第7話 元祖ナイトとナイト代行
「♪~~」
ずっと会いたかった瑞樹と思わむ東京デートをする事になった。
真鍋さんの強引な提案だったけど、一緒に歩いている瑞樹を見る限り迷惑しているわけではなさそうでホッと安堵した。
「ははっ、ご機嫌だね瑞樹さん」
「えへへ、それはそうだよ。沙織達と楽しく遊べたうえに、もう会えないって思ってた岸田君と会えたんだよ? 嬉しい事ばっかりで怖いくらいだよ」
本当に嬉しそうな顔を見せてくれるから、喜んでくれているのが伝わって、心が躍る思いだった。
「そっか。まぁ喜んで貰えたなら、特急まで使って駆け付けた甲斐があったな」
「そうだよ! 名古屋に住んでたんだね」
「うん。そういえば言ってなかったよな」
「聞いてないよぉ! 意地悪だなぁ」
ぷくっと頬を膨らませる彼女が途轍もなく可愛く見えて、この時間を用意してくれた眞鍋さんに心から感謝した。
軽い足取りで、まるで軽快なステップを踏むように「あっちいこ!」と指さして俺の少し先を歩く。そんな瑞樹の後ろ姿が都会のネオンに美しく映し出されて、まるで無邪気な天使が舞う様に見えたんだ。
だけど俺は眩しく映る瑞樹が、何故か遠くへ行ってしまったかのような錯覚を覚えた。
ずっと見たかった楽しそうに笑う姿を見れたのに、俺は素直にその変化を喜べなかったんだ。
瑞樹が本来の輝きを取り戻して、今まで見れなかった姿を見せる度に、彼女の隣に見知らぬ男の影がチラついているからだろう。
やっぱり、その男が瑞樹の殻を破ったのだと確信した俺は、胸の奥が酷く痛んだ。
軽く駅周辺を探索していると、相変わらず瑞樹の姿の振り返る奴や足を止める奴がやたらと目に付いた。
当の本人はそんな事など全く気にする素振りを見せないのは、きっと慣れてしまっているんだろうな。
そうだよな。男なら彼女が視界に入ったら意識をもっていかれるよな。カップルで歩いてる彼女さんに謝りたい気分だ。
1度は完全に諦めた気持ち。だけど、同じ大学を目指してると聞いた時から、沸々と湧いてくる想いが止まらなくなっている。
(……そうだ。確かに今の瑞樹を表に出したのは、違う男かもしれないけど、別に付き合ってるとかじゃないんだったら、俺にだってまだチャンスはあるだろ……ん? そういえば……)
「ねぇ、瑞樹さん」
「ん? なに?」
「今更なんだけど、こうして2人で歩いてて大丈夫?」
「大丈夫ってどういう意味?」
「いや、彼氏に見られたらマズイんじゃないかって思って……さ」
今更のように気付いた。今現在、瑞樹がフリーなのかどうか確認してなかった事に。
もし、付き合ってる奴がいたらお手上げだ。てか、もしかして噂の講師と付き合ってる可能性もあるのだから。
「か、彼氏!? そ、そんな人いないよ?」
何で疑問形なんだろうとは思ったけど、とりあえず付き合ってる奴はいないみたいでホッとした。
「そ、そっか。それなら問題ないな」
「……う、うん。あ、で、でももう遅くなってきたし、そろそろ帰ろうか」
思う所があったのか、不自然に帰ろうとするとか……キツイんだけど……。
「そ、そうだな。それじゃ家まで送るよ」
「え? う、ううん。私自転車で来てるから、大丈夫だよ……ホントに」
俺といる所を見られたくない奴がいる――そんな気がしてならない。
「……そっか。まぁ、とりあえずA駅までは一緒だから、行こうか」
「……うん」
余計な事を言ってしまったな。おかげで気不味さが半端ないんだが……。
俺達は黙ったまま地下鉄の駅に向かう。
地下に降りると通路の制限がある為か、上にいる時よりも密集しているように感じた。
元東京に住んでいたといっても中学までの話で、その時は都心にいる事なんて殆どなく、こんな人混みの中を歩く経験なんてなかったと思う。
人混みを抜けていくのに悪銭苦闘している俺に対して、流石は東京在住現役JKの瑞樹は、流れるように人混みを見事に交わしながら駅に向かって歩いていく。
「ち、ちょ……みず――」
ドンドンと離れていく瑞樹を呼び止めようとしたが、人混みのざわついた音に掻き消されてしまったようで、あっという間に見失ってしまった。
◇◆
「あ、そういえば岸田君ってさ――え?」
「ん? なぁにかなぁ?」
