第18話 卒業旅行 act 10 ~間宮家~
「おう! 久しぶりやなぁ」
「そっちに本契約した時以来やな!」
康介は間宮とそう言葉を交わすと、家を見上げたまま固まっている瑞樹達にニッコリと微笑んで近付いた。
「瑞樹ちゃん久しぶりやなぁ! 良兄から聞いてるで! あのK大に現役で合格したんやってなぁ! おめでとう!」
「え? あ、はい! ありがとうざいます。えっとお久しぶりです――康介さん」
放心状態だった瑞樹は声をかけられて我に返り、慌てて康介に会釈して挨拶を交わした。
続けて同じように固まっている松崎達に声をかける康介を見て、相変わらず人懐っこい雰囲気と相手に警戒心を抱かせないコミュ力の高さに流石だなと笑みを浮かべた。
「皆さんも遠い所から、お疲れ様でした」
「松崎です。大人数で押し掛けてしまって申し訳ない。お世話になります」
「全然ですよ! ゆっくりしてって下さいね」
康介は他のメンバー1人1人に挨拶を済ませると、車から皆の荷物を降ろすのを手伝い始めた。
「康介! 車庫の扉開けてくれや!」
「ん? そうやったな、ちょっと待っててや!」
康介の誘導で久しぶりの車庫に車を停めて、皆揃ったところで玄関を開けると、間宮の両親である雅紀と涼子が出迎えに来てくれていた。
「よう来たなぁ! 俺がイケメン俳優の間宮雅紀や!」
「……はぁ。悪人面で何言うてんのよ」
「あくっ!?」
初見からキツイ出迎えを喰らった松崎一行は顔を引きつらせながらも、なんとか愛想笑いで返す。
「雅紀さん、涼子さん。お久しぶりです。2日間お世話になります」
だが唯一雅紀達と面識がある瑞樹だけは、来客の代表として雅紀のイタイ歓迎にも動じる事なく、きちんと挨拶を返した。
「おぉ、瑞樹ちゃん! 久しぶりやなぁ! また一段とベッピンに磨きがかかったんとちゃうか!?」
「瑞樹さん、お久しぶり。あの時はお世話になりました。自分の家やと思ってゆっくりしていってね」
「ありがとうございます。お世話になります」
静かにお辞儀をする瑞樹の対応に、松崎達も慌てて頭を下げた。
「いきなりこれか……先が思いやられる」
雅紀の散々な滑りっぷりに独り言ちた間宮は、7年前とそう変わらない玄関風景を見渡して、家の匂いを静かに吸い込んだ。
「こんなとこじゃなんやし、とりあえず一旦荷物置いて来たら? 良兄案内したってや」
「だな。んじゃ行こうか」
駄々スベリの空気を壊すように康介が割り込むと、助かったと言わんばかりの張り切って皆をそれぞれの部屋に案内を始める間宮。
「女性陣はこの部屋使って。男共は隣の部屋な。どっちも誰かの部屋を空けたわけじゃないから、気兼ねなく使ってくれ」
2階へ瑞樹達を引き連れて来た間宮が淡々とそれぞれの部屋を案内すると、それぞれの部屋に入ったメンバーが想像以上に広い部屋に驚きの声をあげる。
「素敵なお部屋だね。あ! 窓から庭が見えるよ」
「ホントだ! 綺麗な芝生じゃん! ポカポカした日に寝ころんだら気持ち良さそう!」
キャッキャとはしゃぐ瑞樹達を見て、どうやら気に入ってくれたみたいだと間宮は安堵の息をついた。
因みに女性陣には個室も用意出来たのだが、折角の旅行気分が薄れるからと、10畳間の部屋で一緒に寝る事になった。
暫くすると階段の下から「お茶が入った」と声がかかり皆一斉に1階にあるリビングに降りると、香ばしい珈琲の香りと小綺麗にカットされたショートケーキがテーブルに用意されていた。
「うそっ! 全員余裕で座れたんだけど!」
加藤が驚きの声をあげると、瑞樹達もうん!うん!と頷いた。
当たり前のように住んでいた間宮にはピンとこないようだったが、そもそもこの規模の家でなければ実家を使えとは言わなかっただろう。
「珈琲冷めないうちにどうぞ」と涼子が皆に声をかけると、崩すのが勿体ないと思ってしまう程の綺麗なケーキにフォークを通して口に運ぶ。
「美味しい!」
女性陣が一斉に出されたケーキを絶賛すると「あら、ありがとう」と嬉しそうに微笑む涼子に、雅紀が得意気な笑みを浮かべた。
「美味いやろ! これカミさんが作ったんやで」
「えぇ!? 絶対に有名なお店のケーキだと思ってました!」
加藤が驚きの声をあげると、何故か雅紀が更にドヤる。
「こう見えてカミさんは結婚するまで、有名なパティシエやったんやでぇ!」
「そうなんですか!?」
「有名かは分からへんけど、昔はプロでやってたんよ」
中学の時から夢だったパティシエになった涼子は、コンクール等でも常に優勝争いをする程の腕前だったという。
であれば、夢を叶えたというのに、結婚したからとはいえ何故手放したかという疑問を抱くのは当然だろう。
「そう思うやろ!? 俺も辞める事ないって言うたんやけどなぁ」
どうやら雅紀が無理矢理辞めさせたわけではなさそうだ。
腕を組んで難しい顔をする雅紀の隣で「いろいろあったんよ」とだけ告げる涼子が苦笑いを浮かべた。
ただ、お菓子作りは趣味で続けたいと言った涼子に思う存分楽しんで貰おうと、雅紀は当時最高級のオーブンをプレゼントしたという。
その甲斐あって、今でもお菓子作りは続けていて来客がある時は、こうして腕を振るっているのだとニッコリと瑞樹達に微笑んだ。
