第2話



 次の日、二人はまた体育倉庫にいた。

 昨日と同じように、先生が見ていない隙に中に入った。


「今日は絶対に見つけましょうね! 先輩!」


「しっ。静かにした方がいいです。先生に気づかれたら、こうやって調査することが出来なくなりますから。今日も見つからなかった時に、困るでしょう」


「あっ、そうですね! ……あっ、すみません」


 状況を考えずに、大きな声を出していた涼太は、洋一に注意されて慌てて声を小さくする。

  怪談のせいで、体育倉庫に近づく人は、ほとんどいない。

 しかし、誰も近くを通らないというわけではない。


 もしも誰かがいる時に、大きな声や音を出してしまえば、絶対にバレてしまう。

 それを心配しての言葉は、涼太にきちんと通じたようだ。

 極力、音を立てないように、静かに動き出す。


 昨日よりもスムーズに、協力してボールを一つ一つ調べる。

 涼太も洋一も、動きが手慣れてきた。

 それが良いことなのか悪いことなのか、判断に困るところだ。


「先輩、先輩。暇だから、少しお話をしましょうよ」


「良いですよ。しかし、静かにです」


「き、気を付けます。……先輩は生首について、どう思いますか?」


「そうですね……」


 涼太の質問に、洋一は調べる手を止めて、真剣な表情で考え出す。

  答えを待ちながら、涼太は一つのボールを手に取った。


「ここまで謎が多いと、その生首は姿を現す相手を、選んでいる可能性がありますね」


「選んでいる?」


「そうです」


 手に持つボールをくるくると回して、どんどん速くしていく。


「生首を見て驚く人では無かったら、とっくに謎を解き明かしているはずです。しかし、今まで誰もいなかったということは、全員逃げているということでしょう。絶対に怖がる相手、向こうはそういう人の前にしか現れないのかもしれません」


「と、いうことは?」


「油断をしている時に、姿を現す可能性があるということです。……例えば、今こうして話をしている状況とか」


「うおっ?」


 ボールの回転を止めた涼太は、手に感じた温かく弾力性のある感触に、反射的にボールを投げてしまう。

 投げられたそれは、綺麗な放物線を描き、洋一の手元におさまった。


「おやおや。本当に姿を現してくれるとは。思っていたよりも、単純ですね」


「せ、先輩! 大丈夫ですか?」


 洋一の手元にあるそれは、明らかに生首だった。

 おかっぱ頭の、青白い女性の頭。

 表情は歪んでいて、白目まで剥いている。


 常人であれば、まともに見ていられず逃げたくなるぐらい。

 その造形は、おぞましいものだった。

 投げてしまった涼太は、洋一を心配して駆け寄る。


 しかし傍に行く前に生首の口が、顎が外れたのかと思うぐらい、大きく開いた。




 きゃはきゃははははあひゃあひゃあひゃききききききき




 甲高い笑い声。

 長時間、聞いていれば耳が痛くなりそうだ。


 それが体育倉庫に響くぐらい、大音量で生首の口から出ているのだ。


 涼太も洋一も顔をしかめて、そして視線を交わせた。

 このやりとりで、何をしたいのか分かったらしい。

 頷いて、すぐに行動に移した。


 まず動いたのは、洋一だった。なおも笑い声をあげている生首を、自身の顔の高さに持ち上げた。

 そうすれば笑い声が一瞬、戸惑ったものになる。


 それを確認した涼太が、優しくおかっぱ頭を撫でた。

 それには、さすがに笑い声が止まる。

 心なしか白目を剥いた顔も、強ばっているようだ。


 頭を撫でた涼太は、そのまま話しかけた。


「どうもどうも。お初にお目にかかります。体育倉庫の生首さん。もう何となく予想しているでしょうが、僕達は一般の生徒ではありません」


 まるで幼子を相手にしているかのように、涼太の声は優しかった。


「……な、何者なの? あなた達は」


 その声と話し方に、生首は女性らしい普通の顔つきになった。

 しかし生首の時点で、恐ろしさに変わりはない。

 むしろ不気味さは増したが、二人は気にしなかった。


「僕達は、あなたと同じようなものです。この学校にずっといて、たまに生徒を驚かせたりする存在。傷つけるわけでは、ありません」


「たまにと言いましても、ほとんど無いです。現に、そこにいる田中君は、人間に会ったことすらありませんから」


「先輩には、まだまだ早いと言われているので。会ってみたいですけどね。まだまだ力の加減が出来ないので」


 涼太をたしなめながら、洋一は生首に向かって笑った。

 めったに見られない表情に、涼太も生首も驚く。


「そ、それで。結局、何をしに来たわけ?」


 見とれていた生首は、覚醒するといぶかしげに聞いた。

 その問いに対して、二人は顔を見合わせて笑う。

 その表情が邪悪なものにしか見えず、生首は頭だけで震えて怯えた。


「それはもちろん」


「スカウトのためですよ!」





 その後、体育倉庫の生首の噂は、衰退の一途を辿った。


 それも無理はない。

 生首だった彼女は、そこにはもういないのだから。

 誰も見る者がいなければ、怪談が噂されることもない。


 代わりになるのか分からないが、新たな怪談が噂されるようになった。


「存在しないはずのミステリー研究会」


 この学校には、多種多様な部活動がある。


 しかし百年の歴史の中で、そのような部活が発足されたことは無かった。

 だから存在しないはず。

 しかし生徒の間で、まことしやかに噂されていた。


 ミステリー研究会の部員は、全員何かしらの怪談である。

 そして、他の怪談をスカウトして部員にする。

 もしもいなくなった怪談があれば、それはミステリー研究会のおかげだと。


 自らの平和を信じたいからこそ、そう噂して現実のものにしようとしている。




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