77th Chart:誓う者、暗躍する者




 太陽の上る方角から次々と伝わってくる海の息吹に身を任せ、首を巻き付かせるように頭を背に乗せてまどろんでいた1頭の龍――ワタリアブラガラスは、何かに起こされたかのようにひょいと頭を上げた。

 東の空に金色の瞳を向ければ、水平線の向こうの太陽光が回析し、微かに紫紺の色を帯び始めている。次に、西の月の方角に目をやり、そのまま数秒水平線に視線を固定したかと思うと、一つ身震をして凝り固まった翼を解すように軽く広げた。

 体をうねらせ太陽を背にし、風を読みつつ後ろから押し寄せるウネリを見計らい翼を振り下ろす。


 瞬間、小柄な黒龍は海を蹴飛ばし、大気を掴み、飛沫を跳ね上げて空へと昇っていった。


 翼を駆動し、朝の迫る空を駆け、西へ向かいながら高度を上げていけば、程なくして暗い色を呈した海面に、巨大な刷毛で西から東へ一撫でしたかのような数十の白い筋が見えてきた。

 鼻腔を擽る芳ばしい香りと、海鳴りとともに鼓膜を叩く重低音に引き寄せられること僅か数分、龍はこれまで見たこともないほど巨大な艦隊の真上を舞っていた。


 ワタリアブラガラスは、龍の中では比較的知能の高い種だが、この海に生を受けた年月を数える文化は持っていない。しかし、少なくともその個体にとって、翼の下に居並ぶ鋼鉄の城塞群の威容は生まれて初めて目にする規模だった。


 大きく分ければ2つの縦列を形作っており、それぞれが更に複数の縦列で構成されている。空を征く龍にとってはあずかり知らぬことだが、片方は戦艦中心、もう片方は快速の巡洋艦、駆逐艦が中心の部隊だった。

 体を傾け、滑るように高度を下げながら1隻の戦闘艦が噴き出す煤煙へと突っ込む。とたん高温の排熱によって冷え切った身体に活力がみなぎり、翼が排煙と海上大気の温度差によって引き起こされた上昇流を一杯に孕んだかと思えば、いったん降下した身体は瞬く間に空へと噴き上げられていった。


 直後、お世辞にも美しいとは言えない囀りが冷涼な大気を打つ。油が切れたピストン機関を無理やり駆動させたときの様な、聞くに堪えない絶叫染みた歌声。その歌声と言うには憚られる騒音に、百に達する艦の駆動音が加わった不協和音が、朝もやの残る海を渡っていく。


 無数の瞳が見上げる中、黒衣の龍は彼らの頭上を我が物顔で飛び回り、排煙の上昇流で滑空を繰り返す。遺伝子に刻まれた本能に従いその時が来るのを手ぐすねを引いて待ち、時折歌を繰り返す。


 無論、自分たちの食事を知らせる歌声が、眼下の生命たちの言い伝えでは”凶兆を呼び寄せる鐘の音”とされている事などは知る筈もなかった。






「騒々しいと思ったら、アブラガラスか」


 不意に後ろから届いた声に振り返れば、艦橋から自分のいる右舷ウィングへと足を踏み出した永雫の姿があった。白色の夏季軍服に身を包んでいるせいか、其れともギリギリ明け方と呼べなくもないこの仄暗さに自分の目が成れていた故か妙に目立って見える。


「甲高い声だから、ワタリアブラガラスだな。《皇国》ではハシブトアブラの方がなじみがあるか」


 殆ど癖の様に、龍の種を言い当てる有瀬に「相変わらず詳しいな」と呆れ半分、関心半分の苦笑を零しながら、彼女はすぐ隣の手摺に両手を置いて群青色の空を見上げた。


「空に雲は無いが、若干の朝もや。日が昇れば戦闘に支障はない、か。電探の調子は?」

「もともと存在は極秘だし、住田司令から”合同作戦中は自艦に危険が及ばない限り使うな”と言われているからな。逆探は起動させているが、今のところそれらしい反応は無い」

