第24話 間宮 良介 act 4 優香のナイト 後編

 さっきまでの雰囲気をぶち壊して、重い……本当に重い空気が出来てしまった。


『あぁ、それは香坂さんの事が頭から離れなくてさ……』


 殆ど告白じゃねぇか!

 い、いや!告白する気がなかったわけじゃない。

 ……ないけど、好きなんだと認識したのがついさっきの事で、もっとこう時間を経てするものだと思うんだ。

 なのに、その日のうちにって猿か!俺は猿なのか!?


「え、えぇ……と……その」


 香坂さんもどう対応したらいいものかと、目が世界水泳並みに泳いでいて、あからさまに挙動不審だし……。


「あ、いや!今のは……ですね」


 あぁ駄目だ。俺もパニくってまともに誤魔化す事が出来そうになくてオロオロしていると、香坂さんがコホンと咳をして落ち着きを取り戻した様子で口を開いた。


「えっと……さっきのエンジニア志望だったのに営業に回されて腐ってたって話なんだけど」

「あ、あぁ、うん」


 香坂さんは意図的に話を逸らしてくれたようで、俺はホッと胸を撫で下ろして頷く。


「今の間宮君はエンジニアにとって、凄くいい経験してると思う」

「は? いい経験? どこがだよ!」


 思わず語尾を荒げてしまった。

 だって仕方ないだろう。香坂さんは俺の憧れのエンジニアで、そんな人からそんな事言われても、この事に関しては捻くれている俺には嫌味にしか聞こえなかったんだから。


 でも香坂さんはそんな俺の声を聞いても怯む事なく、話を続ける。


「営業って詰まるところ、末端ユーザーと直接関わる業種でしょ?」

「……ま、まぁそうだけど」

「それって一番近くで市場からどんな物を求められているかを、いち早く知る事が出来るって事だよね」

「……それで?」

「最初からエンジニアやってる人達って自分の周りだけからとか、自分の想像だけでこんな物があったら売れるんじゃないかって、あくまで想像でシステムを構築していったりするんだよ」

「……だから?」

「でも間宮君達営業の人達って、実際に購入した顧客達や市場からリアルタイムで関われるよね」


 段々とイラつきが収まってきて、気が付けば香坂さんの話を聞き入っていた。


「と言う事は、市場は何を求めているのか把握してるって事なんだよ!」

「……」

「間宮君がこのまま営業の経験を積んでから、エンジニアに転向したらどうなると思う?」


 ようやく香坂さんが言いたい事が分かってハッとした。


「そう! 市場の事を熟知してる間宮君にしか組めないプログラムが組めるって事だよ!」


 確かに言われてみれば、香坂さんの言う事は一理ある。

 そう思い返した時、さっきまでの態度が恥ずかしくなって香坂さんから視線を外して、顎先に指を当てて香坂さんの言わんとする事を考え込んだ。


「それってエンジニア的に、凄くアドバンテージがあると思わない!?」


 俺は香坂さんから視線を外したまま、力強く頷いた。


 そうか……そんな考え方もあるのかと、香坂さんに言う事を全面的に肯定できて、斜め下を向いてきた俺の目に光が宿った気がした。


 そうだよな。同じ会社にいるんだから、無駄な事なんてなかったんだ。

 今までもこれから経験する事だって、最終的にエンジニアになった時の財産になる。

 いずれはエンジニアに転向するつもりだ。いや、絶対にするんだ!

