終章
第58話 三人の選択 ①
春はあわただしくはじまった。
秋に王都をおそった嵐の爪あとを修復する作業が、真冬の中断を
星を
リアナがいたのは、城の大広間、王の居住区から直接移動できる
ひさしぶりのシャンパンで喉をしめしながら、眼下の踊りを楽しむ。真上からながめると、華やかなダンスは、まるでくるくるとまわる色とりどりのコーヒーカップのよう。
この場所からシーズンの宴を見るのは、王太子だったころをふくめて二度目だった。
かれらの踊りを見ていると、リアナはいつも不思議な気持ちになる。自分は、デビュタントとして踊ったことがないからだ。シーズンの宴にも、当事者として参加したことはない。繁殖期にはいる一年前にこの城にやってきて、
あのときも今も、リアナの視界にほかの男がはいることはない。いつでも、二人だけだった。プライドが高く、つがいを一途に愛する黒竜の王。そして、英雄でありながら優しい嘘つきでもある〈ハートレス〉。
(わたしには、あの二人しかいないんだわ。わたしが欲しいのは、あの二人だけ。……どちらか一人にできれば、誰も傷つかないのに)
そのことを確認するために、ダンスを見ていたようなものだった。
今夜――
国王デイミオンが、新たな繁殖期のパートナーを発表するかもしれない、とのうわさが流れていた。シーズン最初の宴は、喜ばしい発表にふさわしいだろう。
そのパートナーが誰なのか、リアナはもちろんわかっていた。
二人は今夜、ダンスの前に顔を合わせる約束をしていた。二人の婚姻について、答えを出すために。
とうてい不可能に思えた二人の男との婚姻は、いよいよ実現可能なものとなりつつあった。デイミオンが彼女の『第二の配偶者』となるという、信じられないほどの
誇り高い黒竜の王が第二夫になるなど、いったい王都のだれが想像できるだろうか? 愛する
この申し出によって、三人の
リアナとフィルは、王都にもどってからというものずっと、二人の今後について話し合ってきた。いや、デイミオンもふくめて三人か。そこに、二人の子どもたち、ローズとエリサがくわわる。
そして今、リアナの胸のなかには、まだ顔を知らない別の子どもたちの姿があるのだった。デイミオンとのあいだに子どもが生まれる可能性があるのなら……どうしても捨てられないその希望は、はっきりとした夢となって彼女の前にあらわれた。そこで、彼女の気持ちもようやく固まったのだった。
もちろん、夢がただの夢であるかもしれないことは、よく考えたうえでのことだ。タムノールの言葉が正しければ、彼女の持つ力は予知夢などではなく『希望に満ちた直観』でしかないのだから。
だが、たとえ不確かな未来であっても、デイミオンとのあいだに子どもを持ちたい。それが、リアナのいつわらざる本音だった。
二人の男を同時に夫とすることは、竜の国では罪ではない。
だとしても、二人の男のどちらも、リアナにのぞんでいることは一対一の『つがいの誓い』だ。それをわかっていて、あえてかれらを傷つけるような
リアナも悩んだし、フィルの苦悩はもっと大きかっただろう。昨夜の話しあいではおたがいにずいぶん感情的になってしまった。ローズが起きて泣きだしてしまうほどに。
でも、今回はフィルは逃げなかった――リアナを追いつめたり、怖がらせたりすることなく最後まで向きあってくれた。そして、二人のあいだに、ひとつの答えが生まれたのだ。
だから、リアナは今夜ここにいる――その答えを、デイミオンにわたすために。
「ここにいたか」
声をかけられ、ふり返るとデイミオンが立っていた。シーズンの最初の宴だから、国王らしく美々しくよそおっている。春らしい、薄墨色の
小さな卓からフルートグラスをとり、二人は杯をあげて乾杯とした。すこしばかり仕事の話。登城すれば毎日顔をあわせるが、それでも毎回、打ちあわせることがあった。リアナは、白竜公ナイルの健康が思わしくなく、当面のあいだ王都で療養する必要があることや、それにともないリアナが一度北部に滞在する予定などを王につたえた。デイミオンは二人の法的な娘ローズの親権を手放してもよいという書面を彼女に渡した。アロミナ・ローズは、エクハリトス家の加護を受けることもできるし、他家の嫡子となることもできる。成人の儀での本人の選択にまかせるという内容だった。
「ありがとう。じゅうぶんな内容だわ」リアナは心から礼を述べた。
しばらく間があってから、デイミオンがいよいよ尋ねた。
「おまえたちの答えを聞かせてくれ」
書面をおき、リアナもうなずく。
「わたしたちの答えは……」
話しあいのなかで、フィルにはふたつの道があった。
ひとつは、第一配偶者としての権利をたもちつつ、デイを第二配偶者として認めること。これなら、リアナはシーズンの決まった時期をデイと過ごすものの、最後にはフィルのもとに戻ってくる。
だが……
リアナはフィルの返答をつたえた。デイミオンはその返答を、じっくりと
しばらくしてから、「……あいつはもう一つの道を選んだんだな」とつぶやいた。
「ええ」
リアナは手もちぶさたなグラスを卓にもどし、ふたたびデイに向きあった。
「フィルとは『つがいの誓い』を立てず、一対一の夫婦として決まった期間を過ごしてから――婚姻を解消する」
※本日は2話更新です
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