第51話 St. Valentine's Day act 2 逆チョコから始まる物語

「よっ! 待たせちゃった?」

「いや、急に呼び出してごめんな」


 2月13日 バレンタインデー前日の夜。僕は加藤に自宅の最寄り駅前に、彼女を呼び出した。


「ここじゃ寒いし、どっか入ろう。僕が呼び出したんだから奢るよ」

「おっ! ゴチになります!」


 何処か入って温かい物でもと誘うと、加藤はいつものようにヘラりと笑みを浮かべて僕の後ろを着いてきた。


 俺達は駅前のカフェに入って、適当に温かい物を注文すると思っていたのに、何故か特大パフェを注文する加藤に呆気にとられて言葉が出てこなかった。


 程なくして運ばれたパフェを幸せそうに食らいつく加藤を眺めながら、僕はチビチビと珈琲を飲んでいる。

 この遠慮の無さが加藤に魅力なんだろうけど、今の僕達の関係を考えるとわざわざ呼び出して2人きりになる意味が分からないはずないのに――あ、そうか。


「無理に空気を解す必要はないよ、加藤」

「! な、なんの事……かな?」


 やっぱり図星だったみたいで歯切れ悪く惚けてはいるけど、パクパク食べていたパフェのスプーンが完全に沈黙した。


「加藤も受験終わったんだよな? 今日は何してたんだ? もしかして、明日のチョコの練習……とか?」

「……う、うん。まぁそんなとこ」


 ここで誰に渡す用とは、敢えて訊かなかった。

 訊かなくても分かっているから、僕は直ぐに本題に入る事にする。


「夏祭りの時、僕が加藤に言った事覚えてる?」

「…………うん」

「悪いんだけど、あの時宣言した事を――撤回させて欲しい」

「――――うん」

「理由……訊かないのか? ていうか怒りもしないんだな」

「……怒る資格……もう私にはないよ。それに理由は訊かなくても分かってる」


 資格がない理由なんて、1つしかない。


「受験の大事な時期に余計な事で悩ませて……ごめんな」

「佐竹が謝んないでよ。全部私が悪いんじゃん」

「いや、受験を理由に大したアクションも起こさなかった僕にも原因はある。第三者が割って入る隙間なんて与えてしまった僕がいけなかったんだ」


 瑞樹の時と違って加藤はハッキリとは言わなかったけど、少なくともに僕と付き合うという選択肢が存在していたはずだ。

 そこで僕の悪い癖がでてしまった。

 受験勉強の邪魔をして嫌われたくない一心で、僕はアプローチを怠ったのだ。

 その事は神山さんも知っている。朝稽古の時愚痴を溢した事があるからだ。

 松崎さんの事が気に入らないと言った事もある。


「……松崎さん……だよね?」

「うん…………ごめん」


 分かり切っている事を訊いてしまって、益々僕達のテーブルだけ空気が重くなった。


「わ、私……ね」


 本題に入って初めて加藤の方から話を切り出してきたから、僕は色々な覚悟をもって身構えた。


「夏祭りの時に言った事は後悔してない。嘘なんかじゃないし、ずっと佐竹の事を見てたから……」

「……うん」

「でも松崎さんと知り合って、文化祭のお礼をした時から最初にもった松崎さんの印象がいい意味で崩れたんだ」

「……うん」

「それから松崎さんの話をする度に、結衣に怒られてた」

「……え?」

「愛菜は佐竹の事だけ考えてればいいのって」

「あぁ、なるほど。神山さんらしいね」

「うん。だから怒られる度にブレーキをかけてきたんだけど、何故かある時を境に結衣が何も言わなくなったんだ」

「え? 神山さんが?」

「うん。もう見放されたんだと思う。それだけ馬鹿な事を考えてる自覚があったから、自業自得なんだけどさ……はは」


 あの神山さんが親友だと言ってる加藤を、見放すなんて考えられない。


「神山さんはそんな人じゃないよ。多分、何かしらの理由があったはずだ」


 そうだ!絶対に理由があるはずなんだ。神山さんが加藤を止めなくなった理由……理由……ん?


「あの……ね。私が訊けた義理じゃないんだけど、あの時言った事を撤回したいと思ったのって、やっぱり松崎さんが原因……なんだよね?」

「…………」

「佐竹?」


 もしかしてだ。あくまでもしかしての可能性の話だ。

 もし、神山さんが加藤を止めなくなった原因が、僕にあるとすれば……どういう事が考えられる?

