53th Chart:追跡者


 …………不愉快だ。


 こぽり。と内心に浮かんだ何度目か分からない不満に、知らず眉間に皺が寄っていく。お世辞にも良いとは言えない目つきが更に険しくなっている事だろうが知ったことか。なぜここまで自分の内から言いようのない不快感が溢れてくるのか今一心当たりはないが、原因と言い切れるものはハッキリしている。

 自分の目の前で、雑踏の中へ中へと足を踏み入れていく12歳ぐらいの得体の知れない少女。そして筋力的には十分対抗できるだろうに、見る見るうちに引きずられていく青二才艦長だ。


「ねぇねぇ!あっちに行ってみましょうよ」

「はいはい、って!引っ張るな!」

「あはははははははっ!レディのエスコートは紳士の嗜みでしょう?」


 ニンマリと言う表現が驚くほど当てはまる笑みを浮かべた少女は、純白の第二種礼装に身を包んだ有瀬の手を引いて楽し気に街路を跳ねまわっている。そのたびに物理的に振り回されている有瀬の顔には、疲れとも苦笑とも知れない微妙な表情が浮かんでいた。

 髪の色を除けば二人のやり取りは、絵に描いた様な仲の良い兄妹と言えるだろう。御転婆な妹とそれに振り回される穏やかな兄の姿の典型例だ。

そして迷惑そうではあるが、なんだかんだと受け入れている同僚に、後ろを歩く少女の中に八つ当たり気味な刺々しい感情が渦巻く。


 事の発端は大凡30分前。

 突然自分たちのテーブルに出現した少女――イリーナ・ヨシフォヴナ・マカロフは自己紹介の後に、逸れた同行者を一緒に探してほしいと申し出てきた。

 残念ながら自分も有瀬も今日中に始末しておかねばならない予定はなかったが、どうにも妖しさを感じてしまったため、何とか断る理由を一度は探そうとした。

 彼女の容姿や名前、共用語の微かな鈍りを考えるに、《連合王国》人ではなく《連邦》人の可能性が限りなく高い。異国で12の少女が同行者と逸れたものの、どう見ても《皇国》人の男女二人組に自分から声をかけて、堂々と協力を願い出るか?可能性は限りなく低い。

 しかし、こちらの意図を即座に察知したのか有瀬が口を開く直前に「あー、でももし断られたらショックだなー。思わずこの人たちに誘拐されそうになりましたーって叫んじゃいそうだなー」とワザとらしく顔を隠しながら退路を塞いだのだ。素にしても計算にしても、質が悪いことこの上ない。

 自分はともかく、もろに軍服姿の有瀬は冤罪とはいえ大っぴらに問題を起こすのは拙い。他に取りうる選択肢は見つからず、自分たちは敢え無く条件付き降伏を受諾するほかなかった。




 ――で、どうしてこうなるんだ!?




 警察署までは同行するという条件を飲ませたまでは良かったし、警察署までの最短コースが既に解っているのは僥倖だった。だがしかし、蓋を開けてみればご覧のあり様。子供特有のパワフルさで、自分と有瀬は文字通り【グレーター・ロンドン】の市街地を引きずり回される羽目になった。

 世界有数の繁華街であるピカデリー・サーカスに始まり、美しい曲線と世界的なブランドの旗艦店が立ち並ぶリージェント・ストリートを抜け、24時間人の絶えない交差点であるオックスフォード・サーカスへ。さらにそこから300以上の店舗が連なるオックスフォード・ストリートを、売店のジェラートを片手に歩いている。

 数百年もの間、巨大海洋帝国の首府として栄えた街並みは壮観と言ってよく、歴史は長いが、どちらかと言えば新興国側である《皇国》の首府と比べるべくもない。

 これが単なる観光ならばどれほどよかったか。素晴らしい街並みだと改めて思うたびに、予定外の闖入者の邪魔さ加減が更に浮き彫りになってしまう。

 あむ、と思わず手元の桃色の山を一口。ふんわりと軽いが濃厚な甘みと一握りの酸味が混在するストロベリージェラートが、程よい冷たさとともに広がり、ささくれ立った精神を僅かに宥めた。夏の縁側で口にする宇治金時やは最高だが、こういう異国の氷菓子も悪いモノでは無い。