美味しいケーキを楽しみながら、元々老若男女問わず楽しませるのが得意な雅紀達と賑やかにお茶をしていると、雅紀がこれからの話を話題にとりあげた。
「今朝電話で確認したんやけど、自分ら大学入試は合格したんよな?」
「はい。全員志望大学に入学出来る事になりました」
加藤が気持ちボリュームに欠ける胸を張って元気にそう答えると、雅紀は自分事のように嬉しそうに笑う。
「よっしゃ! ほんなら晩飯はおっちゃんがお祝いに美味いもん御馳走したるわ!」
言って、得意気に胸をドンと力強く叩く。
「出前で寿司でもとるんか?」
定番の出前寿司かと思った間宮がそう訊くと、雅紀がニヤリと笑みを作る。
「それも考えたんやけどな。でも東京でも食えるモンじゃ芸がないから、大阪らしいモン食わしたるわ!」
「またお好み焼きか?」
「それもええけど、瑞樹ちゃんには1回食べてもろてるから、おもろないやろ」
「いや、別に面白さなんて求めてないんだけど」
「だから外食する事にした! 俺がずっと通ってる店やし、大阪ならではってモンやしなぁ」
言われて少し考える間宮。
お好み焼きのような所謂粉モンじゃなくて、大阪のイメージが強い食べ物というと……。
「それってもしかして、辰さんの店か!?」
「お、よう分かったやんけ! 正解や! もう予約して座敷確保してるで!」
なるほどと納得する間宮。
(確かに大阪らしいチョイスだと思うけど……辰さんの店かぁ)
チョイスには納得した間宮であったが、肝心の店に一抹の不安を抱いて、そういえばと今更の質問を雅紀に問う。
「瑞樹達を祝ってくれるのは嬉しいんだけど、仕事は大丈夫なのか?」
「は? 息子が7年ぶりに友達連れて帰ってきたんやぞ!? 仕事なんかしてる場合ちゃうやろがい! わっはっは!」
明るく笑い飛ばす雅紀であったが、その目の下に僅かだが隈を作っているのを見逃さなかった間宮。チラリと涼子に目を向けると、困った顔つきでコクリと頷くのを見て瞬時に大体の事を把握した。
雅紀は昔から照れ屋なのだ。
頑張っている所を人に見られるのを嫌う。
こうして皆の前ではいい加減な事を言ったりして笑い飛ばしてはいるが、本当は1人になると人一倍頑張っている事を家族は知っている。だが、その事を知られてしまうと雅紀に気恥しい思いをさせてしまうからと、暗黙の了解で家族全員知らないふりをしていたのだ。
恐らく今回もこの時間を作る為に、相当無理をしたのだろう。
そんな不器用な雅紀であったが、働く1人の男として間宮は尊敬の念を抱いていた。
「経営者がそんないい加減で、大丈夫なのか?」
「問題ないわ! ウチの人間は皆優秀やからなぁ! 俺なんておらん方がええくらいやねん! わっはっは」
相変わらずな人だと苦笑いを浮かべる間宮に、店まではタクシーを予約してあるからそれまでゆっくり休んでろと告げた雅紀は、珈琲を飲み干して用があるからとリビングを出て行った。
恐らく書斎で仕事をするつもりなのだろうと察した間宮は、変に気遣うとうるさいだろうからと、何も言わずにリビングを出て行く雅紀を見送った。
「さて! タクシーが来るまで2時間くらいあるんで、その間に東京での良兄の事とか聞かせてもらってええですか?」
ずっと大人しかった康介が、雅紀がいなくなった途端に妙な事を言い出した。
「あほか! 突然なに言うとんねん!」
「お! やっと大阪弁になったやん! 別にええやんか。何かおもろそうな話聞けそうやし?」
「何もおもろい事なんかないわ!」
「そうなん? じゃあ松崎さんと加藤ちゃん、佐竹君と神山ちゃんの馴れ初めとか訊きたいなぁ」
ニヤリと笑みを浮かべる康介に対して、矛先を向けられた松崎達はあからさまに目を泳がせた。
「皆を困らす事言うなや! てか、そんな事言うんならお前が先に話せや。付き合ってる子おるんやろ?」
「え? あぁ、その子なら最近別れてん」
康介はそういえばと後頭部をガシガシと掻きながら、苦笑してカミングアウトした。
「は? 1か月前くらいに電話かけてきた時は、聞いてもないのにラブラブやとか言うてたやん」
「そうやなぁ。別に嫌いになったとか、ケンカしたとかで別れたんちゃうねん」
「え? じゃあ、どうしてなんですか?」
間宮と康介の会話がどうしても気になったのか、思わず割り込んできた瑞樹がそう問う。
「ほら! 瑞樹ちゃんも知ってるように、俺もうすぐ東京に引っ越すやん? だから遠恋になってまうからってお互い合意して別れる事にしたんよ」
ブフッ!!
間宮が突然口に含んだ珈琲を突然吹き出して、太ももから膝にかけてぶちまけてしまった。
「アチチッ!」
「良兄! なにしてんねん!」
「ま、間宮先輩、大丈夫!?」
康介と瑞樹が慌てておしぼり等で、間宮の足元を拭き始める様子を隣に座っていた神山と佐竹が笑っている中、松崎は微動だにせず慌てている間宮をジッと睨むように見つめていた。
(どうして、そんな目で間宮さんを……)
そんな松崎の視線に、隣に座っている加藤が気が付かないわけがなかった。
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