 僕がそんな突拍子もない事を考え出した理由。それはこれまで凹んだ時に助けてくれた神山さんの事を思い出したからだ。

 それと今回の加藤への行動を含めて考えてみると……。


「あ、あぁ、うん。そうだな……。ついさっきまではそれが原因だったよ」

「ついさっきまで……は?」

「うん。僕さ……。どうやら惚れっぽい性格みたいだ」

「え? それって」

「――僕。神山さんが好きだ」


 そうだ。僕は神山さんが好きなんだ。何時からって訊かれたら分からないと答えるしかないんだけど、何時の間にか僕は神山さんの事を友人として見てなかったみたいだ。

 そして、自惚れかもしれない。自意識過剰かもしれないけど、もし僕の考えが当たっていれば……神山さんも。


「ふふ、そっか。やっと気付いたんだ」

「加藤は知ってたのか?」

「本人から聞いたわけじゃないから確証はなかったけど、もしかしたら位には……ね」

「はは、そっか。気付いてるのに黙ってるなんて、加藤の性格の悪さは相当だな」

「し、仕方ないじゃん! 今の私が言える立場じゃなかったんだしさぁ!」


 確かにそうだ。でも、加藤は神山さんの気持ちに気付いたから、ある意味遠慮がなくなったのかもしれないな。


「僕からの話は以上だ」

「ん、わかった。ねぇ佐竹」

「うん?」

「私達友達でいられる……かな」

「加藤が嫌じゃなければ、僕は問題ないよ」

「問題なんてあるわけないじゃん! こんな事になっちゃったけど、私だって佐竹のいい所知ってるんだかんね!」

「それ、今言うか?」

「あ、ごめん」


 慌てて口に手を当てる加藤を見て吹き出すと、彼女も一緒になって笑った。

 憧れの人だったんだ。

 ひまわりみたいに笑う、この女の子が。

 でも、憧れはどこまでいっても憧れでしかない。

 人を恋愛的な意味で好きになるのと、似てるようで全く違うものだから。


 僕達は一頻り笑った所でカフェを出た。


「うぅ、温かい所から出た直後って、キツイよねぇ」

「遅くまでごめんな、加藤」

「ん、いいよ。私も話さないといけないと思ってたからね」

「うん。それじゃ、これからは友達としてよろしく!」

「おぅ! またなんか奢らせてあげるから、よろしく!」

「はは、なんでだよ。それじゃ、おやすみ」

「うん。おやすみ、佐竹。気を付けてね」


 僕は加藤とこれからも宜しくと握手を交わして、駅前で別れた。


 もう瑞樹さんの顔も加藤の顔もチラつかない。

 今すぐにでも、神山さんに会いたい衝動が僕の体を突き動かそうとする。

 だけど、我慢だ。


 明日稽古の時に気持ちを伝えよう。

 バレンタインは何も女の子が気持ちを伝える日だけじゃないんだから。


 ――そうと決まれば!


 ◇◆


「もうここには来ないで……帰って!!」

「だから最後まで黙って話を聞けって言ってんだろ!!」


 再び僕の大声が道場に響く。


 出て行けと言われて出て行くわけにはいかない。


「そんなに私を馬鹿にして楽しい!?」

「は? 神山さんを馬鹿にする? あり得ないだろ、そんなの」

「だ、だって!」

「だからさ。黙って僕の――俺の話を聞いてくれ」

「! …………」


 さぁ、ここからだ。気持ち全部伝えて駄目だったら、きっぱり諦める。


 朝の冷え込みが厳しい2月中旬。

 さっきまで稽古で体を動かしていたから、あまり寒さを感じなかったけど、熱を持った体が外気で冷まされて次第に寒さを感じる様になってくるはずだが、道場にいる俺達は違う熱を帯びて温かいままだ。


