終章

第58話 三人の選択 ①

 春はあわただしくはじまった。


 秋に王都をおそった嵐の爪あとを修復する作業が、真冬の中断をて再開された。今年は花見よりも復興優先となったが、工事の指揮をる竜騎手たちの姿で王都はにぎやかだ。春の人事が内々ないない打診だしんされる。ニシュク家の新当主が決まったとか。であれば、貴族たちの勢力図にもまた大きな変化があるだろう。……竜騎手たちにとって忙しい春となりそうだ。


 星をすくうと称される王城の、その美しい星空の夜。新しい繁殖期シーズンのはじまりは、デビュタントたちのダンスで幕を開ける。

 着飾きかざった美貌の青年たちのソロ・ダンスに続いて、女性を同伴しての優雅なペアの踊りは円舞曲にのせて。

 リアナがいたのは、城の大広間、王の居住区から直接移動できる露台席バルコニーだった。席は通路ほどの広さしかなく、彼女でさえ天井に指がとどくのではないかと思うほど近い。天井に近い場所にあるため、うす暗く、若者たちの踊りよりも頭上のシャンデリアの輝きのほうが近くに見えた。ひじ掛け程度の小さなテーブルに、軽食がはこばれてくる。


 ひさしぶりのシャンパンで喉をしめしながら、眼下の踊りを楽しむ。真上からながめると、華やかなダンスは、まるでくるくるとまわる色とりどりのコーヒーカップのよう。 

 この場所からシーズンの宴を見るのは、王太子だったころをふくめて二度目だった。

 かれらの踊りを見ていると、リアナはいつも不思議な気持ちになる。自分は、デビュタントとして踊ったことがないからだ。シーズンの宴にも、当事者として参加したことはない。繁殖期にはいる一年前にこの城にやってきて、婚姻こんいんが可能な年齢になってすぐデイミオンと結婚した。その前に、フィルとのスキャンダルがあったわけだが……。


 あのときも今も、リアナの視界にほかの男がはいることはない。いつでも、二人だけだった。プライドが高く、つがいを一途に愛する黒竜の王。そして、英雄でありながら優しい嘘つきでもある〈ハートレス〉。

(わたしには、あの二人しかいないんだわ。わたしが欲しいのは、あの二人だけ。……どちらか一人にできれば、誰も傷つかないのに)

 そのことを確認するために、ダンスを見ていたようなものだった。


 今夜――


 国王デイミオンが、新たな繁殖期のパートナーを発表するかもしれない、とのうわさが流れていた。シーズン最初の宴は、喜ばしい発表にふさわしいだろう。

 そのパートナーが誰なのか、リアナはもちろんわかっていた。


 二人は今夜、ダンスの前に顔を合わせる約束をしていた。二人の婚姻について、答えを出すために。

 とうてい不可能に思えた二人の男との婚姻は、いよいよ実現可能なものとなりつつあった。デイミオンが彼女の『第二の配偶者』となるという、信じられないほどの譲歩じょうほによって。

 誇り高い黒竜の王が第二夫になるなど、いったい王都のだれが想像できるだろうか? 愛する女性つがいのために誇りを捨てられる証左しょうさとはいえ、リアナにすら、なかなか信じられなかった。

 この申し出によって、三人の膠着こうちゃく状態は大きくゆらがされた。

 リアナとフィルは、王都にもどってからというものずっと、二人の今後について話し合ってきた。いや、デイミオンもふくめて三人か。そこに、二人の子どもたち、ローズとエリサがくわわる。

 そして今、リアナの胸のなかには、まだ顔を知らない別の子どもたちの姿があるのだった。デイミオンとのあいだに子どもが生まれる可能性があるのなら……どうしても捨てられないその希望は、はっきりとした夢となって彼女の前にあらわれた。そこで、彼女の気持ちもようやく固まったのだった。

 もちろん、夢がただの夢であるかもしれないことは、よく考えたうえでのことだ。タムノールの言葉が正しければ、彼女の持つ力は予知夢などではなく『希望に満ちた直観』でしかないのだから。

 だが、たとえ不確かな未来であっても、デイミオンとのあいだに子どもを持ちたい。それが、リアナのいつわらざる本音だった。


 二人の男を同時に夫とすることは、竜の国では罪ではない。

 だとしても、二人の男のどちらも、リアナにのぞんでいることは一対一の『つがいの誓い』だ。それをわかっていて、あえてかれらを傷つけるような婚姻こんいん関係を選ぶのか。

 リアナも悩んだし、フィルの苦悩はもっと大きかっただろう。昨夜の話しあいではおたがいにずいぶん感情的になってしまった。ローズが起きて泣きだしてしまうほどに。

 でも、今回はフィルは逃げなかった――リアナを追いつめたり、怖がらせたりすることなく最後まで向きあってくれた。そして、二人のあいだに、ひとつの答えが生まれたのだ。


 だから、リアナは今夜ここにいる――その答えを、デイミオンにわたすために。



「ここにいたか」

 声をかけられ、ふり返るとデイミオンが立っていた。シーズンの最初の宴だから、国王らしく美々しくよそおっている。春らしい、薄墨色の長衣ルクヴァ絢爛けんらんな炎の花の縫いとりがある飾り帯。伸びかけた黒髪を後ろにくしけずって、簡易冠でとめている。


 小さな卓からフルートグラスをとり、二人は杯をあげて乾杯とした。すこしばかり仕事の話。登城すれば毎日顔をあわせるが、それでも毎回、打ちあわせることがあった。リアナは、白竜公ナイルの健康が思わしくなく、当面のあいだ王都で療養する必要があることや、それにともないリアナが一度北部に滞在する予定などを王につたえた。デイミオンは二人の法的な娘ローズの親権を手放してもよいという書面を彼女に渡した。アロミナ・ローズは、エクハリトス家の加護を受けることもできるし、他家の嫡子となることもできる。成人の儀での本人の選択にまかせるという内容だった。


「ありがとう。じゅうぶんな内容だわ」リアナは心から礼を述べた。

 

 しばらく間があってから、デイミオンがいよいよ尋ねた。

「おまえたちの答えを聞かせてくれ」


 書面をおき、リアナもうなずく。

「わたしたちの答えは……」


 話しあいのなかで、フィルにはふたつの道があった。

 ひとつは、第一配偶者としての権利をたもちつつ、デイを第二配偶者として認めること。これなら、リアナはシーズンの決まった時期をデイと過ごすものの、最後にはフィルのもとに戻ってくる。

 だが……

 リアナはフィルの返答をつたえた。デイミオンはその返答を、じっくりと吟味ぎんみするように黙っていた。

 しばらくしてから、「……あいつはもう一つの道を選んだんだな」とつぶやいた。

「ええ」

 リアナは手もちぶさたなグラスを卓にもどし、ふたたびデイに向きあった。

「フィルとは『つがいの誓い』を立てず、一対一の夫婦として決まった期間を過ごしてから――婚姻を解消する」


※本日は2話更新です

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