第14話 卒業旅行 act 6 ~どう思ってますか?~
部屋を出て行った瑞樹を追いかけて、エレベーター前まで辿り着いた間宮の視界の先に、壁に凭れかかっている瑞樹がいた。
恐らく自分が思っていた以上にアルコールが回っていて、駆けだしてすぐに足がふらついたのだろう。
「待てよ! 瑞樹!」
「うるさいな! 放っておいてよ!」
呼び止めた間宮を怒った様子で拒否する瑞樹。
「放っておけるわけないだろ。調子にのって酒なんか飲むからふらついたんだろ? ほら、部屋に戻るぞ」
間宮は瑞樹に近付き部屋に戻るように促したが、丁度呼び出していたエレベーターが到着してドアが開いた途端、瑞樹は間宮に腕を伸ばして突き放すと、エレベーターに飛び乗った。
突き放された間宮は少し驚いた様子でエレベーターの扉が閉まるのを見送るしか出来なかった。
エレベーターが一階のロビー前に到着すると、瑞樹はまっすぐに旅館の正面口から外に出た。
エントランスを抜けて少し歩いた所に、小川があり寺で有名な京都らしく綺麗な赤で塗装されたちょっとした橋がある。
橋は小川の淵から上に向けてライトアップされており、綺麗な赤い橋が幻想的に浮かび上がっている。
瑞樹がその橋に差し掛かると、まるで絵葉書を切り取ったような目が覚める美しい情景が浮かび上がった。
橋を渡る瑞樹は儚げで、あまりの美しさに追いかけて来た間宮の足を止める。
何時までも眺めていられる眺めに息をのんだ間宮だったが、ハッと我に返って止めた足をゆっくりと瑞樹の元へ向けた。
「――瑞樹」
呼びかけてみると、瑞樹は案外驚く事なく横目を間宮に向けたかと思うと、キラキラとライトアップされている小川の流れる水に戻す。
「前にさ……。O駅で神楽優希さんと間宮先輩が一緒にいたのを、偶然見かけたんだ」
瑞樹は水面に目を向けたままそう切り出す。
やはり瑞樹にも見られていた。
名古屋で岸田に話を聞いた時に、その事実を知らされていた間宮だったが、こうして本人の口から聞かされると言葉が出てこなかった。
確かに神楽優希との関係を隠していた。
だが、それは優希の立場を考慮したもので、決して自分の為ではないと思っていた。
だから、もしあの現場を見られたとしても気にする事などないと思っていたはずなのに、瑞樹の口から見かけたと言われただけで、動悸が激しく胸を打ち後ろめたい気持ちに苛まれた。
「……何も言ってくれないの?」
「……ごめん」
あの場の空気を壊してまで優希の事を訊いた瑞樹の心境を考えると、間宮の口からは謝る言葉しか出てこない。
変らず水面に視線を落としたまま口を閉ざす瑞樹に、少し肌寒い風が吹き抜けてサラサラと前髪を揺らす。
俯きながら横目で橋の手前で立ち尽くす間宮の様子を伺うと、視線を少し泳がせて何か言わないとと、懸命に思考を働かせているように見えた。瑞樹はそんな間宮を見て、決意を固めて閉ざしていた口を開く。
「それじゃ、質問を変えてあげる。一応これは罰ゲームなんだし――いいよね?」
「え? お、おう。そうだな」
質問を変えると告げた瑞樹が軽く深呼吸しながら、ライトアップされた光に反射した綺麗な髪を揺らして間宮と正面から向き合うと、大きく澄んだ目を向ける。
「ま、間宮先輩は――わ、私の事どう思ってますか?」
ずっと、本当にずっと知りたかった事だった。
今まで聞かなかったのに色々な言い訳が立つが、結局怖くて聞けなかったのが本元だった。
この場で訊けたのは、初めて飲んだ酒の力と旅の解放感。そして、間宮と今こうしている時間のおかげだろう。
質問してから体中の血液の流れが速くなり、激しい動機が胸を打ち、体中の血の巡りが速くなり顔が急激に真っ赤に染まった。
下から浮かび上がらせる照明に赤く塗られた橋にも負けない程に、赤く染まった顔を隠さずに、瑞樹は間宮の答えを待つ。
橋の手前からこちらを少し見上げる位置にいる間宮は、少し目を見開いた後、さっきより大きく目を泳がせている。
ここまで何も言わずに答えを待っていた瑞樹であったが、目を泳がせて動揺している間宮の眉間に皺が出来た瞬間、背筋から冷たい汗が流れ落ちるような感覚を感じて、全身にゾッとする悪寒が駆け巡る。
「……お、俺は……その」