 いや、問題は目の前のこいつらだ。


 甘味にそれなりに弱い自分でも、忘却していい問題としてはいけない問題の区別ぐらいはつく。流石にそろそろ軌道修正すべきではないだろうか、いや、もう少しこの氷菓を味わってからでも。


「ねぇカズトキ!つぎはベイカー・ストリートに行ってみない?あのコカイン中毒な名探偵の家ってそこにあるのよね?」

「いや、確かに間違っては無いが、流石にその言い方はどうなんだ?そんなことよりもだ。イリーナ、警察署に行くんじゃなかったのか?」

駄目よНет、そうじゃないでしょ?カズトキ。私、貴方になんて言ったかしら?覚えてなかったら粛正よ?」


 少し頬を膨らませた少女が、銀糸をなびかせて振り返り白磁のような指を有瀬へと突きつける。目の前――と言っても、身長の関係上指先は遥か下だが――に突き出された指に、青年士官は観念するかのように小さくため息を吐いた。


「はぁ……、イリーシャ、これでいいか?」

「うん、よろしいХорошо!」


 前言撤回。可及的速やかにこの幼女を警察署へぶち込もう。


 にぱー。と華のような笑顔とともに得意げに賛辞を贈るイリーナに、永雫の何か妙な部分がキレた。ワッフルコーンを中に残っていたジェラートごと全て一息にかみ砕き、飲み込む。冷たいものを一気に食べた結果、頭が若干キンキンするがそんなことはどうでもいい。

 頭の痛みに微かに顔を顰め乍ら、上機嫌でさらに先に進もうとする少女と、またも引きずられていきそうになっている有瀬へ向けて口を開いた。


「おい、いつまで道草喰うつもりだ」


 17の少女の声帯から発された音にしてはやたらとドスの利いた声に、琥珀と柘榴石が振り返る。厳しい顔をしている永雫を見た白の少女は、わざとらしい猫なで声を作って有瀬にすり寄っていった。


「やだ、こわーい。カズトキ、私食べられちゃうかも」

「ウチの同僚を山姥バーバ・ヤーガ扱いするのはやめてくれないか」

「喧嘩なら言い値で買うぞ貴様ら」


 ビキリと額に青筋を浮かべた少女に、流石に拙いと思ったのかそれまで有瀬を引きずっていたイリーナの足が止まる。子供特有の危機感知か、それともシンプルににじみ出る殺気のせいか。もしくはその両方だろう。


「フン!有瀬、戻るぞ。さっきの通りを東に進めば警察署がある。異論はないな?」

「えー。まだ行きたいところあるんだけど……」

「い・ろ・ん・は・な・い・な?」

「……………………………………………Всё понятно承知しましたぁー


よろしいХорошо」とほぼ完璧な《連邦》語を勝ち誇るように吐き捨てた後、新橋色の羽織が翻り来た道を戻り始める。

 こうなっては仕方がないと、小さな手を握ったまま自分も彼女に続いた。抵抗は無意味だと悟ったのか、小さな暴君は渋々と言った風でありながらも行く先を共にするようだ。


「ねぇ、カズトキ。あの人っていつもああなの?」


 とはいえ、ここまで自分たち2人を振り回した少女がその程度で大人しくなるはずもなく。10歩も歩かないうちに、そんな怖いもの知らずな小声の問いが聞こえてくる。


「何時もはあそこ迄刺々しくはないんだが、まあ、虫の居所が悪いんだろう」

「ふーん。カズトキって皇国海軍の軍人さんなんだよね?あの人もそうなんだ」

「ああ、そうだ。本業は設計屋、艦を造る方の人だ」

「へぇ……どんな艦を造ってるの?」

「まあいろいろだ、いろいろ。最近では駆逐艦っていう小柄な艦を造って、採用されたんだ」


 駆逐艦、というこの年頃の少女にとっては馴染みのない単語を使ってしまったが、イリーシャの反応は彼の心配に反し、「ふーん、そっか」とそういった単語になじみがあるような雰囲気であった。