 その時まで引き出しを増やしていくと思えば、営業職も楽しいプロセスになるんだと、香坂さんのおかげで気付く事が出来た。


「ありがとう、香坂さん。何かすげーやる気出てきたよ!」

「ふふっ、よかった」


 言って優しく微笑んでくれる香坂さんの美しさに吸い込まれそうになる。

 励まそうとしてくれてるのに、不謹慎だと思いつつもその美しさにこの時、心を完全に奪われたのだと自覚した。


 不思議な人だな。

 あれだけ情けない事言った俺に幻滅するどころか、こんなに力を与えてくれるなんて……。

 そこまでされたら、もう泣き言なんて言ってるん場合じゃない。

 少しでも香坂さんに相応しいデキる男になりたいと、俺は強い誓いをたてた。


 それから話し足りないって事になって、珈琲をおかわりして色々話し込んだ。

 この店に入るまでは平静を装って、カッコつける事ばかり考えていたのに、今は純粋に彼女との会話を楽しめている自分に気付いて思わず吹き出しそうになる。

 取り留めのない話をしていると、いつの間にか電車がヤバい時間になっていたから、名残惜しかったけど会計を済ませて駅に向かった。


 駅に向かう間は、ついさっきまであれだけ会話が弾んでいたというのに、俺達は何も話さなかった。


 香坂さんの沈黙の理由は分からない。

 だけど、俺の沈黙はハッキリしている。

 それは香坂さんと別れるのが嫌で、さっきまでの楽しさが全て寂しさに変わってしまって、その感情に思考を支配されて口が動かなくなったんだ。


 もし、彼女の沈黙の理由が俺と同じならなんて、都合のいい事ばかり浮かんでしまっていた。


 俺達が改札を潜って同じ下り線のホームで電車を待っている時、香坂さんがようやく口を開いた。


「……あ、あの」

「ん? なに?」

「さっきの東さんの事なんだけど」

「うん」

「ホントに甘えていいの?」


 香坂さんの言いたい事は、恐らく今後もまた今日みたいな事があった場合に助けてくれるのかと訊いたのだと、俺は瞬時に理解した。


「もちろん! 何でも言ってよ。必ず力になるから!」


 香坂さんは頬を少し赤く染めて、安心したようにホッと胸を撫で下ろした。


「ありがとう。それじゃ頼りにしてるね、ナイトさん」


 ナイト……騎士か。

 うん!ちょっと恥ずかしいけど、いい響きだとポケットに突っ込んでいた両手を握りしめた。


「お任せください、お姫様」


 言ってナイトと言ってくれた香坂さんに、騎士の敬礼のポーズをとって見せると、彼女の顔が一層真っ赤に染まった。


 俺達は照れ臭くなって笑い合っていると、待っていた電車がホームに滑り込んできた。

 電車に乗り込んだ後は、さっきの沈黙が嘘だったように会話が弾んだ。


 楽しい。本当に楽しい。

 この人が傍にいてくれたら、全ての事が上手くいく気がした。

 そんな空気の中、車内にまもなくV駅に到着するとアナウンスが流れて、2人の別れの時を告げられた。


 香坂さんはそれを聞いて、座っていたベンチシートから立ち上がってつり革を掴んだ。

 俺も見送りの為に立とうとしたんだけど、そのまま座っててと言われて言う通りにする事にした。

 すると、香坂さんが思い出したように口を開く。


「そうだ! 前から思ってたんだけど、その香坂さんって呼び方そろそろ止めない?」

「え? でも……」

「馴れ馴れしい人は苦手なんだけど、仲のいい人から苗字で呼ばれるのも同じくらい苦手なんだよね」


 言って、香坂さんは照れ臭そうに頬をポリポリと掻いた。


「そ、それじゃ優香……さん?」

「う~ん。同い年の人にさん付けされても、違和感しかないんだけど」

「じ、じゃあ……優香……ちゃん?」

「う~ん。まぁいいか。よし! それでいこう!」


 小さなピースサインを作って、香坂さん……いや、優香ちゃんが嬉しそうに微笑んだ。


「そ、それじゃあ……俺の事……は?」


 この流れなら、俺も間宮君と呼ばれるのは嫌だったと言っていいだろう。

 だから俺も呼び方を変えてもらうと言うと、即答で返事が返ってきたんだ。


「良介君! 良介君って呼んでもいい?」


 彼女の口から俺のファーストネームが耳に届いた時、凄く幸せな気持ちが体から溢れ出しそうになった。


「う、うん。いいよ」


 俺は照れながらも承諾したら、優香ちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。


 電車がV駅に着いてドアが開くと、乗客達が降りていく流れにを横目に優香ちゃんが口角を上げてニッコリと微笑む。


「それじゃまたね! 良介君、おやすみなさい」


 言って、小さく手を振っていた。


「うん、またね! おやすみ、優香ちゃん」


 俺のそう言って手を振って応えると、優香ちゃんはもう一度ニッコリと微笑んで電車を降りて行った。


 電車が再び発車するまで、お互い手を振り合っていた。

 周りから見れば、まさにバカップルに見えるだろう。


 でも、違うんだ。


 ようやくただの友達から、少し親しい関係に進展出来たに過ぎない。


 ここからが頑張り時なんだと思う。

 東の行動を見る限り、彼女は思っている以上にモテるのだろう。

 ライバルはかなり多そうだけど、俺だって一歩も引くつもりはない。


 電車が走り出して、段々小さくなっていく優香ちゃんの姿を目で追いながら、そう決意した夜だった。

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