間宮の眉間の皺がより深くなった時、先に瑞樹がこの空気に根をあげる。
「あー! やっぱり今訊いた事は忘れて」
「――え?」
間宮が重々しく口を開こうとした時、質問した瑞樹がその口を再び閉じさせた。
「変な事訊いて……ごめんね。困らせたいわけじゃなかったんだけど……ね」
「い、いや! 困ってるわけじゃ――」
「そんなに眉間に皺作って無理しなくていいよ――寒くなってきたからそろそろ戻ろ」
強引に話を完全に切って橋を旅館の方に渡り終えた瑞樹は、立ち尽くす間宮に目も向けずに無言のまま立ち去った。
そんな瑞樹を呼び止める事をしなかった間宮は、ホッと安堵している自分に溜息を漏らした。
◆◇
「快調に呆けてるね。結衣」
「な、何言ってんのよ!」
瑞樹達が泊まる所謂女子部屋に松崎と別れた加藤が戻ると、誰かさんに似たてた枕を愛おしそうに抱きしめいる神山がいた。可愛くラッピングされた紙袋を眺めて物思いに耽っている神山に、溜息交じりにそう声をかけると、神山本人は否定したが、誰が見ても分かる程に乙女の顔を隠せていなかった。
「その様子だと、佐竹と仲直りできたみたいだね」
「う、うん。ご迷惑をお掛けしました」
「それって、バレンタインのお返し?」
「うん――さっき貰ったんだ」
はにかみながら答える神山に、加藤がニヤリと追い打ちをかける。
「それで勢い余って、キスまで済ませちゃったと」
「うえぇ!? な、なんで分かんの!?」
まんまと図星を突かれた神山は、隠すつもりだった事をわざわざ肯定してしまって慌てて口を閉ざすのだが、勿論時すでに遅しだった。
「なんでって……誰が見ても分かるってば」
「うぅ……恥ずかしい」
ニヤニヤと勝ち誇る加藤の顔が癇に障ったのか、加藤が手に持っている物を指差して反撃に出る。
「愛菜だって手に持ってるのって、そうなんでしょ!?」
加藤の手には、丁寧にラッピングされた大人っぽいデザインの袋があった。
「うん。まぁホワイトデーだしねぇ」
澄ました顔で、当然でしょ?と言わんばかりサラッと返す。
「愛菜はあれから向こうの部屋で、松崎さんと2人っきりだったんだよねぇ?」
「残念でーした! あれから松崎さんのお母さんが部屋に来て、3人で楽しくお喋りしてただけですぅ」
その事を突っ込まれる事を予想していた加藤は、準備していた言葉を用いて鼻を鳴らした。
だが、反撃はここからが本番だとニヤリと笑みを浮かべた神山が話を続ける。
「その後だよ」
「ん? なんの事?」
「お母さんが部屋を出て行った後、どこに行ってたのかなぁ?」
「……え?」
神山と一緒に戻ってきた佐竹がバレンタインのお返しがあるからと、部屋に置いてあるバッグを取りに行こうとした時、男部屋は中居だけだった。
その時、部屋の前で待っていた神山が松崎と加藤が一緒にどこかへ向かっているのを目撃したのだ。
神山は佐竹がいる部屋に飛び込んで、テーブルに置いてある旅館の見取り図で加藤達の足取りを追った。
「愛菜達が向かった方向って、展望ロッジへ上がるエレベーターしかないよね? 京都の夜景を見れる場所で2人は何をしてたんだろうねぇ?」
「……み、見てたの?」
ついさっきまで勝ち誇っていた加藤の顔から、一瞬で焦りの色が滲む。
「し、志乃達の事を話してたんだよ。し、心配だったから……」
「うん。愛菜の性格を考えると、それは嘘じゃないんだろうね。でも――それだけじゃないよね?」
完全に形勢逆転だ。
まだまだ弾は残ってると言いたげな神山に対して、加藤は溜息をついて白旗を振った。
「分かった! 参りました! そうだよ……。私達も……その、ね」
降参した加藤が顔を赤く染めて白状すると、神山は神山でついさっきの待ち合い席での事を思い出し、2人は自分の枕をギュッと抱きしめて布団の上を悶えるように転がり合った。
「――2人共、幸せそうでいいね」
ピンク色のほわほわした空気の部屋に、突然ピンと糸を張ったような空気が流れ込んできた。
ビクッと体を跳ねさせた2人が恐る恐る声がした方を見上げると、そこには冷たい空気を身に纏った瑞樹が立っていたのだった。
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