「俺が岸田君だよぉ?」
岸田の妙な気遣いが原因で、急に2人でいる事に罪悪感を覚えた瑞樹が足を止めて、話題を変えようとしたのだが、振り返った先にいたのは見覚えのない2人組の男だった。
慌てて周囲を見渡した瑞樹だったが、見える範囲では岸田の姿はなく、逸れてしまった事に気付く。
瑞樹はヘラヘラした軽薄そうな男達に小さく舌打ちをうち、口を開く事なく逸れてしまった岸田を探しに行こうと2人の間を抜けようとしたのだが、声をかけてきた男達は逃がさないと行く手を塞いだ。
「無視しないでよぅ! 俺が岸田君になってやるからさぁ。とりあえず俺らとどっかいこうぜ」
「そうそう! こっちの岸田君の方がイケメンっしょ!」
言いながら進路を塞いだ男達は、瑞樹に圧をかけるようににじり寄ってくる。
「は? どっからそんな自信がくるわけ? ウケるんだけど」
「かっわいい顔して言うじゃん。気の強い女は好きだぜぇ」
「俺もモロ好みだわ。とりま向こうで話そうぜ。なっ!」
2人は瑞樹の言い分を訊き流して、体を壁の様にして更に圧をかけてくる。どうやらこのまま脇道に追い込むつもりのようだ。
いつもそうだと苛立を隠す事なく顔に出す瑞樹。どんなに剣幕に捲し立てても、結局最後は力で押し切ろうとしてくる男達。瑞樹に出来る事なんて、精々大声出して回りに知らせるくらいだと――瑞樹は悔しそうに唇をキュッと噛んだあと、周囲を行き交大勢の通行人に空気をいっぱいに吸い込んで大声で襲われていると叫ぼうとした時だ。男の1人が咄嗟に瑞樹の口を手で塞いだのだ。
「んぐっ!」
「おいおい、何しようとした? させるわけねえだろ。このまま黙って進め」
ヤバいと背中に冷たい汗が流れる。
声を封じた男は塞いでいる逆の手で瑞樹の肩を鷲掴み、瑞樹の体を押し込んできた。もう1人の男を見ると、通行人達から口を塞いでいる所が見えないように壁の役割を担っているようだった。
慣れている。そう感じた瑞樹は押し込まれている方向に目をやると、そこには人の出入りがなさそうなコインロッカーが設置している狭いスペースがあった。
本当にヤバい。このままあそこに引きずり込まれたら逃げ出せそうにない。必死に残された視界の先に逸れてしまった岸田の姿を求めた瑞樹だったが、助けを求めている事に気付いた壁役の男が瑞樹の視界の先を塞いだ。
居心地が悪くなったからって、不用意に岸田君から離れてしまった迂闊さに、瑞樹は唇を強く噛む。
(――――助けて……助けて!間宮さん!)
咄嗟に岸田ではなく、瑞樹は声が出せない状況で必死に間宮に助けを求めた。
「――おいおい、何やってんの?」
ロッカールームの奥に引きずり込まれそうになった時、壁役の男の後ろからそんな声がかかった。
聞き覚えのある声だ。だけど、助けを求めた間宮の声でも、逸れてしまった岸田の声でもない事に気付く。
(――誰!?)
「あ? おっさんに関係ねえだろ。失せろ!」
「ったく……こちとら連日行きたくもない取引先の忘年会に連行されて疲れてるってのに、お前らは呑気に下品極まりないナンパかよ」
「あぁ!?」
「わりーけど、その子は俺のツレだ。邪魔させてもらうぞ」
壁役の男が割って入ってきた人の方に振り返って視界が開けた時、瑞樹は誰が助けにきてくれたのか理解した。
(……松崎さん)
邪魔をすると宣言した松崎は少し顔が赤くなっていた。どうやら忘年会というのは方便ではないようだ。
助かったと瑞樹は肩の力を抜いた。
痴漢にあったと加藤の話を聞く限り、松崎も間宮と同様に強いという印象があった。
松崎の乱入で瑞樹の肩を掴んでいる男の手の力が緩んだ。
意識が瑞樹から松崎に移ったからだろう。だが、女の瑞樹が抜け出せる程ではなく、掴まった男から逃げ出せそうにない。
「邪魔すんじゃねぇ!――うぐっ!」
壁役の男が松崎に殴りかかろうとしたが、ほろ酔いとか思えない動きで男の背後をとった松崎。
一瞬状況を見失った男の口を塞ぎ、逆の手で男の子指を握った松崎は、男の背後から耳元でこう囁くのだ。
「なぁ、手の指ってさ。親指とか人差し指が大事ってイメージあるけど、実は小指を失うと手にまともに力が入らなくなるって聞いたんだけどさ――本当かどうかお前で試していいか?」
