第111話 れっつくっきんぐ!

 幾つもの小さな手が、洗い場で根菜の泥をごしごし洗い、丸葱の皮をきゃっきゃと剥いてゆく。そして、シスター・イザベラはそんな子達に囲まれ、目を細めて幾度と頷きながら微笑みを返す。胸の内は、穏やかでは無いだろうに。


「どうかな~!? 高すぎたり、低すぎたりしてない~!?」


「「「「「「「「「「「「大丈夫~!!」」」」」」」」」」」」


 シュルルが足元を覗き込む様に尋ねると、ちびっ子達の元気な声が一斉に響き渡った。

 アイミートユーの調理場は、たちまち満員御礼だ。

 大人の作業用に準備された洗い場に調理台なので、ちびっ子用に足場を、文字通り生やしたのだ。地面を持ち上げて。


 その様な訳で、洗い場は底に栓をして野菜をぷかぷか浮かべ、たぽたぽと湯気の立ち昇るぬるめのお湯を流し、それを6人が囲んでまるで水遊びの様。


「すごい、すご~い!」

「おみずつめたくなーい!」

「きゃっ、めにはいったぁ~!」

「きゃっきゃ!」

「どろがよくおちる~!」

「おっきな、にんじんさん?」


「お野菜は、おもちゃじゃありませんよ~」


「「「「「「は~い!」」」」」」


 イザベラがやんわり注意すると、元気な声が。


「はい、しすたあ」

「これも~」


「はいはい。ありがとうね~」


 傍らの子らから、剥き終わった丸葱を渡されると、イザベラは包丁を手に優しく受け取るのだが、その瞳に移る陰りは隠しようも無く、シュルルとしては声をかけずにはいられない訳だった。


「大丈夫ですか、イザベラさん?」


「ええ。大丈夫ですよ。シュルルさんで宜しかったかしら?」


「はい。子供達も落ち着いて来たみたいで、良かったですね?」


「お恥ずかしい話です。こんなにいっぱいのお野菜に触れるのは初めての事なのですわ。

 うちでは満足に食べさせてあげられなくて……」


 そう言われてみると、みんな少し痩せ気味です。

 根菜の皮を剥いてる子らの目も、かなり真剣に映ります。指も細いし、血色もあまり良いとは言えないかも。血も、そんなに美味しくなさそう……


「あの~、宜しかったらですが、そちらの院で私どもの活動に協力して戴けませんか?」


「え? 協力ですか?」


「いえね。大した事じゃないんですよ。でも、そちらさんにしたら、とっても良い話」


 人懐っこくにっこりと軽くウィンク。


「はあ……」


「うちの旦那さんがね、錬金術師なんてものをしてまして。実はこのギルドもその研究の為に運営しているんですよ。

 そこで少し、お話をさせて戴いても宜しいでしょうか?」


 タンタンタタンと軽快に包丁を鳴らしながら、シュルルはイザベラに血の採取と健康の分析、そして食事の補助について一通りの説明をする。

 そして、寸胴鍋3つ分を用意する頃には、あらかたの話は終わっていた。


「さあ~、蓋をしちゃいますよ~」


「「「「「「「「「「「「わあ~!!」」」」」」」」」」」」


 みんなの見ている前で、蓋を鍋に接着。


「いつたべられるの!?」

「いつ!?」

「いつ!?」


 ワッと盛り上がる子供らを前に、シュルルはうんうんとワザとらしく頷きます。


「これは、あと数時間は窯の中で温めなければなりません」


「「「「「「「「「「「「え~!?」」」」」」」」」」」」


 途端にがっかりする子供達の悲鳴にも似た嘆息。

 だけど、シュルルの口元はにんまりです。予想通りの反応です。ちょっと意地悪かな~とも思ったりしますけども、自分は人でなしだから良いのです。だって、ラミアなんだもん。


