第26話 邂逅(かいこう)
王都をにぎわす
打ちあわせ先から出たところが、ちょうど広場からの大通りに通じていて、そこから
興味をひかれて近づきかけたところ、後ろについていた住民代表の男が、あわてて「なにをやっている!」と一喝する。
音楽がやみ、集まっていた市民たちが気まずそうに立ち去っていく。人形遣いと音楽担当の数名は、縮こまってしきりに謝罪しているようだ。
「不敬な」竜騎手ロールの顔がけわしさを増した。二人の反応で、劇の内容にどうやら問題があるらしいことがわかった。
「広場のほうには事前通達を出していたのですが……町のものではない流れ者たちが、おそれながら竜王陛下とリアナさまへの尊敬を欠く小芝居をしておりました。王都警備隊のほうへ通報しておきます」
「わかったわ」
代表の男にはそう許可を出したものの、どういった内容が不敬にあたるのかがわからなかった。王と離婚して、その弟である国の英雄と再婚したのだから、庶民の好奇の的になることくらいは想像できたのだが、その先がわからない。
「できれば、あなたのお耳に入らないうちに対処したかったのですが……」
隣のロールが苦い顔をして、芝居の内容を説明してくれる。それを聞いているうちに、リアナはみるみる青ざめた。
♢♦♢
「一大事よ。陛下に会わせてちょうだい」
取るものもとりあえず登城したリアナは、応対したハダルク卿にむかってまくしたてた。「町でたいへんな噂が流れているのよ。対策をとらなくては」
「リアナ卿」
銀髪をきっちりとまとめた年長の副官は、いつも通り冷静に応じた。「こちらでも状況は把握しています。対応は竜騎手団に一任されていますので、ご心配にはおよびません」
「わたしをめぐって、デイがフィルをおとしいれようとしていると妄言されているのよ! 王権への挑戦は、捨てておけないわ。こういう町の噂から玉座がゆらぎかけたことだって歴史にあるのよ」
「妄言ではないのが問題なのですが……」
ハダルクは小声でつぶやいたが、リアナが問い返すと「いいえ何でも」と否定した。
「とにかく……閣下にご足労いただく内容ではありません。また、陛下への謁見もお控えいただきたい」
「それって……デイミオンに会うなっていうこと?」
「そうは申していませんが、いまは噂に尾ひれをつけかねないような言動は慎むようお願いします」
ハダルクはそこで終わりだと言わんばかりに仰々しく一礼した。
「デイミオンが大変なときなのに……わたしはなにもできないのね」
執務室にも入れず、リアナは失望しつつ廊下を歩く。
ついこのあいだまで、できるなら顔を合わせたくないと思っていたはずなのに、今は妻としてデイミオンを支えてあげられないことを悲しく思った。離れてなお、自分が原因で苦境に追いやってしまうことになるなんて。
かれに会わないとなればもう王宮に用事はなかったが、やりきれない思いでなんとなく離れがたく、リアナの足は図書室へ向かった。彼女が王だった時代から、読書好きのデイミオンが手を入れ、すこしずつ整えてきた場所だ。居住区の下の階にあり、出入りには許可が必要となる。
ひと気もなく、静かな場所だった。大人になっても本は苦手だったが、古びた本の匂いには不思議と心落ちつかせる効果がある。天井まで続く書棚や、その間にある移動式の
この窓の、アーチ型の深いくぼみに腰かけて、デイミオンはよく読書をしていたものだった。リアナが近づいてくるのに気づいて本を閉じ、口端をあげて笑いかけてくれる優しい元夫の姿を思いえがき、胸がきゅんと痛む。かれの胸もとにもたれかかり、ページをめくるかすかな音を聞く穏やかな時間は、もう失われてしまった。
プライドの高い彼のことだ。悪意ある噂で男性としての誇りが傷つけられ、つらい思いをしているに違いない。
「なにかしてあげたいけど……ハダルクの言うとおり、会わずにいるほうがデイのためなのかしら」
ひとりごとを呟きながら、夫の面影を懐かしんで窓に手を伸ばしたとき――バサッという羽音が聞こえ、リアナは動きを止めた。