「ひぃ!?――うぐぁ!?」
松崎はそう囁くのと同時に、掴んだ小指の関節を逆方向に向けて力を込めて、あと少し力を込めたら折れるという所で、松崎は瑞樹の口を塞いでいる男を睨みつけて、無言の圧力をかける。
相方を潰されたくなかったら、女を離せと。
松崎の意図を察したのか、瑞樹を拘束している男はチッと舌打ちして瑞樹を解放した。
解放された瑞樹を確認した松崎も、拘束している男の背中から相方の男の方へ突き出すと、解放された瑞樹は小走りで松崎の背後に回り込んだ。
2人揃った男達は瑞樹の前に立ち塞がる松崎を睨みつける――が、瑞樹を拘束していた男がもう1度舌打ちを鳴らして「いくぞ」と松崎に背を向けた。
「お、おい! あいつらいいのかよ!」
「あぁ――相手が悪い」
言って相方を引き連れて人混みの中に姿を消したのだった。
どうやら手を引いた男の方は多少心得があったようで、さっきの松崎の動きを見て瑞樹の事を諦めたようだ。
「助けてくれてありがうございました。松崎さん」
瑞樹が立ち去る男達が完全に見えなくなったところで、ガバッと頭を下げたて礼を言う。
「ったく、君が何でこんな所を1人でウロウロしてんの。あんな連中からしたら鴨がネギ背負ってるみたいなものでしょ」
「あ、はは。私は鴨ですか」
ヤレヤレと歪んだネクタイを締め直す松崎に「おい! 彼女になにしてんだ!」と大声が飛んできた。
「ん? うおっ!」
何だと顔を上げた松崎の胸倉が掴まれたかと思うと、そのまま松崎は壁に押し付けられてしまった。そこで反撃に転じようと飛び掛かる勢いで胸倉を締め上げる腕の関節に松崎が力を込めようとした時、突然の事で思考が追い付かなかった瑞樹が大慌てで2人の間に割って入り声を張った。
「岸田君違うの! この人はあぶない所を助けてくれたの!」
「……え!?」
松崎の胸倉を掴んだのは逸れてしまっていた岸田だった。
懸命に探し回っていた岸田からすれば、得体の知れない男と瑞樹がいたら勘違いしてしまうのも無理はなかったかもしれないが。誤解だと瑞樹に説明された岸田の顔が急激に青ざめていく。
「す、すみません! お、俺てっきり……本当にすみませんでした!」
とんでもない勘違いをしてしまったと、岸田は力いっぱいの勢いで頭を下げて謝罪した。
「いや、傍から見たらそんな風に見えても仕方がないと思うしな。誤解だって分かってくれたんなら、もういいよ」
「わ、私からも、本当にごめんなさい!」
必死に頭を下げる岸田と並び、瑞樹も一緒になって頭を下げる。
そんな2人が松崎には微笑ましく映ったようで、クスっと笑みを零す。
「だから気にすんなって――でも」
言って、松崎は頭を下げ続ける岸田の肩にポンと手を置き、話を続ける。
「瑞樹ちゃんみたいに目立つ女の子を連れて歩くのなら、もう目を離すなよ。瑞樹ちゃんはチョロそうに見えるみたいで、ちょっと1人になっただけでこれだからさ」
「な!? 何言ってるんですか! 私はチョロくなんてありませんよ!」
岸田に冗談を交えて忠告した松崎に、瑞樹が猛抗議する。
「……もしかして、2人は知り合いなんですか?」
瑞樹と松崎のやり取りを見ていれば、当然の疑問だ。
「あ、紹介してなかったね。えっと、この人は知り合いの松崎さん。それから彼は同中だった岸田君です」
瑞樹は2人の間に立って、それぞれを紹介した。
「あれ? 俺って瑞樹ちゃんの知り合いだったん? 俺は友達だと思ってたんだけどなぁ」
「え? あ、ごめんなさい。私みたいな子供が気安く友達なんて紹介されたら、気分悪くするんじゃないかと思って……」
「ははっ、そんなわけないでしょ。俺は間宮と深く関わる人間は皆友達だと思ってるよ」
「ふふ、私もそう思ってますよ。えっと、改めて私の友人の松崎さんです」
「はーい! 親友の松崎君ですよー!」
改めて友人と紹介された松崎は妙なポーズをとり茶目っ気たっぷりに名を名乗ったのだが、2人はこの時期の気温より低い冷たい目をしていた。
「……え? なに? そんな凍えるような冷たい目で見るなよ……死にたくなるじゃんか……」
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