第34話 帰還準備

 次の日の朝。帝国へ帰る事をカーノルドとミレイユ夫人に話した。


「もう少しゆっくりしていてもいいのだが、ソロモン卿にはやるべき事があるのだろう。ならば止めますまい」

「ご厚意ありがとうございます。とても助かりました」

 彼等は優しく笑っていた。


 部屋に戻ったソロモンは備え付けの肘掛け椅子に座り、頭の中でプランを組み替える。

 元々帰りのプランはちょっと適当だった。乗合馬車を乗り継ぎ、安い宿に泊まりながら進めば大して金も掛からずに戻れるだろう、と。

 金が足りなければ移動ついでに護衛役をやって金を稼げばいい。そんな考えだった。

 

 今は違う。ここで得た物は想定よりもずっと多い。


「カボチャの種と変質材を運ぶ馬車は確保しないとな。折角の戦利品が台無しだ。帰りは来たルートを逆走すればいいが難所はホルソンの山越えルートだな。あそこは慣れた御者を雇う事も考えた方が良いかな?」

 隣の相棒に聞いてみる。首をゆっくりと傾けた後、縦に振った。


 通ってきた道を思い出しながらプランを立てる。二回目の船旅でトラブったがこんなことはそうあることじゃない。


「明日ランガートルの素材売却金が払われるから資金は問題無し。手持ちの金で今日中に馬車を入手出来ればいいな。相場は大体分かるから多分買えるだろう。準備を整えることができれば、金を受け取ってそのまま帝国へ出発しよう」

 隣の相棒はすぐに首を縦に振った。

 そうと決めれば即行動。最寄りで一番大きいサンフォーンへ。お遣いを頼まれた使用人の馬車に便乗させてもらう。


 適当な所で下りて馬車を扱う店へ。カーノルドから紹介されたサンフォーンで最大手の店だ。

 この世界では馬車は主要な交通手段。元の世界で言うところの自動車だ。


 まずは用途に合わせて選ぶ。貨物用か旅客用か。貨物用なら積み込む物品と積載量を計算しないといけない。旅客用は屋根付きの箱のような形状で、何人がどれだけの距離を移動するかを考える必要がある。

 基本的に俺とヴィクトルの二人旅だからな。御者を雇わないなら二台は無理だ。一台でカボチャの種と変質材を積み込めて、且つ長距離移動をする為の物資を積み込める頑丈な馬車。場合によっては野宿をしないといけないからな。


 貨物用と旅客用、双方のバランスが取れた馬車が必要だ。


「馬も買わないといけないからな。これは思ったより金が掛かるぞ」

 馬車店へ到着。町のど真ん中ではなく端の方に店はあった。看板にはトーマス馬車店と書かれている。販売だけでなくレンタルや修理も請け負っているようだ。

 広い敷地に馬が繋がれていない馬車が、大体同じ大きさ毎に並んでいる。倉庫らしき大きな建物もいくつかある。


「最大手というのは本当らしいな。ここなら丁度良い馬車がありそうだ」

 ご用命はこちらへ、と書かれた案内板に従って建物のドアを開ける。いらっしゃいませと定番の挨拶が投げかけられた。身なりの良い店員からだ。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「馬車がほしい。長距離用で大型のヤツ、馬もセットで頼みたい。金は有るよ」

「用途は何で御座いましょうか? 荷物の運搬でしょうか? それとも旅行目的でしょうか?」


「まぁ……両方かな。北方大陸までの長旅を二人でやるんだが、荷物が多くてね」

 隣の相棒を親指で指す。カーノルドから貰った仮面を被っている。仮面舞踏会仕様の中で一番地味なヤツというが、若干キラキラしていて元々被っていた仮面よりも場違い感と違和感がある。店員はそこに一切突っ込まないで話を進めていく。ベテラン店員だ。


「新品と中古が有りますがどちらを希望されますか?」

「新品で」

「かしこまりました。こちらへどうぞ。実物を見てお決め下さいませ」

 定員に案内され外の馬車置き場へ移動。敷地内の一角へ。


「大型の馬車はこちらになります。貨物スペースと旅客スペースを併せ持つ長距離仕様ですと……これくらいの大きさなら如何でしょう?」

 来る時に乗っていた馬車と同じくらいの大きさの馬車だ。


「もう一回りか二回り大きいのが良いかな」

「それであればこちらになります」

 幾つか馬車を見せて貰う。外見は同じに見えても中身は微妙に違っていた。貨物スペースと旅客スペースの割合が違っている。貨物の積み込み方も違う。


 店員は馬車の専門家だ。上手く質問をして細かい要望を引き出しながら、必要としているスペックの馬車を絞り込んでいく。


「貨物スペースは後方から積み込む方式になります。付属している板を取り付けることで、棚のようにすることが出来ます。荷物の上に直接重ねて置かなくてもスペースを有効活用できます」