「そうか。――――ったく、この期に及んで軍機遵守か、状況を解ってるのか?お偉方は」


 1対の瑠璃が憎々し気に右舷後方を見やる。暗いため良く見えないが、彼女の視線の先では、臨時戦艦戦隊に配属された『吾妻』が航行しているはずだ。


 現在、《連合王国》王立艦隊は2つの群に分かれて航行している。


 まず、先頭を行くのが遊撃隊。これは3本の単縦陣からなっている。

 インフレキシブル級巡洋戦艦4隻を擁する第1巡洋戦艦戦隊が先行し、ブラックプリンス級装甲巡洋艦4隻からなる第1巡洋艦戦隊、アキリーズ級装甲巡洋艦で編成された第2巡洋艦戦隊の順で遊撃隊の主力となる単縦陣を組んでいる。

 その遊撃隊主力の右舷側に、第1から第3水雷戦隊が配置され、反対舷側に第5水雷戦隊、《帝国》の防護巡洋艦『ブレーメン』率いる臨時水雷戦隊が位置している。『綾風』は、6隻からなる臨時水雷戦隊の殿艦6番艦だ。


 主役となる本隊は遊撃隊の右舷後方、数海里離れ後続する。

 ラウンド・テーブル級8隻で構成された第2、第3戦艦戦隊が2つの単縦陣の先頭に位置し、右舷側の第3戦艦戦隊の後ろに第1戦艦戦隊、左舷側の第2戦艦戦隊の後ろに臨時戦艦戦隊が続く。戦艦で構成された二列の単縦陣の後方にはドレッドノート級4隻で固めた第6戦艦戦隊が両サイドを第11、15防護巡洋艦戦隊に護衛されながら後続した。


「どのみち、電探が使えたところで誰も信用しないさ。プライドの高い王立海軍ならなおさらだ。それに、現在も偵察騎が敵を追跡中だから、捜索電探は必要ない。泣こうが喚こうが、日が昇れば敵艦隊と遭遇する」

「2時間後には砲煙弾雨の中か……」


 ちらと懐中時計に視線を落とし、呟くような声を漏らす副長。

 そのどこか憂いを含んでいるように見える姿に、言うまいと決めていたはずの問いが思わず口からこぼれ出てしまった。


「本当に、これでよかったんだな?」


 思い出されるのは昨日の夕刻、出航直前の一幕。彼女と自分とある人物の間で生じた、一悶着。


「何を今さら。言っただろう?あの時、ああ言ってくれて――――私の決心を尊重してくれたことに私は感謝しているとな」


 情けない顔を浮かべているだろう自分を揶揄うような口調だが、紫紺に染まりつつある空に照らされた彼女の顔には満足げな微笑が浮かんでいた。






『綾風』が出撃する直前訪れた招かれざる客――源馬元就が発した要請に、永雫が苦虫をグロス単位で噛み潰したのは当然の反応だった。たとえ、それが彼女の予想の範疇内であったとしても。


 ――彼女は私の婚約者だ、死線に連れていくのは遠慮してもらえるかな?


 柔らかではあるが、明らかな決意を含んだ言葉。婚約者としてある意味で当然の要求は、微かに口の端に笑みを浮かべた――結果的に両者の板挟みとなり、半ば自棄になったせいで浮かんだ表情でもあるが――有瀬に突っぱねられる。


 ――彼女は本艦の副長です。戦闘前に、副官を取られる訳にはいきません。何より、本人がそれを望んでいます。


 有瀬の言葉に、永雫が淀みなく肯定の意思を伝え、源馬が目を微かに細める。彼女が自分の意思でこの決定を下した事を汲み取る程度の洞察力は持っていたらしく、彼は永雫では無く有瀬を標的に据えた。


 ――しかし有瀬艦長、君がどう思っているかは分からないが、私は君を彼女にとってのいい友人だと思っている。その者を決定的な危険から遠ざけるのも、友としての義理だろう。それに何より、彼女はうら若き女性だ。ならばなおさら、戦闘からは遠ざけるべきなんじゃないのかい?

 ――女子供を矢面に立たせるわけにはいかない。と言うのは全面的に賛成ですが、彼女は軍人です。我々と同じように、この軍装を死装束と定め、軍艦を棺と決めた防人であり、命令に服従する義務を負っています。さらに言えば、彼女は連合艦隊の人間。指揮系統が異なる軍人に対する人事の介入は、重大な越権行為では?