「これは窯の奥へ入れちゃいますね~」


「「「「「「「「「「「「あ~……」」」」」」」」」」」」


 寸胴鍋を竈の奥へと押し込むと、如何にもがっかりとした声が。

 そして、徐に隣の窯の扉を開け、その奥から寸胴鍋を1つ引っ張り出しました。


「そして、これが今朝一番に窯へ入れておいた野菜スープの鍋です。

 煮えたかどうか、食べてみましょう!」


「「「「「「「「「「「「きゃーっ!!」」」」」」」」」」」」


 くくく……予想通りの反応だわ。


 1尾ほくそえむシュルルは、芝居染みた仕草で、サッと両の掌を左右に開いて見せ、悪戯っぽい笑みで注目を集めます。


「さあ、皆さん! うちの特製スープをご覧あそばせ!」


 ぽーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!


 徐に魔法で蓋の接着を解くと、熱で膨張していた中身が勢い良く吹き出し、天井で蓋がくるくる回ります。


「「「「「「「「「「「「きゃーっ!!?」」」」」」」」」」」」


 びっくり目を真ん丸にして見上げる子供達。


 くくく……これが見たかったのだよ!


 次にはそれらが、しゅんっと鍋の中へ納まり、舞い降りた蓋がカランカランと景気の良い音を発て、最後にはカラカラカカララと小刻みに震えて閉まります。

 部屋の中は、濃厚なスープの美味そうな香りに満ち満ちて、熱気がむんむん!


「「「「「「「「「「「「きゃーっ!!?」」」」」」」」」」」」


 一瞬、しんと静まり返った子供らが、弾けた様に再度はしゃぎまわります。


 くくく……全て計画通り~ぃ!


「さあ~、たっぷりありますよ~!」


 そう言って、お玉でよ~く中身をかき混ぜてから、スープ皿にもうもうと湯気の立つスープをつけていきます。

 何と言う芳醇な香り!

 何と言う色と艶!

 凝縮された具材の旨味が余す事無く皿より立ち昇り、お腹と背中がくっつきそうな欠食児童のハートを鷲掴みでぇっす!!


 すじ肉と野菜のとろとろスープの出来上がりです!! さあ、おあがりよ!!


「「「「「「「「「「「「きゃーっ!!」」」」」」」」」」」」


 あ……やっば。お風呂に来てた人達も乱入して来たわ!


 ちびっ子達が、体に似合わぬずんぐり大きなスプーンで、野菜根菜彩りたっぷりのスープを口に運ぶや、喜色満面の笑みを浮かべて飛び跳ねるのを目にすると、まるでゾンビかレイスの如くわらわらと押し寄せて来るじゃあ~りませんか!?


「あ~……」

「う~……」

「おお~……」

「ちょ、ちょっとお待ちになってぇ! あ~~~~れ~~~~!?」


 とか弱い悲鳴を上げといて、見えない尻尾でちびっ子らを安全な場所へリリース!

 キャッチアンドリリース!

 キャッチアンドリリース!

 こちとら、人間様と違って、足1本分足りないって言うのに~!


 そんなシュルルの奮戦を他所に、他のみんなはほっこりスープを楽しんでいる。


「う、裏切り者~っ!!」


「し~らない」

「ハル君、あ~ん……」

「ジャスミンちゃん、あ~ん……」


 ふいっと消え去るナルエーに、幸せオーラで1尾と1人の世界を築くジャスミン達。


「お、おう……覚えておれよ~……」


 ダメだこりゃ……


 そんな有様を前に、シスター・イザベラは申し訳なさそうに見つめながら、自分のスープにスプーンを運び、遠慮しがちにそっと一口。


「あら、美味しい……

 野菜とお肉の美味しさが、優しく混然と一体になっていて、それでしつこくない……

 それに、スープ全体から立ち昇るこの豊かな香り……

 こんなの……初めて……」


 二口目はうっとり味わう様に、ゆっくりと。

 そして三口目からは、まるで掻き込む様に……



 その日の内に、孤児院アケボノ園が血の契約を結んだ事は言うまでも無い。

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