第7話 ノインズ邸

 ソロモンとヴィクトルが通されたノインズ邸の客間は綺麗に掃除されていた。調度品は少なくて地味に見えるが、整理整頓がされていて居心地は良い。

 椅子の座り心地もいいし俺の城とは大違いだな。メイドでも雇ってるのかね。

 ノインズの奥さんが紅茶を持ってきた。ヴィクトルの分を先に断っておく。


「いや~本当に助かったよ。帝国の方で投資していたのを今まで忘れていた。これで借金が返せるよ」

 飾り箱から革袋を取り出し、その中身の金貨をテーブルの上に広げるノインズ。上機嫌で金貨を積みながら枚数を数える。

「うん! 確かに約束通りの額だね。時代はラグリッツよりもフェデスツァート帝国様だな!」

 ノインズは並べられた金貨の柱を眺めながら冷えかけた紅茶に手を伸ばした。


 中身は金貨だったか。先に届けに来て良かった。無くしたりしたらマジで大変なコトになっていたぜ。肩の荷が一つ降りた。

 ソロモンは紅茶のお替わりに手を伸ばした。飲みやすい銘柄だ。


「ところで聞きたいことがあるんだよね。今の帝国の様子ってどんな感じなのかな? 例えば景気とか……こんな商品が人気だよとか……」

 あっ、この人こっちで商売する気だ。探り入れてる。

 愛想の良い顔でこちらを見るノインズにソロモンは少し間をおいて、

「その辺は疎くて何とも。北のアスレイド王国との国境にある山に道が開通して、交通の便が良くなったという話は聞きましたが」


 聞いたも何も、俺です。


「なるほど、交通の便がねぇ」

 腕を組んで話に耳を傾けるノインズに、

「あとその山の道の麓、アスレイド王国側の周辺に新しい領主が来るって噂が」


 噂も何も、俺です。


「新しい領主!? 代替わりかい? それとも大地主が任命されたとかかい?」

 食い気味に聞くノインズ。今日一番の食い付きである。

「殆ど手付かずの土地があって活用する為に領主を任命したという噂ですけど、あくまで噂なので実際どうなのかはちょっと」


 あくまでも噂ですよ噂。俺だけど。


「そうかそうか手付かずの土地か。事業を立ち上げるならやはりそういうところが狙い目だな。屋敷を売れば当面の費用はなんとかなるし、ラグリッツは見限って移住かな」

 口元に手を当て指先を動かすノインズ。


 時には損得勘定で、だ。撒き餌は充分だろう。今度はこちらから情報を集めるぞ。

「実はラグリッツ王国の様子を見てきてくれと頼まれておりまして。この国は王様と議会が政治を動かしているけど、対立していると聞いたのですが」

 ノインズは腕と足を組み直して、

「そうなんだよな。王政と議会、今に始まったことじゃないんだが今回は特に酷い」

「具体的には?」

 続きを促すソロモン。ノインズは少し考える素振りを見せた。


「帝国からここまで来る途中に魔物に襲われなかったかい?」

「四回襲われました。なんとか怪我しないで町まで着きましたけど」

 ソロモンの返答に意外そうな顔をしないノインズ。

「それ、王政側の政策で三年前から魔物対策の費用を削減したからなんだ。大規模な魔物の駆除が殆ど行われなくなってしまってね。魔物も生き物だから繁殖して数が増えるんだよ。それで襲われる頻度が上がったんだ」

「それを議会が非難しているんですか?」

「そうだ、国民の生活と経済に悪影響が出ているとね。王政側は議会が経済対策をしろというから、浮かせた分を投じている。魔物が増えても護衛業の依頼が増えるし武器や防具が売れるようになるから、金の回りは良くなるだろうと主張しているんだ。実際は護衛業が人手不足で対応し切れていないから流通に支障が出てる上、護衛料の値上げで輸送コストが増加。輸出先の帝国の方ではどうだか知らないが、この国は物価が上がって皆困っているんだ」

「成る程、特に低所得層にとっては死活問題ですね」

 ノインズは頷いた。


「後はそうだな……貧困や家庭の事情で育てられなくなった子供が増えたってことで、保護する施設の充実させ、恵まれない子供への支援を厚くしろと議会が提案したんだ。王政側はそれに応じて予算を出したんだが、少なすぎると議会が非難してね。結局議会が運営費と善意の寄付で集めた資金で、独自に支援を始めたんだがその後問題が起きてね」

「どんな問題が? 良い政策に聞こえますけど」

「議会が保護した子供を売っているって話が出て大騒ぎさ。人身売買は大罪だからね、寄付をしていた人は当然大激怒だ。王政側は治安維持を行う兵を即派遣して大捕物になったんだが、碌に調べもせずに証拠も無く強制連行をしたから、違法行為だろと大問題だ」

「結局人身売買はあったんですか?」

「分からん。捕まった議員達は里親に対して、他の子供の為にも費用の一部負担を出来る範囲でお願いしていただけであり決して売っていたわけでは無いと主張している。想定よりも子供の数が多かったのも理由の一つとも。議員達は解放されたそうだが、負担してもらった金が運営費の名目で担当した議員の給金になっていると、王政側が問題視してまだ決着をしていない」

 揉めてんなぁこの国の政治は。


 ソロモンは黒髪を掻きだした。聞いた話を頭の中で纏める作業に入る。

「フラスダの様子はどうでしょうか? 貿易港と商人の動きが気になります」

 本命はそこだ。貿易にどれだけ影響があるかを調べなければ。

 ノインズは表情を険しくし、見えない何かを見ているように天井へ視線を向けた。

「まあそうだろうな。帝国と一番関係が深いのはフラスダだ……」

 次の言葉をソロモンは黙って待つ。

「帝国からの輸入品は価格と供給量が安定している。国内の物価高もあって需要が増えているから輸入品を主に扱う商人は潤っているな。国内向けの商品を主に扱う商人は売り上げが落ち込んでいて廃業する人も出始めてる。国全体で考えれば国内の経済状況はかなり悪いが、フラスダはその中でまだ豊かだ。この国の命綱だよ、何が何でも貿易港だけは稼働させるし、帝国との貿易は継続するよ」

 内政はガタガタかもしれんが、帝国としては輸出が好調で今後も増えそうならプラスだよな。でもラグリッツが潰れたりすると輸出がどうなるか分からないよなぁ。取り敢えずフラスダに戻って報告の手紙を出しとくか。

「そうですか、お話を聞かせて貰って有り難うございます。報告がありますのでここで失礼します」

 ソロモンは席を立った。置物状態だったヴィクトルも立ち上がる。

「こちらこそありがとう。外まで送ろう」

 ノインズに見送られたソロモンとヴィクトルは、フラスダ行きの護衛を受けてこの町を後にした。


 帰りも魔物と四連戦だった。

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