第37話 三度詣! 後編

 佐竹は3人の元に駆け寄って早速マジックを握ると、絵馬との間に加藤が覗き込んできた。


「さっきから何ニヤけんの? 超キモイんだけど」


 加藤にそう毒づかれて初めて表情筋が緩んでいる事に気付いた佐竹は、慌ててグッと表情を戻しながら再び絵馬に視線を戻したのだが、マジックが一向に走らない。


「なぁ、なんて書くんだっけ?」

「はぁ!? さっき言ったじゃん! 『志望大学現役合格!by間宮student』だよ!」


 なんてセンスのないと思った佐竹だったが、口にすると後が怖いと「そ、そっか。ごめん」とだけ返してマジックを走らせた。


「アンタの字って小さくない? 文字は書いた人を写すって言うけどホントなんだね」

「うるさいな!」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて佐竹を野次る加藤が、自分を罵倒するのが趣味なんじゃないかと思う程に楽しそうに笑った。


 最後に書き終えた佐竹は瑞樹達と一緒に絵馬を奉納しに向かう。

 皆思い思いの場所に絵馬をかけていると「あれ? これって」と瑞樹が何かに気付いたようだ。


「ん? どしたん?」


 瑞樹の隣で絵馬をかけていた神山が声をかけたが、瑞樹は慌てて首を左右の小さく振って「ううん。なんでもない」とだけ返す。


 これで合格祈願は終わったと、早速気になっていた出店の通りに繰り出した。

 3日連続で同じ神社に来ている瑞樹と加藤だったが、一緒に来ているメンバーで違うと気分も違うと、来てばかりの場所なのに新鮮に感じた。

 特にこのメンバーはこの一年で一番濃い時間を過ごした仲間達だったのだから、楽しくないわけがないと瑞樹と加藤は同じ事を思った。


 色々な出店を回って色々な物を食べ歩いた。

 4人はすぐにセンターを控えている為、息抜きはこの三が日で終わりにすると決めている。

 だから三が日の最後の日にこのメンバーで集まれて、思いっきり笑って過ごせたのが何よりも嬉しい時間だった。


「ねぇ、やっぱり皆も学校の友達と卒業旅行に行ったりするん?」


 遊び尽くしてベンチで休んでいた4人がそろそろ帰ろうかという時に、加藤が急にそんな話題を振ってきた。


「うん! 一年の時から仲のいい友達達と北海道に行くんだ」


 瑞樹が楽しそうに答えると、神山と佐竹も順に行き先を話した。


「そっかぁ。私も友達と長崎に行く事になってるんだけど……さ」


 腕を組んで何やら難しそうな顔つきで考え込む加藤に、瑞樹達が黙って注目していると、加藤の目をカッと見開いたかと思うとニカッと笑みを作り話を話すのだ。


「折角だし、このメンバーでも卒業旅行に行きたいなって思ったんだけど、どう!?」

「それいいじゃん!!」


 加藤の提案に神山が間髪入れずに、賛成の声をあげる。



 確かに何故この提案が今まで思い浮かばなかったのだろうと、加藤の話を聞いて瑞樹は首を傾げた。

 学校の友達も色々な思いでを共有した関係で頑張ったご褒美に皆で大きな思い出を作ろうと、旅行を計画するのは必然だとは瑞樹も思う。

 だが、このメンバーは瑞樹にとってもっと身近な存在で、本当に助け合いながら色々な事を乗り越えてきた仲間なのだ。

 そんな大切な仲間達と思い出を作りたいなんて考えるのは当然のはずなのにと、瑞樹は眉間に皺を寄せた。


「僕も賛成だよ。絶対にいい思い出になるよな」


 瑞樹がそんな疑問を抱いていると、佐竹も加藤の提案に賛成だと言う。


「志乃は!? ゼミ仲間の卒業旅行!」


 加藤が残る1人である瑞樹に意見を求めると、考え込んでいた瑞樹の口から結論が零れた。


「――そっか! 存在が近過ぎて思いつかなかったんだ!」

「へ? え? なに? どういうこと!?」


 求めていた返答とかけ離れた言葉に、加藤達は困惑した様子で首を傾げた。


「ううん、なんでもない! 皆で卒業旅行いいね! 私も行きたい!」


 そうこなくちゃと口角を上げた加藤が早速どこに行こうかと、まだ受験本番どころかセンターすら終えていないというのに話を盛り上げる。

 どこがいいとかここは嫌だとか盛り上がってるなか、またまた卒業旅行の発起人である加藤が、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


