第4話 間宮と松崎の疑惑
佐竹を見送った瑞樹は、キッチンで洗い物をしている希達の元に向かった。
三人で後かたずけを済ませて、飲み物と茶菓子の準備を希達に任せて瑞樹は加藤が引き篭もっている自室に向かう。
いつもなら自分で準備をするのが当たり前な瑞樹が、何故しなかったのか。それはさっきの佐竹に対しての、加藤の態度に腹を立てていたからだ。
この一件が、加藤以外の人間なら瑞樹は空気が悪くならないような立ち回りをしていたかもしれない。
だが遠慮はしないと決めた相手である加藤にだけは、瑞樹はもう我慢するつもりはない。
勢いよく階段を駆け上がり自室のドアを勢いよく開けると、部屋の中では加藤が瑞樹にベッドに寝ころんでいた。
「……愛菜」
「ん~! このベッド気持ちいいね! あ、そうだ! このベッドってセミダブルでしょ? 今晩は志乃とベッドで寝てもいい?」
「愛菜……」
「いや~! なんかさぁ、このベッドで寝たら御利益ありそうじゃん? って何のご利益なんだっつの!」
瑞樹の気持ちを知ってか知らずか、呼びかけに応える事なく無邪気にはしゃいでいる加藤に瑞樹の苛立ちが増した。
「愛菜!」
少し語尾を荒げて呼ぶと、加藤はビクッと肩を跳ねさせたかと思うと、観念したように体を起こしてベッドに座り直した。
「何で佐竹君にあんな酷い事言ったの!」
「……あいつと私っていつもあんな感じじゃん」
「いつものふざけあってる感じじゃなかったよ」
口調や表情はいつものように憎まれ口を叩いていたように見えた。だが目だけは隠せるものでなはく、何時もの様に佐竹に少し歪んだ想いを伝えようとしている中にも、苛立ちが混じっていた加藤の目を、周りの視線を人一倍気にして生きてきた瑞樹が見逃すわけがなかった。
そう言い切る瑞樹に観念したのか溜息を吐いた後、加藤の口が重々しく動いた。
「だって……
「は? そんなわけないじゃん! だってお祭りの時言われたんでしょ!? 愛菜に振り向いてもらえるように頑張るって」
「……言われたよ。だけど、今日ここに来て志乃の事を顔を赤くして見つめてたんだもん。合宿前までによく見てた志乃の事を話す時と同じ顔してた」
心当たりがない瑞樹が首を傾げると「志乃が料理してる時だったから、知らないだけだよ」と加藤が付け加える。
「だからわざわざ佐竹君がいる前で、松崎さんに会いに行った事話したんだね」
不意に瑞樹の後ろからそう話す声が聞こえて瑞樹と加藤が振り向くと、そこにはジュースが注がれたグラスを乗せたトレーを手に持っている神山がいた。
「自分から誤解されるような事を話したから、おかしいと思ってたんだ」
神山の言葉でようやく瑞樹も察した。
自分にそんな視線を向けている佐竹の気を引きたくて、松崎に会いに行った事を話したのだと。
加藤に気持ちを伝えている相手が、他の女を見ていた。
それも諦めたはずの女を見ていたとあれば、加藤が苛立つのも瑞樹にだって分からないわけではない。
「……愛菜……ごめん」
「志乃が謝る事じゃないよ」
瑞樹に落ち度があるわけではない。
だが加藤の気持ちを考えると、どうしてもバツが悪い気持ちになってしまう。ハッキリと告白されて、ハッキリと断ったわけではない。
そんな曖昧な状況が生んだ脆い気持ちのやりとりに加藤が不安を抱くうえでの行動が、今度は佐竹を不安にさせる……まさに悪循環といっていいだろう。
「だからって愛菜はやりすぎだよ。松崎さんにお礼がしたい気持ちは解るから店に口をきいて協力もした。だけど、松崎さんが会いに来たのならまだしも、愛菜が会いに行った事を佐竹君に話す必要はなかったと思う」
「結衣にそこまで言われる筋合いはないよ。これは私達の問題なんだから!」
私達の問題。
その中に瑞樹が含まれているのだと判断した神山の目が鋭くなる。
「また私だけハブるの!?」
「そうじゃない!」
瑞樹の自室にピリピリとした空気が充満していく。
こうなってしまった事の発端である瑞樹は、2人の間に入り落ち着くようにと促す場面なのは本人も理解していたのだが、昔の悪い癖が出てしまったのか、体が前に進まない瑞樹の横をすり抜ける人影があった。
「はいはい! そこまでにして下さい、お二人さん! 今日は何の集まりですか? 私、今日のお泊り会超楽しみにしてたんですけど!?」
手も持っていたお菓子が入った袋を加藤と神山に投げて、両手をパンパンと鳴らした希が2人にそう告げる。
袋を投げ渡された2人は慌てて掴み、ハッとした表情で瑞樹を見る。
「ご、ごめん! 志乃!」
「志乃、ごめんなさい!」
「……ううん」
加藤と神山は我に返り、困った表情をしていた瑞樹に謝罪する。2人のそんな姿に希は苦笑いを零しながら、飲み物や茶菓子を小さなテーブルに置いて、希が楽しみにしていた女子会が始まった。
「そういえば、こういう一戸建ての家にお泊りって初めてかも」
「あぁ言われてみれば私もだ」
「お二人の家ってマンションなんですか?」
「そうだよ。だから家に入ってから階段があるのって新鮮っていうか」