「神山さんは俺の目標であって大切な女の子でもあるんだ。その事に気が付いたから、加藤ともケジメをつけてきた」

「…………」


 神山さんは黙ったまま、だが鋭い目つきで俺を見ている。


「だから何度でも言うよ。これを受け取って欲しい」


 ずっと手に持っていたチョコが入った袋を、また神山さんに差し出す。


「どうして? あんなに愛菜、愛菜って言ってたじゃない」

「さっきも言っただろ? 憧れていただけだって」

「違うでしょ!? ホントは松崎さんに勝てないって諦めただけでしょ!?」


 想定内だ。絶対に言われると思ってたからな。

 ただ、想定外だったのは、それを言われても全く心に痛みを感じなかった事だ。

 その事で俺の気持ちは確証に変わった。


「加藤から離れたのは確かに松崎さんも関係してる。だけど、松崎さんに勝てないから敵前逃亡したわけじゃない!」

「じゃあなに!?」

「加藤の事で悩んでたはずなのに、いつの間にはお前の事ばっかり考えるようになってたんだよ! 悪いか!」

「――!!」

「受験だってそうだ! 疲れようが眠かろうが! 朝になったら道場でお前に会えると思ったら頑張れた! 乗り切れたんだ!」

「…………」

「惚れっぽい!? あぁそうだよ! 俺は惚れっぽい奴だよ! けどなぁ! お前が俺のもんになってくれたら、よそ見する必要なんかない! 瑞樹だろうが加藤だろうが目じゃねえ! 俺はお前がいいんだよ! 結衣!!」


 僕……いや、俺は思いの丈を全て吐き出してやった。

 ちょっと、いや!かなり乱暴な言い方になっちゃったけど……。


「――私が初めて……だよね?」

「え?」

「名前呼びで、しかも呼び捨てにした女って私が初めてだよね? 志乃も愛菜にだってずっと苗字呼びだったよね?」


 言われて初めて神山さんの事を名前で、しかも偉そうに呼び捨てにしていた事に気が付いた。

 なにイケメンリア充みたいな事言ってんだよ俺は!恥ずかしい!滅茶苦茶恥ずかしい!っていうか絶対に怒られる!


「ご、ごめん……。神山さ――」

「結衣!!」

「へ!?」

「今度苗字で呼んだら、秒で別れるからね!」


 そ、そんな殺生な!って……あれ? 秒で別れる? 別れるって事……は?


「え? えっと……それって……つまり?」

「言わなきゃ分かんない!? ていうか、だからさっきからこれ渡そうとしてんじゃんか!」


 言って神や――結衣がまた紙袋を差し出してきた。


「……いや、だから義理チョコなんて――」

「――誰が義理チョコって言った?」


 結衣はそう言って持っていた紙袋を広げて、中身を俺に見せてきた。紙袋の中には几帳面に可愛らしくリボンが巻かれていた化粧箱が入っていた。


「開けてみて!」

「う、うん」


 俺は慎重に箱を取り出してリボンを解いて化粧箱を開けると、中にはチョコケーキが入っていて、箱の中からカカオのいい香りが香った。


「……これって手作り?」

「見れば分かるでしょ? 買ってきた物だったらもっと綺麗なんだから」


 確かに少し歪な所があるが、それこそが手作りの証であって決してマイナスに働く要素ではない。


「……これって義理じゃなかったって事?」

「そうだよ! 義理チョコにわざわざこんなに手間かける程、暇じゃないし!」


 言って、結衣はフンッと口を尖らせて、そっぽを向いた。


 こんな結衣を知ってる友人は多分、俺だけじゃないだろうか。

 瑞樹さんや加藤達と居る時は、どちらかといえばお姉さん気質ではしゃぐ加藤を宥めたり、瑞樹さんには優しく接したりと、とにかく皆の縁の下の力持ちではないけれど、皆を自然にまとめる立ち位置なんだ。(ただし、神楽優希のライブの時だけは別w)

 だけど、俺に稽古をつけてくれるようになってから、2人の時はよくこういう子供っぽい一面を見せてくれる。

 このギャップにやられている自覚はあるのだが、お姉さんモードでもお子様モードであっても、結衣の気遣いができる優しい所は変らなくて、俺が一番惹かれているものだ。


「……嬉しい。ホントに嬉しい。ありがとう!」

「どういたしまして。そんな物でも喜んで貰えてよかったよ」

「そんな物!? 何言ってんの! 俺……こんなに嬉しい物貰ったの生まれて初めてなんだからな!」

「う、うん」

「はぁ、早速頂こうかな。いや! まずは仏壇に供えてから――」

「――それはやめて!」


 ――あっははははは!


