小話 自分という身体

うつ病になった時、うつ傾向だった時から、私の身体からだは「サイズの合わない服」のようだった。


心の思うままにならない身体。動きたいのに動かない身体。

身体は動けるのについて行かない心。元気な見た目に反して何も感じない心。


心と体のバランスを崩した「自分という身体」は、何もしない。という選択を取ったのだと思う。

生きることも死ぬこともしない。

ただ居るだけの私。


真面目すぎる心は、それを許さなかったのだ。生きることを辞めるのなら、何も出来ない私ならば、居なくなった方がマシだと判断してしまった。


何度、生きると死ぬを脳内で行ったり来たりしたことか。。。

今考えると不毛である。

人は生きるしかないのだから。

生きていれば、どうにかなるのだから。



今、振り返ると分かることがたくさんあるが、それは後で書くことにする。

(今現在の私は、「自分という身体」の慣らし作業が終わり、試行作業も終わった状態。つまりめちゃくちゃ元気である。)



この後、浮き沈みを繰り返しながら、自分と向き合い、今の脱うつになるまで記述していきます。

どうぞお付き合い下さい。

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