第7話 パートナー

 10月3日


 藤崎に怒鳴り声を上げてから3日が経っていた。

 あれからずっと後悔の念が晴れずにいた間宮だったが、仕事は仕事と切り替えてこなしていたのだが、1人になるとどうしても考え込んでしまう。


 藤崎はただ自分の想いを伝えてくれただけなのに、腹を立てる事ではないと分かっているのに、どうしても過去に触れられると冷静でいられなくなってしまう。

 正直、謝りたい気持ちもあるのだが、それ以上に顔を合わせ辛い気持ちが勝っている為、足が藤崎の元に向かないのだ。


 今朝も寝不足の体を引きずるように出社して、課別で行われているミーティングをボヤっと聞き流し終えデスクに戻った間宮に、課長が声をかけてきた。


「おい、間宮。この後ブリーフィングルームに来てくれ」

「え? あ、はい」


 何かやらかしただろうかと首を捻るも、全く思い当たる節がない間宮は、朝一からアポをとっている顧客に手渡す資料を手に呼び出されたブリーフィングルームに向かう。

 朝の営業部は本当に活気に溢れていて、決して広くない通路を沢山の人が行き来している。

 営業階のブリーフィングルームはフロアの奥にあり、外回りに出かける同僚達はフロントに降りようとエレベータの方に流れていくのに対して、間宮は逆走するようにブリーフィングルームがあるフロアの奥を目指した。


 コンコンとノックすると、部屋の中からどうぞと返事を確認して「失礼します」と告げながら間宮はドアを開いて中に入ると、中には課長と見知らぬ女性がいた。


「彼女はお前が契約を取った、システム開発チームのチーフをしている川島チーフだ。今日から2週間程こっちに滞在してもらって天谷様のシステム導入のサポートをしてもらう事になった」


 課長に紹介された女性は一歩前に出てニッコリと微笑む。


「はじめまして、開発担当の川島 夏稀です。今回のシステム導入に関してユーザー様の要望を可能な限り対応する為に参りました。宜しくお願いします」

「はじめまして、営業1課の間宮です。チーフの方に来ていただけて心強いです。こちらこそ宜しくお願いします」


 同じ会社の同僚ではあるが、お互い面識がないからと名刺交換をしながらそう挨拶を交わしていると、課長が「川島さん。あとはよろしく」とブリーフィングルームから出て行った。 

 わざわざ新潟にある研究所から出向いてくれた相手に不愛想な態度だった課長に間宮はムッとしたが、失礼な態度をとっているのは日常茶飯事な事で「はぁ」と溜息をついて、川島に愛想笑いを向けた。


 間宮達もブリーフィングルームから出て、営業2課の島にデスクを構えている松崎の元を訪れた。

 丁度松崎の客からシステムの問い合わせがあり、その内容が営業では対応出来ない案件だった為、研究所に問い合わせて返答待ちだという話を昨日聞いていたからだ。


 間宮は松崎に川島の事を紹介すると、間宮が川島と同行するのは夕方だったからと言う事で、松崎は川島に同行を依頼した。


「それじゃ俺も外回りに出るので、時間になったら声をかけさせてもらいますね」

「分かりました。いってらっしゃい」


 川島は笑顔で間宮をそう見送った。


 ◇◆


「川島さん、お待たせしました。そろそろ出ましょうか」


 結局、間宮は朝出て行ったきり、川島に声をかけるまで帰社する事なく出っ放しの1日になってしまった。

 声をかけられた川島は松崎の同行を終えた後、間宮のデスクで自前のノートPCで研究所のスタッフとリモートでやり取りをしていた。


「おかえりなさい、間宮さん」


 そう言う川島は画面に映っているスタッフと少し話した後、PCを閉じて席から立ち上がった。


「それじゃ行きましょうか」

「はい。宜しくお願いします」


 間宮達は早速会社を出て、本来なら天谷が社長を務める本社に出向く予定だったのだが、天谷の方から急遽ゼミの方に来てくれと連絡あった為、間宮の会社の通りにあるゼミに向かった。


