出てきていた。


「夏織ちゃん、やっぱこの時からあんまり変わってないなあ」


 髪こそ今よりも短めだけど、顔つきは綺麗と可愛いが混在してる。

 やっぱり可愛い。昔の俺が一目惚れするのも無理はないな。うん。


 そんで、このおばあちゃん。

 駄菓子屋はこのおばあちゃんがやってたんだよな。


 髪は白色で皺が多い手と顔のおばあちゃんは、俺がお店に行くといつも優しい笑顔で迎えてくれてた。


 そのお店を手伝ってたのが夏織ちゃんで、俺は小二ながらも一目惚れをしてしまったわけだ。



 お店の写真を見て一段と鮮明に当時の様子が思い起こされる。



 ——そして、当時の記憶につられてもう一人の人影も。



「そいえば、夏織ちゃんがいない日は夏織ちゃんのお母さんが手伝いに来てたな……」


 そう。

 夏織ちゃんは学校が休みの日にしか手伝いには来ておらず、それ以外の日はおばさんがお店にいた。


 この写真には写ってないけど、きっとシャッターを押したのが夏織ちゃんのお母さんなんだろう。



「あれ、そうだっけ? 確か夏織ちゃんのお母さんって病気で……」



 自分が紡ぎ出していく言葉を引き金に、重大なことを思い出す。



「……あ」



 ——夏織ちゃんのお母さんは、十年前に病気で亡くなったんだった。



 そうだ。


 そうだ、そうだった!



 それで、おばあちゃんだけではお店をやっていけないって言って、お店が閉まっちゃったんだ。


 神野家のおばさんのお葬式に行って、夏織ちゃんとはそれ以来会ってなかった。

 大粒の涙を流す夏織ちゃんに、”あの手紙”を渡して。



「ってことは……」



 写真を急いでかつ丁寧に封筒に戻し、すぐに”手紙”の方に目を向ける。




 ”——

 かおりちゃんへ


 ぼくはかおりちゃんの気もちがわかります。

 ぼくもお母さんがいなくなるのは、

 ぜったいにいやです。


 だから今はたくさん泣いてください。


 けれど、大きくなったらぼくが

 かおりちゃんをささえてあげるね。


 ぼくはえがをのかおりちゃんが

 せかいでいちばん好きだよ。


 こうた

 ——”



「ーーーっ!」



 顔から火が出るとはこのことか?

 恥ずかしすぎるぞ!


 知らない子供が書いたものなら、『可愛いもんじゃないか』と笑い話にできるだろうが。

 これは正真正銘自分が書いたものだ。


 チラッと手紙に視線を落とし、すぐに校舎の壁をぼんやり見る。


「そういえば、お葬式の日に夏織ちゃんに手紙を書いてったな……」


 もう見たくもない気もするが、怖いもの見たさにもう一度手紙に目を通す。



 ……うーん。

 

 励ましたかったんだろうけど、前半のくだりは傷をえぐってないか?

 大丈夫だったのだろうか。

 夏織ちゃん怒らなかったかな。


 そして後半のくだり。

 ”支えてあげる”だの。せ、”世界で一番好き”だの……。

 こんなの……ただの告白文じゃないか!


 誤字まであるし。


「はー、あっついな」


 手紙を持っていない方の手でパタパタと火照った顔に風を送る。


 こんな日に限って、晴天に風なし。

 冷や汗に加えて、普通の汗もじんわり滲んでくる。



 でも、ようやくわかったな。



 前に思い出した、両手で顔を覆って泣いている夏織ちゃんは、お葬式の時の夏織ちゃんだ。



 そして、今朝の夏織ちゃんの「ずっと待ってた」という言葉と、この手紙……。


「もしかして……」


 もしかして夏織ちゃん、この十年間、手紙の通りに俺が大きくなるのを待っててくれたのか……?


「……いや、まさかな」


 だって。


 だってそうだとしたら、夏織ちゃんずっと俺のことを……好きだった、ってことに……。


 ……いや、”好きだった”までいくのは早計か。



 けど、今朝の発言からも、ずっと待っててくれたのは確かのようだ。



 けれど、俺は忘れちゃってた。

 夏織ちゃんは待っててくれてたのに……。



 顔を仰いでいた手で、今度は強く握り拳を作る。



 夏織ちゃんは待っててくれたのに。

 俺は夏織ちゃんが高校生のときの話を悲しそうにするのを見て、やっと断片を思い出した程度。



「なんか、無責任だな。俺。」


 夏織ちゃんは初恋の人だ、とか言っといて。

 夏織ちゃんが大変な時にした約束を忘れてたなんて。



 やっと思い出せた喜びは微塵もなく、自分への失望と虚無感が体を循環していった。

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