6 西の烽火、王都の嵐 ②

第36話 炭鉱町の暴動

 ♢♦♢  ――フィル――

【西部・キーザイン】


 王都を嵐が直撃していた、ちょうど同日の昼。南西部を襲った台風の影響でキーザインにも小雨がぱらついていた。

 労働者たちと領主家の交渉は、労働者側の代表の一人だったティボーの死という知らせで、宙に浮いたまま中断してしまった。かれらの動揺が暴力に変化しないうちにと、フィルたちは領主代理の竜騎手アマトウをニシュク家に無事送りとどけることに集中した。

 だが、事態の動きはすばやく、予断を許さない。町には男たちの怒りと抗議の声が広がりつつあった。

「いったい、誰がそのティボーとやらを殺したんだ」

 竜車の座席に浅く腰かけ、アマトウが弱りきった声でつぶやいた。「とにかく、現場に竜騎手を派遣して調べさせなければ」


「やめたほうがいい」

 竜車の窓から様子をうかがっていたフィルが、そう忠告した。「火付け役が近くに待っているはずだ。竜騎手が行けば、より騒ぎを大きくするために利用されるのがオチだろう」

 竜騎手のプライドをあおって、労働者たちを弾圧するような動きを取らせる……プロの火付けなら、それくらい簡単にやってのけるだろう。そう説明した。

「では、やはり……あちら側の陰謀いんぼうなのか?」

「おそらくは」

 車で移動しているはずなのに、すでに行く先にも徒党を組んだ男たちの姿が見えた。抗議活動にしては、動きが速すぎるというのがフィルの意見だった。

 普段、昼間は静かな町である。それが、祭でもあるかのような人出だった。鉱山夫たちが仕事を放棄して集まっているらしい。

 ティボーや、以前の崩落事故で亡くなった仲間の名前が呼ばれる。「自立を!」「正義を!」といった主張もある。それぞれが入り混じって怒号のように響いていた。


 ニシュク家の屋敷が近づいてきた。ヘロン・ホールと呼ばれる優美な屋敷の門前に、すでに人びとが黒だかりとなっている。怒号はここでも続き、静かな住宅街に異様な熱狂が広がりつつあった。


 門番と御者が道をあけるように命令しているが、抗議者たちは動きそうにない。

「まずいな」

 門扉をあければ、そこから男たちが邸内になだれこむおそれがあった。竜騎手の力は、こういう人海戦術に対しては弱い。どうやって竜車を邸内に入れるか――最悪、まずはアマトウだけでも無事に屋敷内に送りたい。アマトウとフィル、それに護衛の竜騎手二人は手短に話し合い、強行突破はしないことにした。騎手の一人が、邸内から応援を呼んだらしい。


「車外へ出よう」と、フィルは提案した。すぐに、「危険では?」と返ってくる。

「初手から強硬策を取るのはやつらの思うつぼだ。話しあいに応じたという事実は作っておきたい」

「フィルバート卿の提案どおりにしよう」アマトウが賛同した。


 アマトウを背にかばうようにしながら、フィルは竜車を降りた。人だかりに驚いた荷運び竜ポーターがシューッと威嚇音をたてている。竜に蹴られないよう遠巻きにしながらも、抗議者たちは車をかこうように集まってきていた。

「ティボーを殺したやつを引き渡せ!」「正義を!」声は口々にそう叫んでいる。


「閣下」小声とともにそでを引かれて、さりげなく首をめぐらした。群集にまぎれ、いかにも労働者風の男がひとり。

「ジェム」

 フィルは男の名を呼んだ。リアナからあずかった私兵の一人で、イディスにぎ副長的なポジションにある男だ。「正面はどうなってる?」

「家令さんと竜騎手が五名ほど、門の手前から退くように説得してますね」

 ジェムと呼ばれた男が説明した。「そのあいだに、俺たちでアマトウ卿を護衛して、通用門から入ります」

「頼む」フィルはうなずいた。かれらの格好なら竜騎手とは間違われにくい。

「閣下はどうなさるんで?」

「リーダーのロイを探しに行く。烏合うごうしゅう相手じゃ、交渉のしようがないからな」

 フィルはすばやく説明した。「それに、ティボーのことを考えると、ロイの身も危ない」


 ♢♦♢


 ヘロン・ホールは鉱山から見て真北にあり、そこから鉱山との距離のちょうど中央あたりに鉱山町が広がる。町の北部には家族向けの住宅街が、南部には独身者向けのアパートが多く並び、労働者たちの事務所もこちらにある。めぼしい通りで声をあげていた男たちは知らない顔ばかりだったので、ここからはじめようと建物に近づく。

「あんたは、例の――」

「ご領主のが、なにしに来たんだ?」

 建物前には三人ほどの男がいて、うちの二人が話しかけてきた。その間にももう一人はすばやく建物内に戻った。望まれない客の来訪を知らせに行ったのだろう。

 警備役らしいいかつい男たちに問われ、フィルは「ロイを探してる」と素直に答えた。

「一人でか? さすが、〈竜殺し〉さまはきもわってるな」

「俺たちをぶちのめして、ここをつぶすつもりなのか?」

 

