第108話 アケボノ園
ドタン! バタン! ガラガラガラ!
戸板を砕き、転がり出た男が這いつくばりながら悪態をついた。
「畜生! 黄色い悪魔めっ!」
BAZOOOOOO!!!
ZUBANG!!!
続けざま、2人の男が吹っ飛んで来て、3人は団子の様に転がった。
「出せ! 出せ!」
鞭の音が響き、1台の幌馬車が慌ただしく走り出す。
それを追う数名の如何にもな、ならず者達。
「われぇっ、死ねやぁっ!!」
戸口に向かって別の男がボウガンを構え、ガシュンと放つやそいつが逆にくずおれた。
パンパンと手を叩き、大魔神の如き仏頂面で戸口に立ったジャスミンは、黄色いワンピースを翻し一瞬で間合いを詰め、ボディだチンだと連打を加え、取り落としたボウガンを尻尾で打ち砕く。
「おどれえっ!!」
「このクソアマがあっ!!」
「覚えてやがれっ!!」
「忘れものよっ!!」
「げぼぼっ!?」
バラバラに走り出した男達へ向け、肩から血を流したそいつを、人の数倍はある筋力でぶん投げてまた団子にしてやった。ならず者団子の悪党和えだ。
くそ団子どもが悲鳴を上げて逃げていくのを睨み、右手の掌をそっと見る。
飛んできた矢を、空中で掴んで投げ返してやった。そこが赤く、痕になっている他に、何かいやらしい匂いのする液が。何かの毒かも知れない。
ちっ!
軽く舌打ちし、この孤児院の玄関先に置いてあった、馬用の水桶をひっつかむと、ざばざばと洗い流した。
建物の中からは、女の人らしき鳴き声が漏れ出て来る。それに唱和する様に、小さな咽び泣きもちらほらと。
さっき、ならず者達に囲まれていた年配の女性と、幼い孤児達だろう。
「ギース!」
ジャスミンはならず者が、まだどこかに潜んでいないか、狭い庭先をぐるり眺めまわしてから、屋内へと戻った。
2階建ての古びた孤児院、アケボノ園。太陽神と海神の像が玄関の左右、門扉の左右にある典型的な港のそれ。
板子一枚下地獄。
船が嵐や海賊に襲われ沈没すれば、往々にして大量の孤児たちが生じる。それを見越して、各教会が孤児院を設けているのだが。
「ギース……」
「ちっくしょー、ジョーイのやつ!」
むせび泣く老修道女の傍らに立つ少年、ジャスミンの子分、愚連隊ブラック団のリーダーでもあるギースは悔しさのあまり地団太を踏む。
引き裂かれた黒い脩道服から、木で出来た太陽神のホーリーシンボルが力無く垂れ下がり、年季の入った鈍い光沢を放っていた。
「ジョーイのやつ、みんなをうっちまいやがった!
おやぶん! どうしよう!?
みんなドレイにされちゃったよお!」
「何ですって?」
見渡せば、シスターの周りに集まって泣いているのは、どう見ても5、6歳前後の子供が10人ばかり。働き手になれそうな10代前後の子らの姿は見当たらない。
「ああああ! どうして! どうしてこんな事を!?
みんな、あの子の弟や妹みたいなものなのに!
こんな酷い事の出来る子じゃ無かったのにぃ!」
老修道女がこの孤児院の院長でもあるシスター・イザベラなのだろう。その握りしめた皺だらけの拳がわなわなと開くと、恐らくは拇印を無理無理押させられたのだろう。赤く朱に染まっているのが見えた。
そういえば連中、幌馬車にやけに膨らんだ麻袋を幾つも運び出していた様な。
「逃がすんじゃ無かったな……
でも、教会でそんな事が出来るものなの?」
「しらないよおっ!」
ギースが倒れていた椅子を、思いっきり蹴り飛ばすと、その音に怯え、ますます幼子らが鳴き声を高めた。
「いったい何人連れていかれたの?」
「……12人……」
「司祭様が……司祭様が……売ってしまわれたのです……」
嗚咽混じりのイザベラの声に、ジャスミンも腹の中に重い石を呑んだかの気分になった。
昨日会ったばかりの、あの子らの笑顔が思い浮かんだ。
最初、井戸水に悲鳴を上げていたら、変な顔をしたシュルルが飛んで来て、たちまち壁から湯を噴出させた時の弾ける様なはしゃぎ様。気付いたら、自分も一緒になってはしゃいでいた。
あの子達が奴隷に……
「そういうもの?」
「おお、神よ!!
ありえないですわ!
神の館で、この様な事が赦される筈がありません!」
「こじいんだけどね……」
「どこへ連れていかれたか判る?」
「わっかんねぇよ! くそぉ!」
「例え判ったとしても、奴隷売買契約が為されてますから、買い戻すしか!
でも、でもそんなお金は……」
涙ながらに頭を左右に振るイザベラ。
その様子を眺め、ジャスミンはこの孤児院内の、みすぼらしい有様を一瞥した。
「まぁ、確かにここはお金に縁がある様には……見えないわね……」
子供らが、自分から離れようとしているのを見越して、手を打ったって所かしら?
しかし、お金か~……ハル君、持ってなさそうだし、シュルルも使ったばかりだからなあ~……どうしよう?
取り合えず戻って、相談しようと思うジャスミンであった。
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