15 一度あることは二度ある
ウィリアムの青灰の瞳と揃って入口の方へと目を動かせば、そこには複数の人間の姿がある。
メイド服の。
ああやっぱり~。
「失礼しますアイリス様ここにまさかウィリアム様はいらっしゃいません…よ……ね…………――アイリス様、あなたは何という悪女なのですか!!」
「「「ノオオオオオーーーーッ!!」」」
一度目同様ノックもなしに入ってきたニコルちゃん付きのメイドたちは、私とウィリアムのどう見てもラブシーンな状況を一目見て絶叫。闇堕ちした勇者みたいな
気持ちはわからなくもないけど、理不尽っ。
とりわけ、切り込み隊長よろしく先頭にいた一番年嵩だろう女性の口からは前回同様の台詞が飛び出して、私の心には若干辟易としたものが広がった。
でもこんな夜更けにきっちりお仕着せを着込んでるなんてどんな勤務実態なの?
「廊下で見張っておいて正解でした。色々と騒音が上がった後、一度部屋の扉が開いた折にウィリアム様のお姿が見えたので、まさかと焦り皆でお助けに参った次第です。とは言えここまで親密な真似をされていたとは思いませんでしたが」
メイドたちは各々照れて顔を赤くする。
「ですがウィリアム様はこの部屋にいついらしたのですか? 一階や二階の階段付近に配置した皆からはあなた様が来たと言う報告は上がっておりませんでしたのに」
ああそう、あなたたちも潜んでたのね。
助けにって、助けてほしかったのはこっちよ。まあ結果的には助けてもらった形にはなったけど、お礼は必要ないよねー。
でもなるほど、夜通しで見張るなんてブラック以外の何物でもない……。
職務熱心もいいけど度を超すと体に障りが出るんじゃないの? 皆まだ若いからって油断は禁物、睡眠不足も不摂生もお肌の大敵よ。
密かにそんな心配をしていると、メイドたちは部屋の惨状にも気付いて少しざわついた。
「焦げくさいと思ったら、絨毯がなぜこのようなことに? 窓ガラスも……」
彼女たちは円を描いて黒くなっている高価そうな絨毯とガラス片の散乱する窓際を見やり、口々に不審がった。
「まさかアイリス様、受け入れてくれないと焼身自殺するなどと脅しを!?」
ああ惜しい!
ニアピン賞だわ。
「あのねえ、自殺なんてしないわよ。どころか実は私命を狙われていて、その過程でこうなったの」
「大ウソをこかないでくださいませ! ああニコル様と同じ血が流れているのが不思議でなりません!」
代表者がそう言えば、他のメイドたちも非難轟々追随する。
……ふうん、この子達はアイリスが養女って知らないんだ。
そこまで言うって感じで捲し立てられて、この調子でまだギャンギャン喚かれるのかと思えば、ああ、私の中のあらゆる緊張感が急速に溶けてゆくー。
だってこの騒々しさ、本当に今夜は助かったんだって思ったら、怒涛のような安堵感が押し寄せて、腹を立てるよりはむしろ張っていた力が抜けた。
「ふっ……あはっ、うふふふふっ」
思わず何だか可笑しくなって笑ってしまえば、メイドたちは当然小馬鹿にされたとでも思ったのか、明らかに気色ばむ。
そんな様子さえもう見ていられなくて、私は目を擦った。
その手を今度はウィリアムの胸に置いて押してみるけど、気が抜けたせいか強い倦怠感に襲われて効果はなかった。
「アイリス?」
「すごーく眠いから、もう皆出てってほしい……。もちろんあなたも」
そう言った自分の呂律は、正直怪しかった。
ああ何これ、いつにない速度で睡魔の中に意識が沈み込んでいくのがわかる。
結局ウィリアムを押しのける力さえ残っていなくて彼の腕の中で目を閉じた。
どこか焦ったウィリアムが私を呼ぶ声が聞こえた気がするわ。
ふふっそんなの――ざまあみろ、よ。
いくらかそれで留飲を下げてみたけど、何故か一緒に前世の最期に「美琴」って叫ばれた時の葵の声が耳朶の奥に甦った。
全然違うのに、さっきからどうしてチラチラと思い出すんだろう。
そういえばウィリアムも葵がどうとか何か言い掛けてたし、何だったの?
