第71話 ダブルドリル縦ロール鳴動ス?


 門からの帰宅途中、馬車の中でフローラ嬢はかなりご機嫌斜め。

 扇子の羽で口元を隠し、口数も少なに窓の外を流れる景色に目線を投げかけているが、相席する護衛騎士の2人には、その心情が手に取る様に感じられていた。


 もう何度、その豊かな金のダブルドリル縦ロールが揺れた事だろうか。


「ちょっと、貴方達」


「は、姫様」


「なんなりとお申し付け下さいませ」


 待ってましたと応える2人。

 だが、フローラ嬢の目線は泳いだまま、2人を見ようともしない。

 これが彼女の照れ隠しである事は、重々承知。

 未だ齢10歳。

 侯爵家の実務を全て背負うには、余りにも余りにも小さなその御体。


「あの女の事を調べて頂戴。

 まあ、どうという女ではないのですけれど、あの方にまとわりつく『ハエ』の素性くらい押さえておくのも、未来の妻たる者の務め」


「判りました。姫様」


「こちらの素性が知れぬ様、人を介して調べさせましょう」


「そ……お任せするわ……」


 途端に、フローラ嬢の脚が、ぷらぷら動き出す。

 気分があげあげになった所作。

 期待を受けているのだと、2人が実感する瞬間である。


「とりあえず、複数個所に手配を致しましょう」


「そうですね。先ずは冒険者ギルドに。

 それと、肉屋ギルドと関わりのある様子。そちらからも……」


「勿論、デカハナ様の第4大隊の調書も取り寄せましょう」


「あ、そ……」


 にこやかに話し合う二人は、そうも言いながらちらちらと。

 注目するのは、フローラ嬢のそのぷっくりとした可愛らしい耳たぶ。

 それが、ぽおっと赤くなっていくのがよく見て取れた。







 翌日の夕刻。


 チャラリ銀の鎖が揺れ、白亜の儀礼用兵装から形式だけの細身のレイピアを外すと、傍らの護衛騎士に預けた。

 一応、第3近衛大隊の大隊長たる名誉職故、午後、公宮と私邸を行き来するのが日課。

 彼女の場合、夜勤は代行者を立て、ほぼお休み。本日は、日勤故、昼間の数時間を過ごし、後は部下に任せて帰宅するのが慣わし。


 そして、この様に帰宅しても、執務室にてまた数時間の家のお勤めが待っていた。


「お勤め、ご苦労様でした。姫様」


「良いのじゃ。皆もお疲れ様じゃ。もう下がって良いぞよ」


 その小さなレイピアをメイドに預け、騎士は恭しく一礼。


「姫様。早速、例の報告書が上がって来ておりますが、今、目を通されますか?

 それとも、夕食の後になさいますか?

 それとも、お風呂の後で?」


「おお、早いのじゃな?

 これへ……」


「は。只今……」



 上着を脱ぎ少しくつろいだフリルのシャツ姿に。メイドに上着を預けると、小さな体に不釣り合いな黒く大きな執務机の前へ、半ばよじ登る様に座り、積み上げられた書類の束に、その小さな掌をそっと、わずかにぷるぷるさせてようやく1枚を手にした。


 傍らでメイドがハーブティーを流れる様な所作で煎れ、それをフローラの手に合わせて差し出すと、一瞥もくれる事無くそれを口元へ運んだ。

 一瞬、香りを楽しむ。口に含む。とそれを返した。


「合格」


「招致いたしました」


「次」


「はい……」


 次のハーブティーが煎れられ、また手渡される。そんな事を数度繰り返した。


 目を通しておくべき書類が多い。

 特に、彼女の専門の……


「姫様、こちらでございます」


「おお、待っておったのじゃ……」


 新しいティーカップを口元に運び、そこで手が止まった。

 食い入る様に手渡された報告書に目を走らせ、ぷるぷる震える手からぽたぽたと琥珀色の液体が湯気と共に滑り落ちる。


 ガチャ。


 マナーもお構いなしに、テーブルへカップを置くと、急ぎ次の羊皮紙をめくる。めくる。めくる……

 その数分後、彼女は表情を困惑色に染めて、椅子の背もたれに身を預けていた。


「こ、これは……どういう意味かの?

 一週間で複数の男性と一夜を共に……咥え込む……淫売……

 わたくしの知らない言葉ばかり……

 そういけば、あの方もあの女をそう呼んでらしたの?」


「姫様。

 それは主に特殊な職業の女性やその行為を差す言葉で御座います」


「どの様な職種を差すのじゃ?」


「姫様。

 それは姫様がご存じにならなくて宜しい事で御座います」


「わらわは必要だから、尋ねておるのじゃが?」


 護衛の騎士も、メイド達も、彼女の困惑が伝染したかに、戸惑いの表情を浮かべ、しばし言葉を失っていた。








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