「あの、営業ってやっぱり大変なんですね」

「ん? どうしてですか?」

「だって朝出て行ってから、今まで一度も戻らずに動いてたというのに、戻ってまた直ぐに出て行くって大変じゃないですか」

「あぁ、営業は外回りしてナンボって感じですからね。もう慣れちゃいましたよ」

「そうなんですね……あ、今回の導入の件に関してだけは、間宮さんの負担を少しでも軽くする為に頑張りますから、何でも頼って下さいね」

「はは、それじゃ頼りにさせて貰いますね」


 頑張る宣言をして笑顔を見せてくれた川島に、間宮は本当に頼りになるスタッフを回してくれた研究所の判断に感謝した。


 ゼミに到着すると、すでに役員は会議室に集まっていると言う事で、間宮達もすぐに会議室に通された。

 間宮は天谷を含む役員に川島の事を紹介すると、川島は早速USBを設置されているPCに接続して、プロジェクターの前に立って天谷達に今回のシステムの案内を始めた。

 従来使っていたシステムとの変更点や操作方法にリンク内容を改めて説明した後に、気になった箇所や改善要望を取りまとめて早急に対応させて貰うと確約を交わした所で、初回の会議は終了した。


「間宮君、ご苦労様。ちょっといいかしら?」


 役員達が次々と会議室を後にする中、社長である天谷が間宮に声をかけてきた。

 間宮と川島はプロジェクターに映し出されている資料と、役員達の要望について行っていた打ち合わせを中断して、天谷の対応に意識を向ける。


「はい。社長も何か気になった事がありましたか?」


 会議中、天谷は役員達との橋渡しの為の発言はあったが、自信の要望はなかった。俺はメモをとろうとタブレットを立ち上げて天谷の発言に備える。


「この後、2人は時間大丈夫かしら?」

「はぁ、川島もこの後はホテルに直行ですし、僕も直帰の予定なので大丈夫ですけど」


 間宮は川島に視線を移しながらそう答えると、川島も了解と頷いて再び天谷に視線を戻す。


「それならそろそろ講義が終わる講義室に入って、現場の講師や生徒達の意見を訊いて貰えないかしら。実際主に活用するのは現場だから、改善要望も沢山出ると思うのよ」


 確かにそうかもしれないと2人は頷く。

 天谷の話によると、システムが近々入れ替わる事は告知されていて現場サイドも興味津々らしく、是非現場の声を拾ってくれという天谷の意見に納得した間宮は、隣に立っている川島に目線を向けた。


「わかりました。確かにそれは重要なファクターになりますので、私も是非同席させて下さい」


 川島は間宮と天谷に向き合いそう返すと、天谷は満足そうに頷く。


「いい助っ人が来てくれて良かったわね、間宮君」

「はい。天谷社長に迷惑かけずに済みそうで、安心してます」


 2人の高評価に、川島は照れ臭そうに俯いてしまった。


「それでは早速お邪魔してきます」

「えぇ、よろしくね」


 間宮達は天谷に挨拶を済ませると、早速事務所に向かい天谷からの依頼である事を告げてから、講義中ではあるが入室可能な講義室を問い合わせると、事務員がPCで確認をとってから、2人を講義室前まで案内してくれた。


「こちらの講義室ならそろそろ終わるはずなので、入ってもらっても構いませんよ」

「お忙しいのに、お手数おかけしました」


 この時、完全に仕事モードだった間宮は気が付かなったのだ。

 天谷が講義室に入れと言った意味を……。

 その意味に気付いたのは、講義室のドアをノックして中から聞こえてきた声が耳に届いた瞬間だった。


「はい。どうかしました……か」


 講義室から姿を現したのは、三日前に駅前で怒鳴りつけた藤崎だった。






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