まあでも、それよりも早く残りの罠を、探さ、ないと……――――。
意識がまどろみの中にいる。
まるでレースのカーテン越しの陽光のような白く淡い光に満ちた場所に、後ろ姿の葵が佇んでいる。
後ろ姿なのに葵ってわかるなんておかしいって?
そんなの全然よ。
私が葵を間違うわけないんだから。
――葵! 会いたかった、葵!
そう声を掛けて背中に抱き付いたら、回した両手を温かな両手が包みこんでポンポン優しく労うようにして撫でてくれた。
やっぱり葵だわ。でもどうしてこんな場所に?
そもそもここはどこ?
――放してくれないか?
突然、葵が言った。
え、でも嫌そうじゃなかったのに何で?
それにこんな良い声だったかしら?
――嫌っ。
反駁するように一層両腕に力を込める。
――放してくれないのか?
――放さないっ。
聞き分けのない駄々っ子のように抱きついたままでいると、溜息をつかれた。
溜息をつくくらい引っ付かれているのが嫌なのかと感じて、ズキリと胸が痛んだ。
そうすれば意識は少しだけ現実感を取り戻す。
「――放さないなら、少し腕を緩めてくれ」
「――や……だもん、葵~」
声の近さから背中から抱きついてるんじゃないのがわかった私は、けれど折角会えたのに放して堪るかと、腕を緩める代わりにはむっと噛み付いた。
――首筋に。
葵は何故か肩を強張らせたけど、びっくりしたのかな。
でも私はちょっと得意気になった。
「にゃふふふ~」
「……こんな朝から欲情してくれるとは光栄だな、アイリス・ローゼンバーグ嬢?」
「……ハン…バーグ? 美味し、そ……むにゃ」
「ローゼンバーグ、だ。アイリス、寝ぼけていないでもう起きろ」
アイリス……?
んー誰だっけそれ?
まだ眠い頭で目を開ければ、誰かの鎖骨が見えた。
あら綺麗な形。
そしてその上の美しい御尊顔も。
あれ、見たことがあるわこの顔。
ハリウッドの俳優さんだっけ?
この彫像みたいに整い過ぎた顔は……。
「…………え、ウィリ、アム?」
「ようやく頭がきちんと目覚めたようだな、アイリス?」
急速に起きた全てを思い出し、サーッと顔から血の気が引いた。
しかもしかもしかもっまたもこの男と同衾してるし!
「なッ……ななな!?」
動転して飛び起きた私がまず真っ先に確認したのは着衣の状態だった。
「良、良かった、今度は服着てたーッ」
でもこれ昨日のドレスのまんまだわ。
ああそっか精神的に限界で、気絶するように寝ちゃったんだっけ。
でもどうして彼まで同じベッドにいるの?
そんな私の真っ当な疑問を察したのか、私の腕から自由になったウィリアムは、寝転んだまま横を向くと、自身の腕を立てて頭を支えてこっちを見つめた。
ああ……あなたの方は無駄に上半身肌蹴てらっしゃるのね。
「何で必要以上にシャツの前開けてるのよ! この破廉恥王子!」
何も着てないよりも、乱れた白シャツから中途半端に素肌が見えてる方が何だかエロい! そんな発見要らなかったけど、しちゃったものは仕方がない。
要らない所には目を向けず極力動揺しないように努めれば、ウィリアムはベッドの上に身を起こして座り込む私をじっと見つめた。
「気分は悪くないか?」
「え? ああうん」
予想外にも案じられて拍子抜けする。
「悪くないなら別に良い」
ウィリアムは安堵なのか何なのかふっと小さく鼻から空気を出した。
これじゃあもう何だか怒ってベッドから蹴り出すこともできなくて、私の方がいそいそとベッドの端に寄る。
寝室内を見回せば、私たちは二人きり。
「そう言えばメイドの人たちは? どう言い包めて帰ってもらったの? あなたがここに留まるのをよしとするようには見えなかったけど」
「そんなのは下がれと命じれば一発だろう?」
「ああそう……」
上流階級ってそういうものなのね。
そして使用人ってものも。
まあ、私が命じても聞き入れるかどうかは微妙な所だけど。
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