第87話 ぽっかん鍋


 ぽっか~~~~~~ん!!!


 蓋と鍋の接合を切った瞬間、予想通りに派手な音と共に蓋が跳ねあがり、天井に激突……する手前でくるくる小気味良いくらい回転して、コーン状に飛び散った中身と共にしゅるるっと鍋へと戻って行った。


「よし!」


「よし、じゃなーい!!」


 ぐっと小さくガッツポーズのシュルルに、目の前でびっくり顔したナルエーが。

 ブライトとサニーは、目を大きく見開いたまま、椅子から転げ落ちていた。


 一瞬で屋内に充満した、蟹や海老の類を熱した時特有の芳ばしい香りと熱気。

 うおっぷ! 流石、一晩熱し続けただけの事はある!


 でも、これって私しか開けられないから、問題よね?

 大きさも重さも、もう少し小さく出来れば……


 そこで、はっと気づけば、窓や出入り口から大勢のみんなが。

 びっくりした人、物珍しさの野次馬、とまあ色々。


「あ、あはははは……

 すいませ~ん! ちょっとした実験をば!」


 てへぺろ~。


「いや、いいんじゃが! この香りは!?」

「ん~、美味いもんかの!?」

「うんうんうん!」

「く~っくっくっくっく!」


 おおう。

 爺様婆様方が遠慮なく、ぐいぐい来るんですが何か!?


「さ、さあ~、どうだか……お試しになります?」


 まぁ、そう言うしか。

 そして次には、当然の如く試供品の提供となりました。はい。


「じゃあ、残りも開けちゃいますね~。え~い」


 ぽっか~~~~~~ん!!!

 ぽっか~~~~~~ん!!!

 ぽっか~~~~~~ん!!!


 くるくる宙を舞う三つのお蓋。

 おおっと、今度は何とも磯らしい香りが。

 そりゃ、こっちは海藻と海水だけだからね~。


「あと、ちょ~っと待って下さいね!」

「はよはよ~!」


 がははと笑う黒い老人軍団にせっつかれながら、作業を急ぎます。


 最初の鍋は、煮汁だけを取り出す為に、別の寸胴に目の細かい木綿の布を敷き、少したるませてから紐で固定し、そこに煮汁を殻ごと開ける。

 殻が結構な量で。更にその布を外すと端っこを巻いて結わえて、すりこぎ棒を2本差し込み、えいやっと絞り上げます。

 するとバキバキだばだばと殻の間に残っていた煮汁が落ちて、ちょっと粗目の赤茶色した濃厚スープの出来上がり!


 早速、軽く味見してみると、やっぱり濃すぎ。

 念の為に他のアホ草の煮汁も確認です。


「おっと、これは~」


 ぐるぐる巻きに突っ込んでおいた海藻が、イイ感じにふやけてる気が。

 思い切って、すりこぎ棒を突っ込んでみると、あっさりぬっぷりと。かき混ぜてみると、ほろほろと崩れていくではありませんか?


 試しに小皿へひとすくい。すうっと口にしてみました。


 あら?


 あらあら?


 まあ、どうでしょう? 結構、膨らみのある柔らかな良いお味が出てるのでは?

 どちらかと言うと、あっさり目?

 見た目の、ちょっとやや重な手応えに反した軽やかさ。

 これはこれで、色んなもののベースに使えそうな気が。


「はよ~、はよ~!」


「あ、はいはい!」


 取り敢えず、パンチが利き過ぎな殻のスープ1に対し、アホ草を2ぐらいで。

 カップを並べて、ささっと注いで、一応味見してから皆さんにお渡しです。


「さ、ささ。どうぞどうぞ。

 地元で採れた素材を使った、お試し品なのですが……如何かしら?」


 ……


「な、何じゃ、こりゃぁ~っ!!?」


「ひゃあ、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 もう、いきなりです。

 気難しそうな爺様が、怒鳴り出しました。ひゃあ~、人間怖い!


「美味い! もう一杯!」


 やい、ぶっころすぞ、てめぇ!

 ええ、そんな事は微塵も想いませんことよ、おほほほほ。

 そんなガラス玉みたいな円らなお瞳で、こっちを凝視しないで下さいませ。


「が~っはっはっはっは!」


「はい、お待ち~」


 もうこっちがたじたじ。真っ黒しわしわ、お髭も白い。如何にも海の男って感じ。

 押しも強けりゃ、度胸も太いってね。


 でも、こってりお肉の後に、さっぱりしたスープも良いかな。

 あとこの適度なぬめり。潮風に荒れた喉に、丁度良いかも!


 そんな手応えを感じつつも、またあの海底へ採取に行かねばならないのかと。

 まあ、概ね好評の様だから、これはこれであり?

 ありかな~? なんて思っていたら。


「さあ、貴方達も、うわあ!?」


 そう言って、サニーやブライト達へも勧めようと、振り返ると奴らが居た。

 びしょびしょのままフルチンで、戸口でだんごになってるこわっぱ共が。

 にたりにたりと、また浅黒い肌に白目がキラキラしてて、ちょっと怖いくらいです。

 そして、一斉に手を伸ばすのでした。


「「「「「「「「「「ギブミー、やねん!」」」」」」」」」」


「お、おう」


 試作品は、気付いたら全部無くなっていました……


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