 ――ふむ、では君は彼女が傷つくことを許容すると?他人の婚約者等、どうでもよいと言うのかい?


 内心の苛立ちを押し隠してはいるものの、鋭い棘の混じった言葉が有瀬に向けられる。あまりの言い草に思わず永雫が口を開きかけるが、それよりも早く、源馬の吐いた言葉は青二才大尉の決意に容易くはじき返されてしまった。






 ――戦友一人守り切る覚悟無くして、艦長になんぞ成っておりませんよ。







 全く、今思い返しても滅茶苦茶な論理だ。柄にもないことを言った自覚はあるし、その台詞もやけっぱち以外何物でもない。其の後、強制退艦までちらつかせてようやくおかえり願えたのだが、これなら最初から問答無用でつまみ出しておけばよかった。

 それもこれも、自分と同じように出港前の事を思い出し、なぜか上機嫌になっている副長殿が原因だ。こちらのジト目を気づかれる前に彼女から視線をそらし、気晴らしがてらに『サー・トリスタン』へ向ける。黒色の排煙を噴き上げる、重厚な明灰色の巨艦は7隻の友を引き連れながら、暗い海を純白の飛沫を上げて切り裂き、押しわたっている。自分も、いつかはああいう風な巨大戦艦の舵を取ってみたいものだ――それが【夢】の中で知った最大最強の戦艦ならどれほど最高だろう。


「ま、貴様が私に味方したのはちょっと意外ではあったな。いくら私でも、艦長命令には逆らえんし」

「退艦させても無理やり乗り込んで来るだろ気だったろう?」


 有瀬の言葉に「さて、どうだかな」とすっ呆けるが、口の端に浮かんだ笑みを見る限り、確信犯以外の何物でもない。強引と言うより、一度決めたことを早々曲げない頑固さの発露だった。


「――――本音を言わせてもらえば、大人しく源馬少将と港で待っていて欲しかったんだけどな」

「今となっては後の祭りだな。私は私の意思で『綾風』に残ると決め、貴様もそれを容認し、源馬を叩き出した。これが揺るがぬ現実だ、腹括れ」

「正直、艦橋に特大の爆弾担いで突撃しろって言われてる気分だ。腹括るついでに、切腹の作法でも予習しておくべきかな」


 冗談めかして腹をさする自分に「要らんよ」と、場違いなほどに柔らかな声が掛けられる。思わず、声の方を見れば、隣で自分を見上げる瑠璃と目が合った。

 頭上を覆う、夜と昼の境目にも似た深く暗く濃い蒼の瞳。その中に浮かんでいたのは艦から降りないと言った時の、決意に満ちたソレでは無く。ただ、あるがままの必然を受け入れるかのような、深海の色だ。

 艦の航進と追い風がぶつかったことによる微かな合成風の中で、深く青黒い色合いの髪をなびかせる少女の姿に一瞬息を飲む。ちょうどそのころ、白み始めた東の空から太陽が顔を出そうとしていた。




「――――――――守って、くれるのだろう?」




 太陽光によって黄金の光を放ち始めた海を背景に、逆光で見にくくはなるがはっきりと微笑を浮かべる永雫。そこに、迷いや躊躇い、疑念など寸分も存在しない。

 こんな青二才に全幅の信頼を置いてしまう危うさに、思うところ、言いたい事は山ほどあるが、源馬にああいってしまった以上、返す言葉に選択肢は無かった。


 彼女は恋人でも、婚約者でもない、あくまで副長だ。この航海が終われば、彼女は特造研に戻り、自分は『綾風』とともに第2艦隊へ移る。ただ一時、職場を共にしただけの関係にすぎない。


 しかし投げかけられる微笑にらしくない気恥ずかしさを覚えてしまうのは事実で、逆光が眩しいという苦しい理由付けをしながら軍帽の庇を下げ、自棄の多分に含まれた捨て台詞を残し、艦橋へ歩き出した。









「言ったはずだ、戦友一人守り切る覚悟無くして、艦長なんて貧乏籤を好き好んで引いていない」


 そんな言葉を置手紙の様に投げ、艦橋へと消えていく広い背中に苦笑が込みあがった。何というか、《連合王国》を訪れてから彼の様々な一面を次々に発見しているような気がする。