駆逐艦エスミーニツかぁ。戦艦リンコールとか龍砦巡洋艦ドラコーン・クリーシャじゃないんだ」


「つまんないの」と口を尖らせる様は年相応のモノだが、成人がミドルティーン前後であるこの世界であっても、12歳ぐらいの少女が口にする感想としては妙な引っ掛かりを感じた。

 個性や嗜好と言ってしまえばそれまでだが、彼女と出会ってから頭のどこかで鳴り響いている警報が単純な理由で切り捨てることを良しとしない。

 無論、根拠は判然としない。しないが、その警鐘が鳴り出したのは彼女の声を聞いた瞬間では無く、その姿を見た瞬間からだ。とすると、視覚的なナニカが自分の警戒心を掻き立てていると考えるべきだろう。


「イリーシャ。君のご両親は、もしかして軍人さんかい?」

「ええ。お父様は艦隊装甲艦『オスリャービャ』の艦長で、お母様は軍港の事務員だったわ。……まあ、もうこの世にはいないけど。去年まで続いた”赤色粛清”の巻き添えってやつよ」

「………それは、無神経なことを聞いた。すまない」

「いいわ、別に。私たちの国ではありふれた災難だし、血染めの鉈はもう振るわれないもの」


 なんでもない風に言う少女だったが、その顔には若干の影がかかっている。


【夢】の世界の某連邦国家の様に、五大国に列せられる唯一の社会主義国家、《連邦》の歴史もひどく血塗られたモノであった。


 約20年前に王制が妥当され共産主義革命が成立した《連邦》では、国政を担う連邦共産党の書記長――《連邦》人民委員会議議長兼事実上の独裁者――による苛烈な反体制派弾圧がしばしば行われ、革命によってガタガタになった国体を強引にまとめ上げ今の地位に押し上げる一助となっていた。

 なかでも去年まで続いた《連邦》史上類を見ない反政府派の粛正――赤色粛清は、【夢】の世界の大粛清もかくやと言わんばかりの大惨事にまで発展し、最終的に国家規模のミンチメーカーを回し続けた書記長自身が、当時共産党のNo.2であった第一書記の事実上のクーデターによって失脚し、幕を下ろしていた。

 その結果連邦の中に巣くう反体制派は一層され、共産党に対する反政府活動も鳴りを潜めることにはなったが、その代償は深刻と言わざるを得ない。


 特に酷いのは国家における最大の暴力装置である連邦海軍だろう。


 彼らは当然の様に《連邦》最大の武力集団であり、名実ともに国家の盾であり鉾であった。

 特に20年前には多くの艦が人民の側に立ち、共産主義革命の成立に多大な貢献を行っており、革命の急先鋒であったとも言える。

 そのため「《連邦》の革命は海軍我々の働きがあってこそ」と考え、大事業を成し遂げた自負心から己の中に政治的理想を描く軍人も数多くあった。

 それだけならばまだよかったかもしれないが、致命的なのは”独裁者にとって政治的理想を持つ軍隊など猛毒に等しい”という単純なことに気が付かない将校も、また多数に上っていたことだった。

 結果的に艦長や提督クラスの高級将校を中心に粛清の嵐が吹き荒れ、蓋を開けてみれば少佐以上の将校の実に7割が生死を問わず軍から去り、稼働可能艦船が2割を切る大惨事に発展してしまう。

 元の分母が大きかったため、亡国とまではいかなかったものの、国防どころか、国家を運営するための鋼材の取得まで危うくなってしまったのは事実だった。

 とはいえ、連邦海軍の弱体化により早々に国家の経済に陰りが見え始めてきたため粛清の終結も早く、【夢】の世界の大粛清の様に国内経済までガタガタにはならなかった。だがしかし、艦船はともかく、技能者集団である海軍の再建には時間がかかるというのが周辺諸国と当事者の評価だった。