 嬉し過ぎて馬鹿な事を言った結衣の反応が可笑しくて吹き出すと、必死に止めた結衣も釣られて笑った。


「これも貰ってくれる? 結衣みたいに手作りじゃないけど、一応有名なとこの逆チョコなんだけど」

「ふふ、まさか私が逆チョコなんて貰う日がくるなんて、想像もした事なかったよ」


 言って照れ臭そうに逆チョコを受け取ってくれるのと同時に、俺は結衣を抱き寄せると「キャッ」という声と共に、温かい温もりが腕の中に納まった。


「ち、ちょっと待って! 稽古の後だから汗臭いから――」

「――全然そんな匂いしないよ。すっごくいい匂いだ」

「――んもう!」


 言葉ではそう言う結衣だけど、抵抗して俺の腕の中から出る事はしなかった。

 暫くそのまま結衣を抱きしめていると、やがておずおずと俺の背中に手が回されてるのと同時に、少しもぞもぞと頭が動いたかと思うと黙っていた結衣が話しかけてきた。


「ホントは……ね。あのケーキ義理チョコで渡すつもりだったんだ」

「え? どうして?」

「どうしてって……。佐竹君は愛菜が好きで頑張ってたわけで、その相談や愚痴を聞いてた立場の私が、本命チョコなんて渡す訳にいかないじゃん」

「って事は……」

「……うん。自分の気持ちを打ち明けるつもりなかったんだ。応援するって言った手前そんな事したら、絶対に佐竹君を困らせるだけだって思ってたから。志乃や愛菜に佐竹君の気持ちが届かなかったとしても、言うつもりなかったよ」

「――結衣」


 そうか。いつからか知らないけど、俺なんかの事を意識してくれている時も、俺の結衣じゃない女の子の相談を受けていてくれたのか。それって滅茶苦茶辛い事だったんじゃないかと思う。フラれまくってる俺なんかより、よっぽど辛かったんじゃないだろうか。


「でも、ホントに私でいいの? 自分でいうのもなんだけど、私って武道やってるせいか性格がガサツだと思うし、志乃みたいに綺麗じゃないし、愛菜みたいに佐竹君の事楽しませれないと思うよ?」


 結衣は自信無さげに俺の腕の中からヒョコっと顔を出して、上目使いでそんな事を言ってくる。


「あの2人は関係なくて、俺は結衣の事を綺麗だと思うし、それにさり気なく優しく接してくれる内面が凄く好きなんだ」

「ふふ、佐竹君って相当目が悪いんじゃない?」

「何言ってんの。この眼鏡は世界最強なんだぞ? その眼鏡から見たんだから間違いないんだよ」

「あっはは! あ、という事はこれから私は師匠と彼女の二足わらじになるって事?」

「そうなるな。だから稽古の事はいつも通り厳しくして欲しい」

「えぇ!? 彼氏に厳しく稽古つけるとか、できる自信ないんだけど!?」

「あはは! そう言わずにこれからも頼むよ。結衣師匠」

「うーん……。ややこしいなぁ、もう!」


 ぷくっと頬を膨らませる結衣がとても可愛くて、腕の中にいる結衣の頭に額をくっ付ける。

 陽だまりのような匂いと、女の子特有のいい香りが鼻孔を擽り、やっと結衣が俺の彼女になってくれた実感が湧いてきた。


 ――この温もりを大切にしよう。この温もりを守れる男になろう。俺は、柔らかい結衣の温もりを感じながら強くそう誓った。


 ◆◇


「やれやれ……結衣が面倒見てる小僧がどれほどか見にきたんじゃが……出るに出れん現場に遭遇してしまったようだわい」


 自宅から道場へ続いている廊下の脇に、1人の老人が場内で抱きしめ合っている2人を眺めていた。


「ふむ、小僧の稽古を見るのは次の機会にするとするかな」


 フフと小さく微笑む老人は、軋む音が出やすい古い床の廊下を音もなく踵を返して自宅に戻っていく。


「これはひ孫の顔が見れる可能性が出てきたのう。まだまだ死ねん理由が出来たわい。そうじゃ、今晩から酒の量を減らしてみようかの。ほっほっほ」




――――


あとがき


惚れっぽい佐竹と、健気な神山さんがめでたくカップル成立!

これから2人がどうなっていくのか、温かく見守ってやって下さいね。


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