希の質問に神山がそう答えると、加藤の口角が上がった。
「てか、間宮さんもマンションで一人暮らしなんだよね? どんな感じの部屋だった?」
マンション繋がりの話題で、突然間宮の家の話になり瑞樹の肩がピクっと跳ねる。
「違いますよ、愛菜さん! この場合マンションの間取りなんて話より、あの日そのマンションで何があったかですよ!」
加藤の暗黙のパスを希が見事にキャッチする。
そうなのだ。間宮の部屋に泊まった日から、今日まで加藤達とこうしてゆっくりと会える時間がなかった為、尋問を回避出来ていたのだ。
このままその話題に触れられる事なく、自然消滅を期待していた瑞樹の思惑は加藤と希によって砕かれてしまった。
「そうだよ! 何か有耶無耶になりかけてたけど、あの夜の事訊いてないじゃん!」
どうやら神山も尋問モードのスイッチが入ったらしく、瑞樹の顔から変な汗が滲む。
「で? どんな感じに大人の階段上ったの!?」
加藤がいきなり核心に迫ると、神山と希も頬を赤らめながらも、瑞樹にグイグイと迫る。
「上ってないから! そんな事全くないから!」
必死にあの夜に何もなかったと否定すると、三人がポカンと口を開けた。
「え? 嘘でしょ!? 1人暮らしの男に部屋に泊まって……何もなかったの」
「そんなわけないよね!? 志乃と二人きりだったんだよ!?」
加藤と神山の反応に、希も口をパクパクとするだけで言葉が出ないようだった。
三人の驚き様を見て、瑞樹は段々と表情を曇らせていく。
本当は期待していなかったわけじゃなかったが、それは決して親密な関係になるという事ではなく、あの夜全てを話し終えた時、自分の気持ちを伝えようと思えば出来たはずなのだ。
だが、あの時の間宮の今まで聞いた事がない優しい声と、温もりに泣きじゃくった挙句、泣きつかれて寝てしまって何も話す事が出来なかった。
勿論、幸せな時間だったのは間違いないのだが、間宮のあまりにも紳士的な態度に、瑞樹は自分の女としての魅力を疑ってしまった。
「……私って……魅力ない……のかな」
だから思わずこんな言葉が漏れてしまう。
あれだけ言い寄ってくる男をバッサリと切り捨ててきた瑞樹の口から零れた言葉に、加藤はジト目で神山は額に手を当てて盛大な溜息をつく。
「んなわけないじゃん! てか、それって嫌味? 嫌味だよね!?」
「まったく……合宿で撃沈した男子達が哀れに思えてきたよ」
「い、嫌味って、そんなわけないじゃん!」
三人のやりとりに、希が口を挟む。
「お姉ちゃんってあの日、中学の事を間宮さんに話たんだよね?」
「え? う、うん」
「だからだよ」
そう力強く頷く希は話を続ける。
「トラウマを晒して弱ったお姉ちゃんの傷心に付け込んで……なんて、間宮さんがするとは思えない。短い時間しか関わってない私がそう思うんだから、お姉ちゃん達の方がよく理解してるんじゃないの?」
人差し指を立ててそう言い切る希に、加藤と神山は無言で頷くが、瑞樹は一定の納得はしたようだったが、まだ腑に落ちないと希の意見を否定しにかかる。
「たしかにそうかもだけど……でもね! 意図的にじゃないんだけど、雑誌で読んだ『男が喜ぶ女の恰好』ってのをあの時実践したんだよ?」
「男が喜ぶ恰好って?」
「着替えが雨で全滅してたから、シャワー浴びた後は……カ、彼シャツ着たの」
そう話した途端、加藤、神山、希の目つきが変わり物凄い勢いで瑞樹に詰め寄る。
「カ、彼シャツ!? それって間宮さんの服を着てたって事よね!?」
「う、うん」
「ち、因みになんだけど、間宮さんのどんな服着たの!?」
つい勢いで話したくなかった事を口走ってしまった瑞樹だったが、ここまで話したらもう後戻りは出来ないと諦めて話を続ける。
「えっと……間宮さんが仕事に着てるワイシャツを……」
そう話すと、急に加藤達は両手を床につき項垂れた。
「ワイシャツの彼シャツ姿の志乃に……何もしなかった……だと」
加藤がそう呟くと、神山も続く。
「男物のワイシャツを着た志乃を想像しただけで、女の私でもドキドキするのに……」
どういう事だと加藤と神山が困惑する様子を横目に、希が「もしかして」と顔を上げる。
「もしかして……間宮さんって松崎さんとデキてる……とか?」
「「「……はぁ!?」」」
急に湧いた間宮と松崎のBL疑惑。
当然のように否定意見が立ち上ったわけだが、否定に否定を重ねる度に、間宮と松崎の距離感に違和感を覚えるようになり「そういえば、あの2人って仲良すぎな気がする」「同僚ってあんな感じが普通なの」と段々疑惑を否定できなくなってきてしまった。
「あっはは! 冗談ですよ! 流石にそれはないでしょ!」
「……だ、だよね。そうだよね!」
希が自分で起こした疑惑を冗談だと笑い飛ばすと、それに縋るように瑞樹が同意して、加藤と神山も「そうだよね」と笑った顔が若干引きつっていたのであった。
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