終章
幸いなことに重傷者は出たものの死者は出なかった。ソロモンは少し休めば動き回れるくらいの怪我で済んでいた。
動く人骨を連れた少年がこの城の主、という話を援軍達は聞いていたらしくソロモンが城主ということがすぐに理解された。
「正門館の部屋を開放するから、怪我人を休ませよう。俺も手伝うから、無事だった者と比較的軽傷だった者で手分けして救護活動をしよう」
ソロモンは命令をしたつもりは無い。しかし城主という立場は発言にある種の力を与えるようで、その言葉に従い各々が動き出す。
手当に使う道具一式は、援軍が乗ってきた馬車に積まれていた。充分な量が積まれていたので惜しげも無く使う。
炊き出しも何人かに手伝って貰った。備蓄食糧の大半が魔物の肉だったのだが、意外と食べられているらしく、抵抗は全くないようだ。
食事は城に備蓄していた分と、今回買い出しで自分の馬車に積んでいた分を合わせて、ギリギリ一食分が行き渡るぐらいだった。
激闘から一夜明けた次の朝。
「この城には充分な医療体制が無い。だから怪我人を町へ連れて行って医者に診せた方がいいと思う。全員一度に運ぶのは無理だから、怪我の具合を見つつ順番に運ぼう。戻って来る時に食料を買ってくるから、残った人達は待っていてくれないか?」
ソロモンの提案に異議は出なかった。使える馬車を全て使い、怪我人の一部を帝国側の最寄りの町にある病院に連れて行った。費用は金貨一枚をソロモンが出した。多すぎる分は、他にも怪我人がいるから頼むと言って置いてきた。
「俺は討伐の報告をしてきます。帝国がミサチに懸賞金を懸けていたらしいから、受け取れれば全員に分配しますよ。ガランさんは食料の買い出しをお願いします。先に城へ戻って下さい」
懐から金貨を一枚取り出しガランに渡す。最後の一枚だ。
「これで足りる筈です。他にも必要なものがあれば使って下さい」
ガランは受け取った金貨を確認して、
「いいのか? 一番の功労者はお前だぞ? 仇を取れればいいって連中なんだ。治療費を出しとけば取り分を貰えなくても文句を言う奴は居ないと思うぞ」
「本当に助かったんだ。俺からのお礼ですよ」
それは偽りの無い気持ちと言葉だ。
「人が良いな。分かった、この金貨は有り難く使わせて貰おう」
お互い笑顔でこの場は別れた。
その後は帝国の役人が現場検証と事情聴取の為に城まで同行した。戻ったソロモンは熱烈な歓迎を受けた。死体が無い事を突っ込まれたが、戦いに参加した者達の証言もあって討伐が認められる。
懸賞金の額は金貨十二枚。ソロモンに満額支払われた。その中から城で休んでいた人達の食費と、彼等の治療費の不足分を出す。病院では随分手篤い治療を受けたらしい。
取り分を銀貨に両替して分配し、残りをソロモンの取り分とした。賞金の半分、金貨六枚が手元に残った。
正門館のエントランスホールで黒髪を掻きながら使い道を考えていると、シェイラとリダスカが訪ねてきた。正門館の食堂に案内する。
「話は聞いたわ。これ護衛料よ。受け取りに来てくれないなんてつれないわね?」
悪戯っぽく笑いながら革袋をテーブルの上に置く。
「有り難く頂戴します。あの後大変だったものですっかり忘れていました」
「知っていますぞ。賞金、彼等の為に半分も使ってしまったらしいですな」
「ええまあ。助けて貰ったから良いかなって。自分のことばかり考えていたらダメなんだと、今回の一件で良く分かったので」
この城を後にした誰もが明るく笑い、俺にお礼を述べた。貴重な体験だと思う。元の世界ではこんな体験は中々出来ないだろうな。
「それはいい事ね。でも時には見返り目的で動かなきゃダメよ? 損得勘定がちゃんと出来る人は、人脈を広げることだって出来るんだからね」
「立派なことですな。でも慈善や奉仕は、あまりにも過ぎると助けて貰う前に本人が潰れてしまうかもしれないですな」
「なるほど、そういうこともあるのか。ありがとうございます、参考にさせて頂きます」
それから暫く町の様子を話してもらった。今回の一件で町に活気が戻ってきたようだ。
町の近くに大量発生していた魔物だが、一部が元の住み処に戻っているのを確認したということで、街道の危険度が下がった。理由はよく解っていないらしい。もしかするとミサチのビーストトランスの気配を、魔物達が警戒していたからなのかもしれない。
ミサチ戦に参加した連中が良い意味で言いふらしていることもあって、噂になっているようだ。
一通り話し終わった所でソロモンが、
「そうだ、城内で戦ったから壁とかがちょっと壊れちゃったんですよ。流血沙汰で床も汚れちゃったし。修繕と清掃をやってくれる業者とか知りませんかね?」
「それなら帝国に住んでいる私の娘に頼めばなんとかなりそうですな。嫁ぎ先が建設業の経営者をやっているもので、紹介してあげますな」
おっ、これはラッキー。やっぱり人脈だな。
「じゃあ頼んでみます。お願いします」
次の日、その業者は城内を確認しに来た。経営者である娘さんの旦那様が直々にやってきてちょっと焦る。
リダスカさんは山越えルートのお陰で娘の誕生日パーティーに参加できたらしい。そのことが嬉しかったらしく、安くしてもらうよう頼み込んでくれたとのことだ。
オーダーは魔法で破損した壁の修繕と流血で汚れた床の徹底清掃。
正門館で寝泊まりしてもらい、工期は三日間。来客があれば本館に居てもわかる装置をサービスで取り付けて、費用は金貨一枚。
仕上がりは文句無しだ。
大分使っちまったけどプラス収支だし。シェイラさんから支払われた護衛料も入れて当面は生活費に困らないぜ。
ちょっとだけ賑やかだった城内に、また静かな時が流れ始めた。
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