 初めは仏頂面の無愛想な奴かとも思っていたが、こうして付き合ってみれば案外表情豊かで誠実な人間だった。――一般人からしてみればバカとしか言えないような論理で戦争し、勝ってくるのは永遠に理解できそうにないが。


「ま、別に貴様の指揮で死ぬのなら。私もその程度の人間だったってことさ」


 自分に言い聞かせるというよりも、内心の言語化不能な感情に一応のタグ付けをするかのような独り言は、光り輝く海面を吹き抜ける海風にさらわれていく。

 艦橋ウィングにもたれ掛かった少女の頬に、若干赤みがさしていることに気が付く者は終ぞ現れず、頭上には2頭に数を増やしたワタリアブラガラスが、相変わらずの狂声を上げていた。















【グレーター・ロンドン】郊外に居を構える王立海軍の軍政、軍令を統括する巨大機関、海軍本部アドミラルティ。最近建て替えられた白亜の新棟は、白み始めた東の空によって、紫陽花の様な薄紫に染まりつつある。深夜とも早朝とも呼び難い時刻ではあるが、重厚な建造物に口を開けた窓からは煌々とした灯が漏れており、普段以上に不夜城の様相を呈していた。

 しかし、そんな海軍本部にも幾らか灯の弱い建物もいくつか目にすることができた。

 それらは新棟が出来る前まで、この機関の中心地であった旧棟であり、現在では縮小された部署や、倉庫。さほど重要ではない案件の会議室、宿舎などに割り当てられている。

 そういった、忘れ去られつつある旧棟の作戦会議室の一つを、ある海軍中将が人払いをした上で占拠していた。

 彼の前に横たわるのは、ユトランド断裂帯一帯が記された海図。

 1辺が3mは有ろうかと言う机上には、戦艦や駆逐隊を示す無数の駒が整然と並べられている。此処とは異なる部屋――新棟の作戦会議室において、昨日検討され、実際に作戦案として承認された陣形と寸分たがわぬ配置となっていた。


「ここにおられましたか、ギルフォード中将」


 背後の扉からかけられた声に、肩越しに振り返った海軍中将――――アーサー・ギルフォードは、部屋に足を踏み入れた痩身の男を認める。

 容姿としては平均的な方だろう。額が広く堀の深い顔立ちと、《連合王国》ではさほど珍しくもない顔つきだ。しかし、整えられた口ひげの下に浮かぶ歪んだ笑みや、本人の何処かつかみどころのない雰囲気、眠たげな目の下に浮かんだ隈のせいか、王立海軍の制服に身を包んでいなければ、高利貸しか悪徳詐欺師の様な印象を受けた。

 誠実さとは対極に位置していそうな人物に対し、ギルフォードは「ん?なんだ君か、モーズリー」とそっけない言葉をやった。



「こんな誰も使ってない旧棟の黴臭い作戦室に呼びつけて置いて、なんだは無いでしょうなんだは。それに、私と閣下の仲じゃないですか。労いの一言ぐらい頂きたいものです」

「君の様な、あまり後ろ暗い人物と友誼を結ぶ趣味は無いのだがなぁ」

「またまたぁ。閣下に比べれば私はイエナンデモナイデスカッカハセイジツナオカタデスイエスマイロード」


 うっかり口を滑らしそうになったモーズリーだが、微かに細められた灰色の視線にひどく強引な軌道修正をもって答える。ギルフォードはたいして気分を害した風でもなく、いつも通りと言えばいつも通りな失言に鼻を鳴らすにとどめた。


「フン、まあいい。時にモーズリー、この作戦をどう見る?」

「一介のヒラ部員が見ても良いので?」

「その大佐の階級章は飾りか」


「さっさとしろ」と顎をしゃくるギルフォードを横目に、痩身の男――オスカー・モーズリー海軍大佐は図上演習の様相を呈している机上へと視線を走らせ、小さく唸り声を上げた。