 足りない人手を補おうとした結果、他の大国よりも女性軍人の割合が高く、艦長全てが女性と言う珍しい編成の艦隊も存在した。その艦隊自体、女性の社会進出、男女平等を謳う《連邦》のプロパガンダ的な役割も持ってはいたが、伝え聞くところによると積極的に激戦区へと自分から突っ込む武闘派集団らしい。


 現状発揮されている国力はともかく、莫大な人口や広大な国土における王政末期に始まった産業改革。現在の書記長が強烈に推し進めている「全人民が少しでも豊かに暮らせる理想国家」を実現するための、軽工業を重点的に発展させる第1次3ヶ年計画。必要最低限度の軍備を早急に確保する赤衛計画などなど。伸びしろと言う点では未知数でありさらに強大になる可能性を秘めていることは間違いない。

 特に関係の悪い《帝国》からは”腐った納屋”と呼ばれ、他の5大国からも距離を置かれている北方極圏海域の静かなる大国冬眠中の巨大熊。それが《連邦》だった。


「でもね、大丈夫。私にはお姉様がいるもん。お姉様が居るのなら、私も《連邦》も海神なんかには負けないよ!」

「そうか。立派な人なんだろうな」

「もちろん!あ、いくら素敵だからって惚れちゃだめだよ?競争率はすっごく高いんだから!まあ、どーしてもっていうのなら、私が恋人になってあげてもいいけど?」


 なにやら前の方で「ぶほっ?!」と皇国撫子にあるまじき音が聞こえてきたような気がするが、たかが子供の戯言に動揺しすぎだろう。少し心配になってくる。

 有瀬は、いつの間にか離されていた片手を、何処か期待するような眼差しを向ける白い頭にポスンとのせた。上等な絹のような手触りに、目の前の人物がまだまだ年端の行かない少女であると、警鐘を鳴らす内心の直観を宥めすかそうとする。


「あまり自分を安売りするもんじゃない。相手から告白されるぐらいが、いい女性の条件と言うだろう?」

「あら、振られちゃった。もしかして、心に決めた人でもいるの?」

「さぁて、どうだか。案外、艦が恋人な変人かもしれんぞ?」


 意味深な含み笑いを浮かべてやれば「そういえば、お姉様が【皇国人は変態だから気を付けろ】って言っていたっけ」と、大人しくなでられている白の少女もコロコロと笑った。こうして笑っているところを見ると、本当にただの少女の様に見えてくるが……




「おい、有瀬」


 イリーシャの様子に危うく和みそうになっていた時、反対側から固い警告じみた小声投げかけられた。どうやら前を歩いていた彼女は、さりげなく歩く速度を2歩分遅らせて並んだらしい。


「気づいているか?」

「何がだ?」

「ちっ、ホントおかでは役に立たんな、貴様」


 忌々しそうに吐き捨てる少女へ怪訝な目を向ければ、普段の数倍は険しくなった瑠璃がある。どうにも冗談を言っている余裕はなさそうだ。

 一見、普通に羽織を揺らしながら歩いている風だが、商店のガラスや路上駐車した車両のドアミラーなどで、何とか後ろを伺おうと視線を走らせ続けていた。


「後を付けられてるぞ。数は1、長身の男。顔立ちは《連合王国》系だ。心当たりは?」


 すれ違った電話ボックスに映る後方の景色を確認するが、そもそもここは《連合王国》の首府だ。特殊部隊どころか陸戦隊ですらない自分に、誰に尾行されているかなど分かりっこなかった。むしろ、それが本当だったのなら良く気づけたなと感嘆する。


「いや、無いな。君は?」

「あったのなら、こんな街中をうろつかん。ならば、後は消去法だ」


 瑠璃の瞳が自分の隣を歩く白い妖精へと一瞬向けられた。件の少女は、能天気にクルクル回りながら自分の片手にぶら下がっていた。正直、落ち着きのない子犬か何かに見えてきて困る。


