第78話 2人きりの再会 後編
間宮さんに言われて、そういえば希の電話が途中で切れてしまった事を思い出した私は、言われた通りにリビングのコンセントに川島さんから借りた充電器を差し込んで、電源すら入らなくなったスマホの充電を開始した。
「……ん? あれ? どうして間宮さんが、私の携帯の充電が切れてるの知ってたんだろ」
不思議に思ったけど、とりあえずその事は後回しにしてスマホの充電がある程度できるまで、私はお米を研いで炊飯器を早焚きでセットしてから、お皿や調理器具を蓋が空いている段ボールから漁る事にした。
必要な調理器具と食器を取り出してキッチンに戻ると、スマホが立ち上がった音が聞こえた。
先に連絡しないとと、準備を中断してお母さんの番号をタップして耳に当てた。
「もしもし、お母さん? うん。あ、あの……ね、今日……ね。帰れなくなっちゃったから……その、泊めてもらおうと思うんだけど……いいかな」
今朝、お母さんには間宮さんに会いに新潟に行くと話してしまってたから、変な作り話をせずに正直に事情を話した。
応援してくれているとはいえ、多少は怒られる覚悟はしてたんだけど、この直後お母さんは奇妙な事を言い出した。
『そう、大学のお友達の家に泊まる事にしたのね。志乃ももう大学生なんだし、それくらいいいじゃない』
え? 何を言ってるのと言おうとした時、電話越しに『志乃からなのか?』とお父さんの声が聞こえてきて、私はお母さんがお父さんに気付かれないように一芝居打ってくれたのだと察した。
(……お母さん、ありがとう)
お母さんの粋な計らいに感謝した直後、私は予想もしていない衝撃的な事実を知る事になる。
「――うん。それじゃ明日帰るから」
そう締めて電話を切ろうとした時だった。電話越しからでもハッキリと分かる程に自宅のリビングが騒がしくなった。
『その電話! お姉ちゃんからでしょ!?』
リビングのドアを蹴破る勢いで激しく開ける音が聞こえたかと思うと、希の必死な声が飛んできた。
『ちょ! 希!? アンタなんて格好してるのよ!』
慌てるお母さんの声と共に、ブッ!っと何かを吹き出す音が聞こえる。
この音とお母さんの声で、私には大体の想像がついた。
恐らく、お母さんが私と電話している声がお風呂からあがって脱衣場で体を拭いていた希に聞こえたのではないだろうか。
そして、私に用があった希はパンツだけ履いた状態でリビングに駆けこんで来たっていうのが私の想像なんだけど、残念ながら大きく間違ってないと思う。
そんな姿の希を見たお父さんが、飲んでいたお酒を吹き出したという所だろう。
寝る前だからブラは付けていないのはいつもの事で、お母さんの慌てようからして間違いないはずだ。
(……はぁ、あの子はいくら家族だからって、女の子なんだからもう少し恥じらいをもちなさいっていつも言ってるのに……)
『お母さん! 電話代わって!!』
希の声が更に大きくなったと思ったら、耳に当てていたスマホからガサガサと煩い音が聞こえてきた。
そういえば、希からの電話が途中で切れたんだっけ。
多分、その時の内容なんだろうなと電話の向こうに「希?」と話しかけた後、私は自分の耳を疑う事実を希の口から聞かされる事になる。
『お姉ちゃん!? 友達と呑気にパジャマ女子会なんてやってる場合じゃないよ!』
「と、突然どうしたのよ」
『いい!? 落ち着いて聞いてね!?』
「アンタが落ち着きなさいってば」
いつも言ってるでしょ?と付け加えようとした時、私は自分の耳を疑う名前を耳にした。
『間宮さん!』
「…………え?」
『間宮さんがウチに来たんだよ!』
「え!? ちょ! え? え? い、いつ!?」
『今日! 大事な用があるって言ってお姉ちゃんを探してた! あの様子だとあちこち探し回ってたんだと思う!』
「…………うそ」
遅くまでどこへ行っていたのか間宮さんに訊いた時、言い辛そうにしてたのは、もしかして恥ずかしかったから!?
『お姉ちゃん聞いてる!? 間宮さん今携帯持ってないらしいから連絡とるの難しいかもしれないかもだけど、どんな手を使ってでも連絡して! もう時間がないような気がするんだよ!』
うん……。あの人がそんな行動をとった理由は分からないけど、私もそんな気がするよ。
「わかった。ありがとう、希。絶対に間宮さんと話するからね」
『うん! 頑張って、お姉ちゃん!』
希との電話を切った私は全身の力が抜け落ちたかのように、床に座り込んだ。
「――間宮……さんが……私に会いに……来てくれた? 私を……探して……くれてたの? 大事な……用が……あるって……」
まだ自分の耳を疑ってしまう。
だって……そんな事、夢にも思ってなかった事なんだもん。
「うっ……うぅ……ヒッ、あぁ……ま、間宮……さんが……私を……ワアアァァァッ!!」
嫌われたと思ってた。
あんな別れ方をしたんだから……。
他の人と付き合ったりしたんだから……。
だから、連絡先も教えてくれないんだと思ってた。
でも……違うんだって、ホントに否定していいの?
どの位、泣いてただろう。
お祝いの準備を進めないいけない事は分かってるんだけど、嬉しくて嬉しくて、私はどうしても涙を止める気が全く起きなかった。
そんな時、玄関の鍵がカチンと開錠される音がして「ただいま」と間宮さんの声が聞こえた。
廊下を歩く音がする。
もうすぐ間宮さんがここに来る。
それが分かっているのに、私はどうしても動けずに泣く事を止める気が起きない。
「ただいま。なぁ、メモにあった人参1本なんだけど、バラ売りが売り切れててさ。3本詰めしかなかったんだけど……って! ど、どうした!?」
間宮さんが私を見て驚いてる。
帰ったら泣き崩れてるんだから、当然だよね。
でも、安心して。嬉しくて仕方がないだけだから……。
心配しないでって伝えないといけないのに。
会いに来てくれて嬉しかったって、伝えたいのに……。
大事な用ってなに?って訊きたいのに……。
こんな風に感じたのは、生まれて初めてだ。
(言葉が……言葉の存在が……今は、今だけは……煩わしい!)
慌ててる間宮さんの問いかけに私は何も返さずに震える足に力を込めて、文字通り飛びつくように間宮さんに抱き着いた。
「うおっ!?」
間宮さんの驚いた声と共に、床にドスンと尻餅を着いた音と衝撃が伝わった。
久しぶりの間宮さんの匂いに、心がどうしようもなく締め付けられる。
何が何だか分かっていない間宮さんは、抱き着いた私を離す事もしないで尻餅を着いた状態で固まってる。
そんな間宮さんの背中に回していた手を、力いっぱい体を引き付けるように抱きしめて、掠れる声でこう伝えた。
「……お願い。何も言わずに……少しだけでいいから……このままでいさせて」と。
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