 敵を示す赤い駒の列が東から西へ向かって並び、味方を示す駒は2群に分かれている。味方の一群は赤い駒の列の行く手を遮るように北から南へ並び、もう片方の群は味方の北側を西から東へ向かうように列をなしていた。

 駒の種類を見る限り、行く手を塞いでいるのが戦艦を含む本隊、敵に沿うように反航する群が巡洋艦や駆逐艦で固めた遊撃隊のようだ。


「戦艦を含む本隊でT字戦を行い、同時に遊撃隊を回り込ませ半包囲ですか。単縦陣で迫る敵艦は、本隊に対して前方に向けられる主砲のみの攻撃を強いられ、逆に本隊は射程圏内の主砲全てを敵へと向けられる。また、機動力のある遊撃隊で敵側面を圧迫し、気を見て水雷戦隊を突入させ雷撃戦を行う、と。基本に忠実な、艦隊決戦の陣形ですね」


「参加艦艇の規模以外は」と付け加えたモーズリーは隣に立つギルフォードの顔を伺う。その様は、上司と部下と言うより主君と臣下の様に見えた。


「……………ま、そうなるか」

「なんですか今の間は」

「気にするな、貴様の平凡さに眩暈がしておるだけだよ」

「はったおしますよ」

「これは失敬」


 普通ならば叱責不可避な暴言を前に鷹揚に笑う海軍中将。王室崇拝の念が大きい軍人が見れば卒倒するか、モーズリーにドロップキックを繰り出しかねない光景だった。


「だがしかし、貴様の言うように敵の規模を考えなければ悪くはない策だ」


 笑みを消した灰色の瞳が、思案するかのように敵味方の駒を睥睨する。

 一列で接近する敵に対し、その進路を塞ぐように戦艦を並べるT字戦は、艦隊決戦の理想形と言われている。

 現状、艦隊決戦の主役たる戦艦は、艦橋などの上部構造物を中心に前後に2基の主砲を備えるレイアウトが基本となっているが、これは海神も変わらない。

 味方が敵の進路を塞ぐようにT字を描いた場合、敵にしてみれば前後に搭載した主砲の射撃可能範囲――射界上、前方に向けられる砲は限られてくるが、逆に敵に対し横腹を見せる格好の味方は、前後の砲全てを使用可能だ。

 更に、敵は複数の味方の射程距離に対し1隻ずつ順番に侵入する形となり、それを待ち受ける味方は敵の先頭艦から順番に砲火を集中できる。上手く行けば、敵の有効な反撃を受ける前に一方的に撃破可能であり、T字戦が理想形と呼ばれる所以だった。


 とはいえ、あくまでも理想は理想。そう上手くはいかないのが海戦だ。


「ですが、敵にも考える力は当然ありますからねぇ。常識的な海神であれば、本隊の砲撃が始まった時点か、始まる前に、遊撃隊のいない南へ回頭。その後は距離を詰めて同航戦へと移るでしょう。ドレッドノートはともかく、彼我の速力にそう大きな差はありませんから、味方が再度敵の頭を押さえてT字を描くのは不可能。とくれば、遠からずノーガードの殴り合いでしょうなぁ」


 実際、机上の駒の内、敵を示す駒の先頭艦は味方の有効射程を示すラインの手前で、南へ回頭するかのように傾けられている。後続の敵が同じようなポイントで逐次回頭すれば、敵味方の艦隊は南へ向けて2列に並びつつ打ち合う、同航戦の形になるだろう。


「で、そうなった場合。遊撃隊は増速して敵の左舷後方へと回り込みつつ砲撃、機を見て南へ回頭し、本隊と挟撃すると」


 近くに転がっていた指示棒で遊撃隊の先頭艦から時計回りに半円を描き、「敵の護衛を片付けるのが少々骨でしょうけどね」と肩を竦めて付け加える。

 とはいえ、偵察によれば敵は巡洋艦クラスが10に駆逐艦クラスが30程度。快速艦艇の数ではこちらに分があった。ケーニヒ級と呼称される新型は気がかりだが、王立海軍の練度をもってすれば勝利は確実に手の届くところにある。――――少なくとも、モーズリーにはそう思えた。


「さて、そう上手く行けばよいが――指揮を執るのが兄だからな。大敗するかもしれん」




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