第41話 無窮(むきゅう)自在(じざい)
〔了解しました〕
全権をゆだねたレーデルルは、もはやリアナの身を案じる言葉を口にすることはなく、淡々と命令を実行した。
雲にかこまれた真っ白な空間に、みるみると地上の嵐が二重映しになった。荒れ狂う鼠色の水、
「巨大な、冷たい矢をここに打ち込むの」
デイミオンにそう説明する。「そのエネルギーで嵐を消すの。でもあまりに大きな力だから、わたしだけではここから脱出できない。矢を打ちこむ命令を出したら、わたしとルルをここから急いで連れ出して」
「わかった。任せておけ」デイミオンが
リアナはさらに力をふるった。
三柱の竜の力を寄りあわせ、一本の大きな矢にしあげていく。ネクターは矢の設計と、冷たい風を。レーデルルは上空の氷を。スヴェトラーナは山の冷たい湧き水を、それぞれ結集させた。巨大な力を
デイミオンの力もまた、彼女のなかにそそがれ、あふれんばかりになっていた。ふたりのあいだで力が循環し、より強く壮大な結びつきを生んでいく。
〔リアナ〕
〈呼ばい〉の声が、脳を直接かきまわす。デイミオンでさえ、衝撃を受けているようだった。〔これほどの力とは〕
〔二人の力だわ〕
リアナは確信をもって告げた。〔今なら、なんでもできる〕
三柱の情報をすべて自分のなかに受けても、もはや
手の届くところに、気象のすべてがある。
エネルギーは、竜騎手の目には光となって感じ取れる。……経験したことのない全能感につつまれながら、その巨大な光に手をのばした。
光はめまいがしそうなほどまばゆく輝いて、一本の太矢として
♢♦♢
嵐の中心をエネルギーの矢がつらぬく瞬間を、
またたく間に嵐が晴れていくのを、タマリス中のひとびとが見上げていた。風はもうずいぶん前に弱まっていたが、それが完全にやんだ。不気味にうずまく雨雲が消え、しだいに晴れ間となっていく。土砂崩れを防いでいた赤竜のライダーや、けが人の救出に当たっていた黒竜のライダーたち、避難所で忙しく立ちはたらく
竜騎手たちの指揮を
城内、王の居住区にある育児室には、子をもつ母親たちが集まっていた。
「あなたのママは、すごいわねぇ」
トマナはのんびりと、腕のなかの赤ん坊に話しかけた。「見えるかな? ん? あっちのお空のほうでしゅよー。ほうら、雲が晴れて」
たっぷりと昼寝をしたばかりだったから、ローズはご機嫌だった。空に向かって短い手をいっぱいにふって、きゃっきゃっと笑った。
♢♦♢
〔フィル〕
名前を呼ばれた気がして、フィルは目をひらいた。夜とおなじほど暗く感じられる。すべての感覚が遠い。痛みも感じず、視界もきかず、おそらくは音もほとんど聞こえていないだろう。
〔目を覚まして、フィル〕
「リア……ナ」
ひゅうひゅうとかすれた声が、自分の喉から漏れた。フィルはむしろ、まだ声が出せることに驚いた。
「幻覚か? あなたは、タマリスに……」
〔しーっ、しゃべらないで〕
また、リアナの声。死人しかいないと思っていた場所で聞こえた最愛の女性の声は、現実のものとは思われなかった。自分はハートレスで、竜騎手たちのような〈呼ばい〉は使えないからだ。
「幻でもいい」
かすれた声をふりしぼって、フィルは願った。「話しつづけてくれ、リア」
〔フィル、もうすこしだけ持ちこたえて。すぐに助けるわ〕
――助ける。でも、どうやって?
フィル自身は、その方法をすぐに知ることはできなかった。かれの位置からは見えなかったが、だらんと垂れさがったままの左腕から、かすかな光が
自然の光と違い、竜術の光は簡単に
ほどなくして竜騎手の一団がこの信号を見つけた。フィルにとって幸いだったのは、発見者が赤の
天井の真ん中が抜け、建物が瓦礫の山となった選鉱場。その真上から、ライダーたちが呼びかける。
「フィルバート卿! ご無事ですか?!」
「ネイサンは身体の固定、アナは
フィルがその声に気づいたときには、すでに救出作業がはじまっていたようだった。声は……若い女性と男性ということだけはわかる。女性が自分に呼びかけ、男性は救出の指揮をとっているようだ。
「〈呼ばい〉での救援信号を確認したので、急いできたけど……間にあってよかった」聞きおぼえのある、若い女性の声だった。
フィルはもう、顔を動かして確認する力も残っていなかった。だが、女性ライダーの最後の言葉はなんとなく記憶に残っている。
「術具の指輪が、〈呼ばい〉を媒介したのね。リアナさまの力で……」
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