第64話 津田の行動と岸田の本音

「どうして駄目なの!?」

「どうしてって、俺には付き合ってる彼女がいるって言ってるでしょ?」

「別に遊びに行くくらいよくない!? 高校生じゃないんだからさ! そんなの普通だってぇ」

「いや、普通がどうとかじゃなくて、俺は彼女以外と2人で出掛けるなんてしたくないんですよ」

「でも、彼女は君以外の男とモールで一緒にいるのを見かけたけど?」

「それは俺も彼女から聞いてますよ。何でも、同じゼミで頑張ってきた仲間の1人らしいんですけど、その男と会う予定だったんじゃなくて大学の帰りにモールに寄ったら偶然会って、カフェで少し話したらしいですよ」

「男には違いないじゃんか! 君はそう言って私の誘いを断ってるのにいいん!?」

「彼女が言ってたんだ。俺が好きになってくれた私がいるのは、間違いなく一緒にいてくれた仲間達のおかげなんだって。だから、俺はその人達と会うなって言う気はありませんよ」


 恋人である志乃と初めてキスを交わした数日後のある日。

 以前からなんだけど、今日も練習が終わったのを見計らってマネージャーの津田さんから遊びに行こうと執拗に誘われていた。

 恋人がいると言っても諦める気がないようで、正直困っている。

 今日なんてとうとう志乃も遊んでるはずだって言い出して、彼女が大切にしている仲間と会っているのをネタにしてきた。

 俺は気にしないと言ってやったけど、本音は…………。


「ふーん。でも、そのお仲間さん達の中に、実は彼女さんの元カレとかいたりして?」

「な、何言ってんすか」

「へぇ……。やっぱりそんな男が混じってるんだ」


 そうなのだ。津田さんがいうような元カレはいないけど、志乃が本当に好きな男がその中にいる。


 俺は悟られないように努めたつもりだったけど、どうやら隠し切れなかったようで津田さんがニヤリと笑みを向けてきた。


「……やっぱりって、どういう意味っすか?」

「んー? 前から君と彼女が一緒にいるとこを見ててさぁ、思ってたんだよね?」

「なにを?」

「きっと彼女は岸田君じゃない他の誰かの事が好きなんじゃないかってね!」

「は!?」

「だから、この前彼女に頼んだんだよね。岸田君と別れてくれないかってさ」


 津田さんがとった行動を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になって、気が付けば手に持っていたペットボトルをフロアに力いっぱい投げつけていた。

 かなり大きな音が俺達がいる部室に響き渡って、津田さんの体が大きく跳ねたのが目に入った。


「――本当にそんな事を……あいつに言ったんですか?」

「え、ええ! 言ってやったよ! だって、他に好きな男がいるのなら問題ないじゃない。彼女有り得ない程に綺麗なんだから、その男にフラれるなんて有り得ないわけだしさ!」


 キレた。女の人にキレるなんて有り得ないと思っていたのに、こうもあっさりキレてしまえるのかと、自分に失望感を感じた程に。


「志乃の事を――分かった風に言ってんじゃねぇよ!!!!」


 こんなに大声で怒鳴るなんて、何時以来かすら思い出せない。

 津田さんはそんな俺の豹変ぶりに驚き過ぎたのか、腰が抜けたようにフロアにへたり込んで俺を酷く怯えた目で見上げていた。

 だけど、怒鳴ってしまった事を申し訳ないとは思えなかった。

 それどころか、津田さんの事を徹底的に潰してやりたいという激情を抱いた程だ。


「もう俺にも彼女にも関わらないで下さい――お疲れ様でした」


 俺は津田さんの返答を待たずに、部室のドアを激しく叩き付けるように閉めて、足早に部室を出て行った。


 他の誰かを見てる? 他の誰かが好き!?

 そんな事言われなくたって、知ってんだ!

 その事を百も承知で告ったんだからな!

 俺なら――中学からずっと好きだった俺なら、そんな彼女を丸ごと包み込む自信があったからだ!


 それなのに……なんて事しやがったんだよ。

 今のアイツにそんな事を言ったら、きっと罪悪感が増してしまって揺れだしてしまうかもしれないのに……。


 俺は、あの人の事は気にしてないってのに!


「――俺は……本当に気にしてない……のか?」


 思わずそんな弱音を呟いた時、ポケットに突っ込んでいたスマホが震えてメッセージが届いたのを知らせてきた。


 スマホを立ち上げると、志乃からのメッセージで『まだ練習中?』と表示されたのを確認した俺は、すぐに今終わったところだと返信した。

 届いてすぐに返信したから、またすぐに折り返してくれるだとうと待っていると、返ってきたのはレスではなく電話の着信音だった。


「も、もしもし?」

『あ、岸田君、練習お疲れ様。今日はいつもより遅かったんだね』

「あ、あぁ。ちょっと練習メニューの打ち合わせがあってさ」


 嘘だ、大嘘だ。

 だけど、遅くなった本当の理由を話せば、きっと彼女は凄く気にしてしまうだろう。

 それに本当の事を話してしまうと、ずっと訊くのが怖くて我慢していた事を訊いてしまいそうな気がしたんだ。


(――まだ俺より、あの人の事が好きなのかって)


『そうなんだ、お疲れ様。疲れてる時に電話なんてしてごめんね』

「全然だよ! 志乃の声が聞けたら疲れなんて消えたもん」

『ふふ、ホント? そんなの言われた事ないけどなぁ』

「ホ、ホントだって! それよりさ、この前大学で……」

『うん? 大学で?』

「い、いや……なんでもない。ごめん」

『そう? ううん、別にいいよ。それじゃ、また明日ね』

「うん、また明日! おやすみ」


 言って電話を切った俺は、どんよりした夜空を見上げた。

 津田さんとの事を訊いて、俺はどうするつもりだったんだ?

 そんな事をしたら、俺にとって絶対に望まない事態になってしまうというのに……。


 ――それから暫くの間、いつもの平穏な日々が訪れた。

 相変わらず練習で忙しい日々の中でも、俺は時間を作っては志乃と会っていた。

 だけど、あの日から俺の中でずっとざわついている気持ちが収まってくれない。

 津田さんはあの日以来、特に気に障るような行動を起こしていないし、志乃もニコニコと笑顔を絶やす事なく俺の傍にいてくれている。


(何も不安や心配なんてないはずなのに……)


 そんなある日の事だ。久しぶりに長い時間を2人で過ごせる事になった。

 志乃が以前都心に出掛けたいと言っていたのを思い出して、俺達はその日のデートは都心に出てウインドウショッピングを楽しむ事にした。

 手を繋いで街を歩いて、とても楽しい時間だった。

 周囲から見ても、今日の俺達はどこからどうみても幸せそうなカップルに見えたに違いない。

 1日都心で過ごした俺達は、志乃を家まで送るためにA駅まで戻ってきた。

 今日はあらかじめ家まで送ると言っていたから、志乃は自転車ではなく駅まで歩いて来てくれていた。

 自転車で来ていたら手を繋ぐ事が出来ないから、その意図が彼女にあったのかは分からないけど、俺個人としては嬉しかった。


 だけど、この後に俺の中にあったざわつきいた気持ちの正体が姿を現すなんて、この時の俺は考えもしなかった。

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