周囲を見まわすが、なにもない。アルコーブは石造りになっていて、窓は閉まっている。いったい……?といぶかしんでいるうちに、羽ばたきはバサバサと数を増していく。石の壁からふわりと風がそよぎ、リアナはぎょっとして思わず後ろに下がった。
羽音につづいて羽があらわれ、まるで水面に顔を出すカワセミのように、頭と胴体があらわれた。もっとも、燃える溶岩のような奇妙なものが頭部だとすればの話だが。
〔これがゼンデンの娘か〕と、異形の小型竜が言った。
〔アロミナには似ておらぬな〕これは、また別の異形。
〔だが、おなじ目だ〕
〔『夢見』の力も持っているのか? アロミナや、リーシヤのように?〕
気がつくと、四体の異形に取り囲まれていた。
口ぐちにまくしたてる気味の悪い生物たちのなかに、たしかに竜族の〈呼ばい〉を感じる。
「これは……化身!?」リアナは呟いた。「エサル公のように、自分の意識をこの生物に載せて運んでいるのね……でも、いったいどこの誰なの?」
化身を使おうと、城内に入るためには城の許可を得たはずである。化身のまま城内を動きまわるのはスパイ行為とみなされるので、ふつうはひとところでもてなしを受けるものだが――それとも、アーダルやレクサの
だとしても、あいにく護衛もいない。リアナは服のかくしから短刀を取りだして、防御できるよう胸の前にかまえた。
〔どれ、女。白竜の術を見せてみろ〕
〔エクハリトスの嫁にふさわしいか、見てみようではないか〕
「わたしの必殺技が見たいの? ほえ
リアナはレーデルルとの〈呼ばい〉を開いた。奇妙な生き物に警戒する、ルルの気配を感じる。
ぎょろぎょろと不気味な目を近寄らせてくる生物に、深呼吸して術ではなくナイフを浴びせようとしたとき――
大きな黒い影が、リアナの隣をぬっと通り過ぎた。
「デラノス。今の
その何者かが、ひょいとその生物の首根っこをつかみ、彼女から引きはがした。
「エディーセウス。メルディン。イウァンダー」
男の声が、異形たちの名らしきものを呼んだ。「おまえたちも、じつに醜い」
「あなたは……?」警戒したまま、リアナは尋ねた。
ふり向いた男には実体がないようだった。ぼんやりした黒い影が、気まぐれに人の形をとったように見える。だが、幻術にも似てそこには男性の姿形が映しだされていた。あご髭は整えられて短く、白いものが混じる黒髪を古風に
〔わが
〔
「私は狩場を離れたりはせぬ。城には装置があるので、同じ装置がある場所から姿だけ見せられるのだ。古い仕掛けだ」男はそう返した。「もう、誰も使い
「あなたたちは誰?」
リアナは時間を稼ぐためにそう尋ねた。〈呼ばい〉を開いたときに竜騎手たちを呼んだのだ。
「エクハリトスの関係者なの?」
壮年の男はリアナのほうを見た。そして奇妙な、リアナには理解できないことを口にした。
「『船』の代々の支配者は、女王の家系が選ばれた。男の半分がそれを求め、残る半分が女を守るように」
その言葉は、レーデルルや北部の老人たちの言葉にも似ていた。「また、配偶者となる騎士王の血族は、謀反をおこさぬよう、その力を制限されていた。好戦的な男の気質は、限られた船内では足かせとなったのだ」
「……ずいぶん意味ありげだけど、なんの話なの?」
男はリアナに近づき、肩に手をおいてしげしげと顔を眺めた。「おまえにも、女王の相があるな」
肩に置かれた手には、やはり実体はない。〈呼ばい〉だけの存在なら、実体に危害を加えることはできないので、リアナはわずかに警戒をゆるめた。
「わたしが王だったことを知らないの?」
「王国のことはよく知らん。辺境には戦うための昼と、やすむための夜があるだけだ」
「あなたは何者?」
「私は――」
「やはり来ていたか」
扉が開き、かつかつと近づいてくる大きな軍靴の音。背後から剣が伸びて、亡霊のような男の喉元につきつけられた。「俺の
二人の男にはさまれてふり返ることはできなかったが、リアナにはそれがデイミオンとわかっていた。
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