「そうじゃない。町に危険分子が入りこんでるんだ。このまま暴動を続けると、そいつらの思惑どおりになってしまうぞ」

「うっせぇよ、ぐだぐだと」

「領主の犬のご忠告を、はいはいと聞くとでも思ったかよ?」

 体格差のある相手に胸を強く突かれて、フィルは後ずさった。抵抗するそぶりがないとみると、男はさらに胸ぐらをつかんできた。

 正攻法ではダメか……。

 アエディクラに出奔しゅっぽんしていたときのことをふっと思いだす。相手のふところに飛びこんで信頼を得るような諜報活動は、かつてのフィルの得意とするところだった。キーザインでもそうするつもりだったが、思いがけずリアナがやってきて作戦は失敗に終わった。そして娘が生まれ……今のフィルは、できるなら後ろ暗い方法を使わずに平和を達成したいと思っている。

 だが、フィルの望む正攻法はなかなかうまくいかないらしい。やはり別の方法で中に侵入するしかないか。そう思ったところで、扉からひょいと男の顔がのぞいた。


「やめとけ。そのフィルバートってやつは、去年まではこっちの仲間だったんだろ? ロイからも、ぶちのめせとは言われてねぇ」

 出てきた男は初老だったが、いかにも鉱山夫の屈強な身体つきをまだ残していた。傷痕も多く、鼻すじを横切るような特徴的な刀傷がある。

「テッサ」

 男の一人が、そう呼んだ。「そう言ってもよ」

「やめとけって。おまえの腕っぷしはよくわかってるからよ。もっと派手に目立つときにやりゃあ、ゴロツキじゃなくて革命の英雄って呼ばれる。そっちのほうがいいだろ?」

「まぁ、あんたがそういうならよ……」

 男はうまく懐柔かいじゅうされたようで、初老の男の言葉どおりにフィルを解放した。なかなか、人望があるらしい。


「ロイなら、選鉱場せんこうじょうだよ」テッサと呼ばれた男が、フィルに向かってそう言った。

「選鉱場?」フィルはいぶかしげに問いかえした。「なぜ今、そんなところに?」


「女たちはみんな、そっちにいるからな。今後の対応とかで、周知させとかないといけねぇってよ」

「……教えてくれて、助かった」

 フィルは軽くうなずいて謝意しゃいしめした。男は、気にしないようにと手を振って彼を先導する。

「あんたが来たら、案内するように言われてたんだ。連れてくよ」


 ロイが鉱山民たちのリーダーになっているのであれば、町での抗議活動を先導しているのが普通だろう。百歩譲って事務所にいるのであればわかるが、選鉱場というのは離れすぎているように思った。

 罠だろうか。

 もちろんその可能性を疑った。だが、ここにいるのは自分一人で、人質となりそうな領主側の者もいない。そして、フィル一人ならどんな場所からでも逃げきれるという自信もあった。その自信を、のちに悔やむことになるのだが……。


「わかった。案内してくれ」フィルは男についていった。

 


 前述のように鉱山町の北端に領主館ヘロン・ホールがあり、南端は鉱山のすそに接していて、選鉱場はそこからやや山を上がったところにあった。

 つまり、採掘場ほどではないが山に入るということで、フィルの違和感は強まった。

 事務所を兼ねる建物は坑道の手前に建つ平屋で、その奥には選別後の石が山と積まれていた。緑のない殺風景な場所だったが、中に入るとたしかに女たちの声と気配がする。普段はここで、掘りだした石から稀少きしょう転身金属リヴォルブをより分けるのだろう。

「ロイ」

 テッサが声をかけて、扉のない開けた部屋へ入った。「フィルバート卿を連れてきたぞ」

「フィルを?」ロイは男とフィルとを交互に見た。いぶかしげな表情が、しだいに険しくなる。「なんで、こんな場所に連れてくるんだ? そいつは、領主側なんだぞ」


「ああ。だから、連れてきたほうがいいと思ってね。……あんたの指示だと思ってたが。違ったかな?」

 男の問いに、ロイは「俺は命令してない」と言った。前かけをした女たちに向かい、「……そういうことだ。指示どおりに動いてくれ。ここでの話は他言無用に頼む。子どもたちの安全第一でな」と言った。

 フィルに話を聞かせたくなかったのだろう。女たちはそそくさと立ち去って、その場には男三人が残った。

 

「おまえもここから逃げたほうがいい」

 フィルはロイに向かって言った。「できれば、今すぐに」


「いきなりやってきて、どういうつもりだ、フィル?」

 ロイは苦々しい口調で吐き捨てる。「俺たちはもう、あんたの子分でもなんでもない。ご領主さまはともかく、竜騎手たちの指図に従うつもりもない。やつらがなにをやったか、聞いただろう? ティボーが殺されたんだぞ」


「だからといって、この男の助言に従うのはもっと愚策だ」

 フィルは初老の男を指さした。「こいつはだ。アエディクラのスパイなんだ。ティボーを殺したのも、たぶんこの男だ」

「なんの証拠があって……」

 ロイは首を振る。「〈竜の心臓〉だってあるんだぞ。あんたより、ずっとまともな竜族だ」


「キャンピオンのことがなければ、気づかなかっただろう」

 侮辱にはとりあわず、フィルは言った。「〈竜の心臓〉をもつ人間もいる。……そして、人間は竜族より早く老いる」


 テッサと名乗った初老の男に向かって、フィルは告げた。

「おまえはクルアーン。……アエディクラの王、ガエネイスの将軍だった男だ」

 

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