「でさ! これは実現出来るか微妙ってか、当人次第ってとこが大きんだけどさ!」


 言って、全員の視線が集まった事を確認した加藤が話しを続ける。


「このコミュニティーってゼミなわけじゃん? ゼミ繋がりならさ、私達のモチベーションを上げてくれて、未来予想図を描かせてくれた重要人物がいるよね?」


 加藤がそう話すと、話が見えないと神山と佐竹は首を傾げていたが、瑞樹だけはピクッと反応を示してギョッとした顔を見せた。


「……愛菜……もしかして……」


 目を見開きながら口元を引きつらせて問いかける瑞樹に、笑みを深めた加藤はとんでもないある提案を一息に言い切る。


「そう! この旅行に我らが伝説の講師である間宮氏を、召喚出来ないかなって!」

「えええぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!?!?!?!?」


 唐突な加藤の提案に神山と佐竹は驚きに声を上げて、咄嗟に気が付いた瑞樹は「また無茶苦茶なことを……」と額に手を当てた。


 加藤が言う様に確かに間宮はあの合宿に参加したメンバーにとって、しっかりとした目標が持てた大きな要因になった人物ではある。だからといって、ゼミの仲間で行く卒業旅行に間宮もという考えは瑞樹には到底理解できるものではなく、現実的ではないと呆れたように息を吐いた。


 この提案は無理だと結論付けた瑞樹が反対の声をあげようとした時、タッチの差で先に神山が口を開く。


「うん……それは流石に考えつかなかったけど、間宮さんと旅行なんて想像できないな――でも想像できないから逆に楽しみな気がする……かも?」

「――――は!?」


 神山の口から加藤の提案に対して拒否するどころか、やたらと前向きな言葉が出てきて、瑞樹から間抜けな声が漏れる。


「そうか、間宮さんか……確かに僕達にとって恩人みたいな人だし、もし一緒に行けたら凄く楽しいかもしれない……な」

「へ!? え!?」


 佐竹までもそんな事を言うものだから、瑞樹はポカンと口を開く事しかできなかった。


「でっしょー! 同い年だけの旅行も勿論楽しいんだけどさ! それはそれぞれ学校の友達と行くわけだし、私達の旅行はちょっと変わった事した方が楽しいと思うんだよね!」


 言って、加藤は片目を閉じて得意気に人差し指を立てた。


 何だか状況が呑み込めないまま、勝手に話が決まってしまいそうな空気に、瑞樹は慌てて今度こそ口を開く。


「ち、ちょっと待ってよ! このメンバーの中に間宮さんを入れたら変に気を遣ったりしてするでしょ!? そんな気を使って行く旅行なんて楽しくなるとは思えないんだけど」


 きっと皆は私に気を使ってるんだと思った瑞樹は、気持ちは嬉しいのだがこれは甘えるわけにはいかないと、皆が楽しめる旅行にする為にハッキリと断わろうとした。


「気を遣う? んー確かに志乃と間宮さんの仲が進展しないかなってのはあるといえばあるんだけど、それ以上にこの旅行は間宮先生に感謝の気持ちを伝えたいって事の方が圧倒的に大きいかなぁ」

「そう! 私もそうだよ。シンプルにお礼がしたいんだよ……まぁ貧乏高校生だから間宮さんの分の旅費を出すわけじゃないから、お礼になってないかもだけどね」

「うん……。個人的に間宮さんとは間接的にだけど色々あったから思う所はあるんだけど、やっぱり同じ男として憧れてるからね。ゆっくりと話す機会とかなかったから、一緒に旅行に行けたらそんな時間もとれるかなって思ってる」


 加藤がそう述べると、神山と佐竹もそれぞれに自分の考えを話して、決して瑞樹に気を使ってるわけではないと主張した。


「ほら! これなら問題ないよね? それとも志乃は間宮さんと旅行に行きたくないの? それならこの話はお蔵入りさせるけど?」

「そ、そんなわけないじゃん!」


 そんなわけがないのだ。瑞樹が間宮と旅行に行きたがらない理由なんてまったくなく、ここ最近の事を考えれば余計にこの旅行で色々と解決出来るのではと期待もあったりするのだから。


 瑞樹の反応に「だよね!」と笑った加藤は、具体的にどこへ行こうかと皆と考えていたが、間宮が参加するかもしれないという事で、間宮の参加不参加の確認をとった後に改めて集まろうという事になった。


 合格祈願も終えて出店で色々と食べ歩き、そして旅行の事で盛り上がった瑞樹達は帰宅しようと最寄り駅に向かう途中の事だ。

 瑞樹と加藤が並んで歩いていると、瑞樹は紅茶を美味しそうに飲んでいる加藤をチラリと横目で見てから、視線を空に向けて呟く。


「この人の隣にいられますように! M・K」


 ぶふぉっ!!


