13 深夜の魔法使い4

「魔法関係の助けが必要なら俺が力になってやる。だから不用意に魔法使いを探そうとして動かなくて良い。君はただでさえ目を付けられているんだから」

「そ、それって……」

「そうだ。場合によってはさっきのように魔法を使って君を護る」


 私は驚いて目を丸くした。


「でも利用されるのは嫌だって……」

「これは例外だよ」

「それに理由も聞かずに手助けしてくれるの?」

「言う気はないんだろう? けれど君の命に関わるならまずは生存を優先する」


 神……!

 ああ違う違う神々しい彫像みたいだけど歴とした人間だった。

 うっかり錯覚しちゃったわ。

 でもでもでも、全ては無理だけど、一部の情報だけは告げておくべきよね。


「ええと……詳しくは言えないけど、私の命が狙われてるってのは本当。破壊力も私の部屋だけレベルとこの離れ自体レベルと、本邸も含めた屋敷の敷地全体に及ぶようなレベルの三段階に分かれてると思う。さっきのドレスが一つ目よ。だから残りはあと二つ。もっと危険な魔法が発動するみたいなの」

「犯人は随分と周到だな」

「そうね。発動時間も決まってて、燃えたドレスみたいに深夜〇時に発動しちゃうみたい。それまでに魔法を解除出来れば大丈夫だと思う。でもまだどこに仕掛けが隠されてるかはわからないし、発動は三日置きに設定されているみたいだから、二つ目は三日後の夜までには解除しないといけないの」


 説明出来る所はしたけど、ウィリアムの表情は硬い。

 自分にも害が及ぶかもしれないんだし、まあ当然っちゃ当然よね。

 彼はこめかみを揉むようにして大きく溜息をついた。


「……君は随分と恨みを買っていたようだからな」

「あー、ハハハ……そうみたいね」

「しかしもう君は落ちぶれた令嬢だし、まさか今になってここまでしてくる相手がいたとは意外で、少々腑に落ちない点もある」


 どうやら彼は結論としては十全に断定とは言わないまでも、外部犯と見なすことにはしたらしい。

 そう断じられる根拠が私には十分だものね。


「あーはは……権勢がどん底まで落ちた今こそ絶好の復讐チャーンスって思ったんじゃないかしら。とにかく、あなたの助力は有難いわ。で、でも犯人を明らかにするよりも、最終的にはうちの屋敷が吹っ飛ぶらしい厄介な魔法の阻止に尽力してほしいの。死んじゃったら元も子もないし」


 外部犯説をもっともらしく後押しして、更に行動の最良な方向性を示唆してやれば、彼は抱いていた僅かな違和感を取り下げたようだった。


「一理あるな。なら朝になったら早速仕掛けられた罠の捜索に掛かるか。異論は?」

「私はいいけど、朝からだなんて、暇人に感謝だわ」

「……言い方」


 この国を支える三大公爵家の一つのマクガフィン家は血筋的に王族に入るし、やっぱり有閑貴族なのね。


「あのなあ、俺だっていつも暇しているわけじゃない。手掛けている事業に忙しいんだ。現在はニコルとの結婚準備という名目であらかじめ休暇を取ってここに来ていたから、君に協力できるんだよ」

「ええっそうなの!? あなたってただ突っ立ってるだけで貢がれちゃいそうだから、面倒は下々に任せてわざわざ仕事なんてしないのかと思ってた。暇人なんて言ってごめんなさい」

「……歯に薄くてもいいから衣くらいは着せてくれ」


 まあでも全然違う方向に折角の休暇は使われてるみたいだけどねー。

 何にせよ、こんな近くに魔法使いがいたなんて大ラッキーよ。

 これならアイリスの仕掛けた魔法を見つけるのは簡単そうだわ。死亡フラグも回避できる~。


「じゃあウィリアム、朝になったら宜しくお願いします」


 正面に向けぺこりと殊勝に頭を下げた私の姿に、彼はどことなく不思議なものを見る風な目をしたけど、意地悪く意思を撤回したりはしなかった。


「じゃあもう遅いし、――お休みなさいウィリアム」


 立ち上がって部屋の扉を開け、敢えてにこりとして退室を促せば、向こうも唇の両端を持ち上げた。

 彼も扉口まで歩いてきて、掌で押してバタンとそれを閉める。


 部屋の中から。


「うふふ、ウィリアムさんったらうっかり屋さんなのね。折角開けてあげたのに」

「それはそれは無駄な労力を使わせてしまって申し訳なかったな、アイリス嬢」

「ホホホ全然よろしくてよ? 何度だって開けて差し上げますわ」


 こんな時だけ付け焼き刃なお嬢様口調で応対する私だったけど、内心はだらだらと汗を流していた。

 だってこのウィリアムって人もう何なの!?

 わかってはいたけど至近距離だと半端なく色気駄々漏れてて良い匂いもするし、その滝のような色気をもろに頭からざぶざぶ被っている私の胸中や如何にって感じでしょ!?


 ちょっとお~これは想定外。


 日記が今すぐ起き上がって「パンパカパーン! 喋る日記~!」とか驚かしてくれないかしら、マジでホントに!


 口元を不自然に笑ませ、頬を引き攣らせているくせに赤らめてもいる私を、身長差からどこか面白そうに見下ろす色気魔人ウィリアム何某とやら。


 今更キリッとして冷酷な悪役令嬢っぽく突き放すなんて選択肢はとうにない。


 さっき涙と鼻水で思い切り素で醜態を晒した身としては、最早もう悪女っぽく体裁を整えるだけ無駄だった。


 これは帰って下さいって土下座するしかないかもしれないわ。

 未だかつて、前世で勤めてた時でさえまだ土下座はした事なかった~。

 早く覚悟を決めてレッツ土下座よ。

 そう思って肩を大きく上下させ息を吸い込んだ時だ。


 彼が私の右手の手首を掴んで掲げた。


 そしてじっと手の甲を見つめる。


「え、ななな何!?」

「赤くなっている。ここにも火傷があったんだな。気付かなくて悪かった」

「え、いや大丈夫、そんなに痛くないし、あなたが謝らないでよ」


 慌てて手を引っ込めようとすると、手の傷が淡い金色の光に包まれた。

 直後、赤みもヒリヒリも、すぅっと引いた。


「これで良いな」

「…………え?」

「どうした、怪訝けげんな顔をして。もしかしてまだ他にも痛む所が?」

「いや、そうじゃなくて。あ、治してくれてありがとうだけど、えっとその、直接患部にキスしなくても治癒魔法できたの……?」

「ん? ああ――」


 彼は私の尤もな指摘に合点がいったようで、ふっとドヤ顔にも似たものを浮かべた。

 これはアレだ。

 別に口付けなんて必要がなかったって流れだ。

 その証拠にウィリアムはふざけたようにして次のようにのたまった。


「――キス、して欲しかったか?」

「――っ、――っ、――っ、こッ……の嘘つき!」

「ハハ、さっきは泣き顔が可愛くてつい、な。責任は取る」

「結ッッッ構ですッ!」


 羞恥なのか怒りなのか、耳から蒸気を噴いた心地がしたわ。

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