「いいね、これ」


「旅客スペースの天井は低いですが、これは天井裏にも積み込めるスペースがあるからなんです。後ろからでも旅客スペースからでも積めますよ。外から梯子で登って、この取り外しが可能な滑車とロープで揚げれば真上からでも積み込めます」

「へぇ~考えられてるな。これは結構積めそうだな」


「旅客スペースは二人で足を伸ばしても余裕があるだけの広さは確保しています。ただ天井が低い分ベッドと机や椅子は置けないですね」

「寝具は直置きするからいいや。御者席がボックス型で風雨をほぼ完璧に凌げるのも気に入った。これを貰おう、馬と一緒にね」

 御者席の左右両方にドア、正面は自動車のフロントガラスのような構造になっていて、その下に手綱を通す穴が開いている。


「かしこまりました。馬なのですが満載で長距離となると最低でも三頭、北方大陸までですと山越えも考慮して四頭揃えれば良いかと思いますが?」

「そうだな、そうしよう。なるべく山に強い馬を四頭、用意できるかい?」


「相場よりも少々高くなりますがよろしいでしょうか?」

「今日受け取れるかい?」

「はい。四十分程頂ければご用意出来ます」

「 いいよ、頼んだ」


 用意をしている間事務所で手続きを行う。先程とは別の店員が引き継いで話を進める。代金は金貨二枚銀貨八百枚だ。

 馬車の価格は大体大きさで決まる。シンプルな造りの貨物用馬車は大型のものでも全体的に安い。むしろ馬の方が高くつくことがある。値が張るのは外観がやたらと煌びやかなオーダーメイド馬車や、内装に拘りすぎてる旅客用の馬車だ。


 ソロモンが選んだ馬車自体は相場通りの価格部類に入る。


「やっぱり馬の方が高く付いたか」

 請求書の内訳には馬一頭当たり銀貨四百枚、四頭で金貨一枚と銀貨六百枚。半分以上が馬の購入代金である。


「育てる手間が掛かる分値が張るんだよね~。特に良い馬はさ」

「はい。若く強靱で健康な荷引き用の馬を揃えさせて頂きました」

 懐から財布を取り出す。店員の眉毛がピクリ、と動いた。


「ならば良し、買った。まず金貨二枚ね。……後は銀貨百枚の硬貨券が五枚、銀貨五十枚の硬貨券が六枚。確認してくれ」

 財布から代金をテーブルに並べる。


「はい失礼致します」

 慣れた手付きで金を数える。一分と少しの時間の後、

「はい確かにお支払い頂きました。お手数ですがこちらにサインをお願い致します」

「はいよ。……これでいいか?」

 軽い筆運びでサインを書く。


「結構で御座います。修理や整備も行っております故、また何か御座いましたら是非当店へお越し下さいませ」

「ああ、機会があったらね」

 四頭の馬に引かれたピカピカの馬車が事務所の前に停まっていた。一応馬の様子を確認するがどれも精悍な面構えだ。


「ヴィクトル、御者役頼んだ」

 親指を立てて軽快に御者席へ乗り込む相棒。ソロモンは側面前方のドアから旅客スペースへ乗り込んだ。御者席の様子は小さな窓で分かる。その窓がある仕切りは、一部がスライドして、御者席と物品のやり取りが出来るようになっている。全開にすれば御者席までギリギリ行けそうだ。


 店員に見送られ馬車は店を後にした。ヴィクトルは上手く四頭の馬を操り、安全運転で市街地をゆっくりと走らせる。


「次は旅行用品を買わないとな」

 何軒かの店を回って買い揃える。最後の店で買った雑貨品を馬車に積み込み終わって旅客スペースに乗り込んだ直後の事。


「ねぇそこまで乗せてくれない?」

 フレンドリーに御者席のドアを開けたのはシナノガワだった。


「……いいぜ、乗れよ」

「どうも~」

 シナノガワは手綱を握ったまま置物状態のヴィクトルの隣に座った。


「どこまで?」

 御者席の後ろから希望を聞く。


「時間ある? あるならちょっと適当にドライブしてよ」

 何のつもりだ? この女医さんは。


 ソロモンは少し考えてから、

「……ヴィクトル、適当に走らせてくれ」

 ヴィクトルは一回頷いた後馬車を動かした。

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