 瑞樹の呟きに加藤が飲んでいた紅茶を盛大に吹き出した。


「な!? ちょ、なんで!? い、いや違うからね! ち、ちが!」


 加藤のこれまでにない程に慌ててテンパる姿を見せて、可愛いなとクスクスと笑みを零す瑞樹。


「ん? 私は絵馬を奉納した時に他の人の絵馬が目に入って、それに書いてあった事を言っただけだよ? 何も愛菜が書いたなんて言ってないじゃん」


 真っ赤っかに茹で上がった加藤を尻目に、瑞樹は白々しくそう話す。


「な!? し、志乃って時々性格悪い事言うよね!?」

「性格悪いなんて心外だなぁ。私は照れてる愛菜が可愛くて揶揄ってるだけなのに」

「それが性格悪いってんでしょうが!」


 そう言うが早いか、加藤はすかさず反撃とばかりに瑞樹の脇腹を弄り始めた。


「ちょ、愛菜!? 止めてって! きゃははは!」

「ほれほれ! 私を誰だと思ってんだい!? 志乃のおっぱいを揉んだ初めての女なんだぞ? そんな意地悪な事言うなら、大きさとか柔らかさとかを間宮さんに懇切丁寧に話しちゃうぞ!?」

「そ、それ、ホントやめて! ご、ごめん。もう言わないから許し――きゃははは!」


 少し離れた場所からじゃれ合う2人を神山と佐竹は苦笑いしながら眺めていた。離れているせいで2人の会話は聞こえなかったが、凄く楽しそうなのは遠巻きから見てても分かった。


「ホントあの2人は元気だねぇ」


 神山が少し呆れた様子でそう呟くと、隣にいた佐竹が吹き出す。


「あっはは! ホントだよな。男の僕より体力あるんじゃないか?」


 あはははは!


 元気過ぎる2人を眺めて、まるで年寄りみたいな会話をしている神山と佐竹は顔を見合わせて笑い合った。


「残念だったね」


 笑いが収まった頃に不意に神山がそんな事を話す。


「え? なにが?」

「……志乃と愛菜の晴れ着姿が見れなくて……さ」


 極力表情に出さないように努めていた佐竹だったが、どうやら神山には見抜かれていたのだと、ハッとして神山の方に顔を向けた。


「え? あ、いや――そんな事」


 何とか誤魔化そうと試みる佐竹であったが、次の神山の言葉でそんな思考回路は瞬時に崩壊する事になる。


「まっ、今日は私の着物姿で我慢しなよ」

「――は!?」


 神山はそう言うとじゃれ合っている瑞樹達の元に小走りに駆けて行った。


「ねえ! なんの話してるの?」

「聞いてよ結衣! 愛菜がね――」

「うわー!! 志乃ぉ! 言ったら分かってるよね!? ホントに間宮さんにあることない事吹き込むかんね!」

「あ、あることない事ってなによ!?」

「まぁまぁ、落ち着きなって2人とも」


 わちゃわちゃしている瑞樹と加藤の間に動きにくい着物姿で割って入り、2人の肩を抱いて宥める神山。

 動きやすい服装の2人に力負けせずにいられるのは、普段から武術を嗜んで体幹が鍛えられている証拠だろう。


 そんな綺麗な着物姿の神山の後ろ姿を見て佐竹は思うのだ。


 神山はもしかして事前に瑞樹と加藤が晴れ着で来ない事知っていて、残念がる自分の為に着物を着てくれたのではないだろうかと……。


 ――もし、そうであるならば……。


 精神力を鍛える為に神山の手ほどきを受けだした時から、2人は師弟関係のような間柄になっている。

 師匠である神山には弟子の佐竹の事は何でもお見通しなのかと、完敗の白旗を心の中で振り回して「まったく、師匠には敵わないな」と美少女3人の後ろ姿を眺めながら、佐竹はそう独り言ちるのだった。



 瑞樹は顔を真っ赤にしながら神山の口撃にタジタジになっている加藤を見て思う。

 恋をする女の子は可愛くなれると昔からよく耳にするフレーズ。

 今の加藤は知り合った頃より格段に可愛さが増していて、そんな姿を見せられてあのフレーズは本当だなと、慌てる加藤に微笑むのだった。

 そして同時にこうも思うのだ。

 私も周りから可愛く見られているかなと。

 瑞樹も加藤に負けないくらいの恋をしている。何時も何をしている時であっても、心の真ん中には間宮がいて、彼の事を考えるとどきどきと温かさが体中を駆け巡る。

 傍にいれない時は寂しく感じて、傍にいれる時は本気で時間が止まればいいとさえ思ってしまう自分はどう見えているのだろうと気になったのだ。

 子供は子供なりに一丁前に恋をする。

 好きな人の傍にいたい。力になりたい。支えになりたい。

 そして何時までも好きな人に妹みたいに見られたくないと。


 だから、そんな風に間宮の事を想える資格を得る為に、今は目の前に迫ったセンター試験を乗り切る事。明日からはその事だけに集中してここにいる仲間達と頑張ろう。

 そして、絶対に皆で楽しい思いでを作る為に、最高の卒業旅行を実現するんだと、瑞樹は楽しい仲間を眺めながら改めて気を引き締めた。


(さぁ行くぞ! まずはセンター試験だ!)










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