第26話 ミサチ

「予想外の事が起きた……」

 加勢に来たガラン達にソロモンが伝えた。彼等はすぐに理解した。

「な……何でやんすか!? アレは!? 化け物になっていくでやんす!!」

「どういうことだソロモン!」

「ヤツの能力を見誤った……らしい」

 ミサチの体に明確な変化が起きていた。体は一回り以上も大きくなり、指先からは鉤爪が生えてくる。細かった腕は太くなり毛が生え、脚部も大きくなっていく。

「顔はあまり変わっていないみたいだが、体の他の部分は獣みたいだな」

「魔物……なの……」

 少し震えた声を漏らすセレニアにソロモンは、

「いや人間だよ。つまりは『獣人化』だ。人間と獣が混ざったような姿に変化する特殊能力だったんだ……」

 劇的な変化から目を離さずに答えた。ミサチは狂気が張り付いた顔でソロモン達を凝視している。


「ワタシがサポーターから受け取った力は獣の力を得る『ビーストトランス』。この力でワタシをコケにした連中を皆殺しにしてやる!」

 幾らか女性の感じが残る唸るような低い声。

「それがあの驚異的な身体能力の正体って訳か」

「信じられないわよ……あんなの……」

 ショックを受けているセレニアにガランは、

「気持ちは分かる。だがこれで後には引けなくなった。あの化け物を野放しにはできん」

「同感だ。気をつけてくれ、さっきよりもどれだけ強くなっているか分からないぞ」

 獣人化したミサチは雄叫びを上げて突進をしてきた。


「下がれ!」

 ガランが前に出る。大剣の腹を相手に向けて防御の体勢を取る。強靱な脚力で加速したミサチの拳を正面から受け、その衝撃で後退する。間髪入れない追加の攻撃でガランの体勢は崩れ仰向けに倒された。

 攻撃直後を狙いソロモンが攻撃に出るが、二連続の斬撃は素早い後退で回避された。セレニアも右腰からショートソードを抜くが動けないでいる。

 ツンツン頭が氷の魔法で応戦するが、小刻みに方向を変えながら動き回るミサチには掠りもしない。


 この女、図体の割には意外と無理に攻めては来ねぇな。回避に専念されると攻撃が全く届かねぇぞ。こちらのスタミナ切れを待っているのか、隙を窺う冷静さをまだ保っているのか。

 連続して撃ち出された氷塊にも完全に対応している。回避行動をしながら、立ち上がったガランを蹴り倒す余裕を見せる。


「当たらないでやんす。早すぎでやんすよ!」

 人外の速度に翻弄され、一瞬魔法攻撃を止めたツンツン頭に蹴り技をお見舞いしたミサチは、即座にバックステップで距離を取る。

 この動き……俺を狙ってこない。何故だ? 一番倒したいのは俺の筈だが……。俺の能力を警戒しているのか?

 低い唸り声を上げるミサチと再び睨み合う。今まで動けなかったセレニアが風の刃による遠距離攻撃を仕掛けた。それもミサチは躱す。


 魔法から剣による接近戦に切り替え、駆け出すセレニアに合わせる形でソロモンも動く。二方向から攻める形だ。

 これなら俺かセレニアさん、どちらかの攻撃が届く筈だ。

 ソロモンは上段斬り、セレニアは刺突を組み合わせた二本の剣で攻める。

 二人の攻撃は空を切った。

「上に逃げたか! セレニアさん下がってくれ!」

 エントランスホールの天井付近まで飛び上がったミサチ。


 どんなに速く動ける相手でも、直接攻撃の手段しか持たないなら捉えるタイミングはある。攻撃してきた時と上から落ちてきた時、千載一遇のチャンスは今だ!

 自由落下を始めたミサチの真下へ向かいソロモンは走った。

 俺は元野球部のセンター、フライは数え切れない数を捕ってきた。落下点に入るのは得意だ。真下か着地した直後、ブロジヴァイネで叩き斬る。この距離なら間に合う!

「俺の能力で獣人ミサチを倒す!」

 能力がバレていない前提で揺さぶりをかけるハッタリだ。それが効いたのか、ミサチは体を丸めて防御ともとれる体勢になる。


ソロモンが落ちてくるミサチに追いつく。真下から少し手前、剣をバットに見立てて野球のバッターの構え。剣の訓練をしていて、一番しっくりきた構え。


 この吸血剣ブロジヴァイネの鋭さならこの一振りで決着だ!

 血を吸うことで鋭くなる凶悪な問題児の剣。その漆黒の剣身をフルスイング。


 渾身の一撃。ソロモンは弾き飛ばされ尻餅をついた。

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