「まさか、振り切って全力で逃げろと?」

「非ッ常に魅力的な提案で私も全面的な支持をしたいが、この娘がそれを許すと思うか?」

「無いな。そもそも、振りほどけるか怪しい」

「そこで、だ。12時方向、50m行った先に路地がある。そこを突っ切って数回曲がれば警察署は目と鼻の先だ。走れるな?」

「このまま他人の目がある大通りを進んだ方が賢明じゃないか?」

「そうしたいのも山々だが、相手の動きを見るに目的地に行くまでに追い付かれる。ちんたら歩いて仲間を呼び寄せられても構わん。拙速は巧遅に勝るというだろう?」

「いざとなれば、路地裏で置き去りにするつもりだな?」

「フン、生意気な小娘一人と自分と貴様の安全。天秤以前の問題だ」


 酷薄ともとれる言葉を吐き捨て、永雫がイリーシャにこの先の路地へ飛び込み、次の大通りまで走ることを手短に告げる。「なるほど、競争ね!私、かけっこじゃ負け無しなんだから!」と、妙に物分かりの良い返答に訝しさを覚えるたのも束の間。件の路地は目の前にまで迫って来ていた。

 隣の少女が、こちらの心情を知ってか知らずか、なにかを心待ちにするかのような弾んだ声を上げる。


「じゃあ、私が合図をしてあげるね。5ピャーチ……4チィトゥーリ……」


 鈴を転がすような儚げな声が、聞きなれない数字を謳い、3人分の足が石畳を叩く音が嫌にはっきりと聞こえる。


3トゥリー……2ドゥヴァー……1アヂーン……0ノーリッ!」


 言うが早いが、白い少女が弾丸の様に薄暗い路地へと飛び込み視界から掻き消える。予想以上のロケットスタートに、先に準備をしておいたはずの海軍士官と造船士官の方が一歩出遅れてしまう閉まらないスタートとなった。




 それまでうねる様な雑踏を感じていた五感は、路地へ1歩踏み出した直後に全く別の世界を観測し始める。湿気で黒ずんだ石畳、壁際から滴り落ちる排水の雫、辛うじてのこる排水溝の蓋へそそくさと逃げ込んでいく地虫。たった1歩日常から背を向けるだけで、そこには《連合王国》の暗部を象徴するような世界が広がっていた。

 イリーシャを先頭に飛び込んだ路地は大人二人がギリギリ並んで歩ける程度の幅しかない。その上いくつもの木箱が壁際に置かれて更に狭くなっている。気を付けなくては体をひっかけてすっ転んでしまうだろう。

 ウナギの寝床のような空間に有瀬ら3人の足跡が響いた直後、4人目の足跡も響き始めた。

 2人同時に後ろを振り返れば、逆光で顔はよくわからないが中々ガタイのいい男が自分たちを追跡している。ある意味で予想通りの展開に、永雫がカラ元気なのか素なのか分からない、獰猛な笑みを浮かべた。


「はっ!やっぱり来たか!有瀬、そこの角を右だ!」


 幾つかの角を曲がり、目の前に口を開けた更に暗い十字路が見えてくる。白い少女に続いて彼女の指示通り木箱の積みあがった角を右折した瞬間、目の前に現れた不可解な事象に、二人同時に驚きの声を上げてしまった。


「え?」

「なっ!?」


 角を曲がった先には2人の目の前で揺れているはずの銀糸は存在せず、ただ更に薄暗さを増した路地が、全てを飲み込む大蛇の様に口を開けていた。遥か彼方にもう一つの十字路が辛うじて見えるが、そこの間には何もない。それ以前に、どう考えても、自分たちが曲がる数秒の間で小柄な少女が踏破できる距離ではなかった。


 先の十字路までは曲がりくねってはいたが1本道だし、そもそも先に十字路に飛び込んだ彼女は、永雫の指示通りしっかり右へと曲がっていた。なのに、目の前から忽然と姿を消している。


 考えられる結論は少なく、現実はその斜め上を光速でぶち抜いていった。




「じゃあ、まずは跪きなさい」


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