第20話 凶悪なる剣

 吸血剣ブロジヴァイネ。元居た世界にはこの剣にピッタリの言葉がある。

「チートアイテムって言うんじゃないのかこれは」

 平原に立つソロモンの周りには魔物が五体転がっている。偶々目に付いたというだけでブロジヴァイネの実験台にされた運の悪い連中である。一匹は自ら襲ってきたので自業自得だ。


 この剣はやっぱり魔剣だな。相手の体の大きさにもよるが、刺さって一分ぐらいで動きが鈍くなり三分もすればほぼ死ぬ。大型の魔物ならば五分間が勝負だろう。

 血を吸えば吸うほど切れ味が増すというのも本当だ。ダチョウのような魔物と巨大トカゲは一振りで首が落ちた。


 そして斬るほど切れ味が落ちていくようだ。ハッキリとしないのは、吸収出来る血の量に上限があるのかと、いつか血を吸わせないと全く切れない剣になってしまうのではないかということだ。

 上限があると肝心な所でその凶悪とも言える強さが無くなるかもしれない。切れ味は研ぐことでなんとかなりそうだが、そうでなければ体裁が悪いことになるな。

 せめてこの凶悪な問題児を使いこなせるようにしないと。

 光を拒絶しているかのような漆黒の剣は、五体の魔物の命を絶っても姿形が変わらずにソロモンの手に握られている。


 持てるだけの魔物肉を集め、ヴィクトルにも持たせて城に引き上げた。今日の夕飯は肉三昧。鳥、イノシシ、トカゲと全て魔物肉だ。

 焼いた肉もあるが、三種類の魔物肉をぶち込んでじっくり煮込むという、ちょっと攻めた鍋料理も食卓に並んだ。魔物狩りのススメに載っていたレシピだ。


 俺の腕では少し難易度が高かったと思うがちゃんと美味しく出来たな。これで米が有ればなぁ。少なくともアスレイド王国とフェデスツァート帝国には流通してないんだよな。

 ちょっと愚痴を溢しつつ口にスプーンを運ぶ。


 この世界に来てから一ヶ月ちょっと。思い返せば随分ワイルドなことをしている。東京育ちの俺にしては、まあよく生きているもんだ。

 他のプレイヤーはどうしているだろうか。俺みたいに何処かに定住して暮らしているのかな。他のプレイヤーを探して旅をしているのかもしれないし。案外序盤で魔物に遭遇してリタイアしているのかも。

 相手から攻めて来るのを待って迎え撃つ作戦も手だが、タイミングを見て探しに行くのも検討するべきかな。


 次の日、買い出しでいつも行っている町へ向かった。その道中、いつもと違う様子に思わず馬車を停めてしまう。

「なんだありゃ……。増えてる……?」

 見通しの良い平原、あちこちに魔物の姿がある。イノシシ魔物も多いが、初めて見る魔物も多い。肉食性の魔物が草食性の魔物を襲って捕食しているところや、魔物同士が争っているところも見られる。水場は縄張り争いの激戦区だ。


「何処から湧いて出たんだよ。一日や二日でここまで溢れかえるものなのか」

 以前は俺の土地で彷徨いているのを時々見かけるくらいだった。だが今では考え無しに進むと危険な程、大量の魔物が闊歩している。

「このままじゃ町へ行くこともままならない。ヴィクトル、魔物を討伐しながら町を目指すぞ。俺が蹴散らすから馬車を頼む」

 手綱を握るヴィクトルは親指を立てた。ソロモンは馬車から飛び降り、進路上に居る魔物の排除にかかる。


 ブロジヴァイネの凶悪さに助けられ、最低限の戦いで町まで辿り着いた。アスレイド王国側の最寄り町コゼ。買い出しに何度も通った、レンドンの南に位置する中規模の町だ。


 町の様子がいつもと違うな。どうも全体的にピリピリしている気がする。

「あれ? もしかしてソロモンさんですか?」

 雑貨店から出たところで声を掛けられた。驚いた顔の青年がこちらを窺っている。

「ナルースさんじゃないですか」

「お久しぶりです。あ、ヴィクトルさんもお久しぶりです」

 初日に出会った青年ナルースは元気そうだった。


「また会えるとは思いませんでした。あっその格好、すごく似合っていますよ」

「そりゃどうも。あの時の怪我人大丈夫だったかな?」

「ええ大丈夫でした。近々復帰する予定ですよ」

「それは良かった。そうだナルースさん、最近魔物が増えているってのは聞いていたんですが、いくら何でも多過ぎじゃないかな。町に辿り着くまでやたらと魔物に遭遇して……何か情報無いですかね?」

 ナルースは嫌な顔はしなかったが、代わりに表情を曇らせた。


「ソロモンさんも見ましたか……。あの魔物達は東の方から来たんです」

「東の方に何かあるのかな?」

「駐在している兵士の皆さんも言っていたのですが、東の方に強力な魔物が出た可能性が高いらしいです。それに追い立てられる形で小型や中型の魔物が大移動しているようです」

「マジかよ。えらい迷惑な話だな」

 待てよ。その魔物、ブロジヴァイネを使ったら倒せるんじゃねぇか? もしかすると報酬が出るかもしれない。そしたら皆も俺も助かるよな。


「で? その魔物ってどういうヤツなんだ? ぶっ倒しに行くから教えてくれよ」

「それが……どんな魔物なのかはまだ調査中とのことなんです。僕が聞いた話だと、調査に行った兵士達はそれらしい魔物を発見できていないとのことで。居た痕跡自体が見当たらなかったって話も出てます」

「妙だな。それ以外に原因は考えられないのか?」

「後は天変地異が発生すると魔物が大移動するらしいですが、それも無いようでして。魔物以外に原因が考えられないと言っていました」

 まあ天変地異とかならすぐに分かるか。原因は魔物、でも見つかっていないのか。

 黒髪を掻きながら情報を整理するするべく頭を回転させる。


「あのう……ソロモンさん。魔物を倒しに行くと言っていましたけど、腕に覚えがありますか?」

「一応鍛えたし装備も整っている。ヴィクトルも居るし何度も魔物と戦っている」

 あまり自慢したくは無いけど凶悪な剣もあるしな。

「それなら僕達の護衛を引き受けて頂けませんか。実は僕、帝国に荷物を運ぶ仕事を受けているんですけど、護衛役が足りなくて困っていたんです。報酬は荷主様と要交渉ですけど今は相場も上がっています。ソロモンさんとヴィクトルさんなら安心して任せられますから」

 魔物や盗賊から荷物を護る護衛ってれっきとした職業なんだよな。基本実力主義だから腕のあるヤツは結構稼げるって話を聞いたことがある。お金はまだ余裕があるけどここいらで一稼ぎするのも良いかもしれない。


「分かった引き受けるよ。荷主さんと会わせてくれ」

 ナルースは金貨を拾ったかのような笑顔を二人に向けた。

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