49th Chart:太陽の騎士団の出迎え
【主砲は25.6㎝クラスの連装砲を4基8門、配置は艦首側に1基、艦中央部より前方寄りに並列で2基、最後尾に1基備える。また、ケースメイト式に6門、甲板上に単装砲架で4門、片舷当たり10門の10㎝クラスの速射砲を搭載している。副砲の火力に関しては、被弾個所の調査により従来の砲弾と大差はないと判断する】
【特筆すべきは主砲の配置であろう】
【本種はその主砲の配置上、全方向に対し4門以上、大部分の方向に対し6門以上の射線を確保している。これは現用の装甲巡洋艦および戦艦に対し、主砲火力においては1.5倍の戦闘能力を持つとみなすことができる】
【また高所に設けられた頭部は従来よりも大型のレンズを備えた形態であり、測距能力を向上させていることが確認できた】
【戦闘中において、本種は主砲の砲撃を同調させた全門斉射を敢行した。この事実と武装の配置から、単一口径の主砲による統制射撃を前提とした種である可能性が非常に高い】
【これらは《連合王国》海軍の新型戦艦、『ドレッドノート』にもみられる特徴であるからして、今後の新型艦設計において大いに考慮すべき事柄であると愚考するものである】
【以上を踏まえた、これ以降計画される新型主力艦設計の最低条件として…】
ここまで書いたとき、ペン先がふと止まる。藁半紙の上で止まってしまった万年筆の先からインクが滲み、微かに黄色みがかかった平原に黒い雫が緩やかに広がっていった。
この先に自論を書き綴ったところで、今までの様に黙殺されるのが関の山のような気がしてならない。これはあくまで新型海神に対する報告書であり、新型艦艇に対する意見書ではない。などと言う理由で突き返される未来が、鮮烈なイメージとして脳裏へと焼き付いた。
一つため息を吐きだし、書き損じてしまった報告書を内心の苛立ちとともにぐしゃぐしゃと丸める。何を弱気になっているのか、自分らしくもない。度重なる失敗と、降ってわいた成功で及び腰にでもなっているのだろうか。ええい、女々しいにもほどがある。
知らず眉を顰めつつ、副長室の隅にある屑籠へ向けて狙いを定めて手首をしならせた時、後頭部から聞きなれた声が飛んで来た。
「妙なところでものぐさなのは、艦に乗っても変わらないわね」
首だけを出入り口の方へと向ければ、どこか呆れた様な表情を浮かべる船精霊――サキの姿がある。黒髪の船精霊は、開けられた鉄製の扉に手をついて半目をこちらへ向けていた。
「ノックぐらいはしたらどうだ?サキ」
「ノックはしたわ、返事がなかっただけよ」
やれやれと首を振りつつ溜息を零す。そこには、目上の者に対する苦言と言うよりも、ながく付き合った友人間の親愛と言うべき態度が現れていた。
研究室では上司と部下であり、『綾風』に押し掛けたも同然の現状でも関係は同じ。とはいえ、サキもまたハクと同じように彼女の家の使用人だった船精霊であり、周りの目がない場所では古くからの友人と言う体で話すことが多かった。
「で、どうした?『
「あいにく、ここの水深は少なくとも20kmより深いわ。有瀬艦長の呼び出しよ。まあ、命令と言うよりお誘いって感じだけど」
「有瀬の?目的地まではもう少し時間がかかるんじゃないのか?」
「まあ、そうなんだけどね。貴女忘れてそうだけど、後ろの『吾妻』に御座しめすのは、我らが《皇国》の第三皇子よ?今はちょーっとギスギスってるけど、古くからの友好国の皇子様に、出迎えが出てくるのは当然じゃない?」
「そんなものか。それで、装甲巡洋艦でも出張ってきたのか?」
「フフフ、さて、それは見てのお楽しみね。で、どうする?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるサキの顔を見るに、どうやら王立海軍はこちらの出迎えに少々奮発したらしい。有瀬が呼んでいるのもそれが原因か。
この先も机に向かい続け、目的地に着くまでに書類を仕上げてしまうか、それとも一息入れるか。天秤にかけるまでもなかった。
「ちょうど益体もない報告書を仕上げるのに嫌になっていたころだ。気分転換がてら行ってやるさ」
綺麗な弧を描いた紙くずは何処にもバウンドすることなく、吸い込まれるように屑籠へと消えていった。
左舷艦橋ウィングからは、ちょうど『綾風』とすれ違おうとしている威風堂々たる巨大な戦艦の姿が見えた。艦首で押しのけた海水によって形成されるヴェールとともに8隻の護衛艦を引き連れて航行する姿は、正しく海の女王と言って差し支えない。
もっとも、その名称は彼の国の国民的古典文学に登場する騎士の名を付けられてはいるが。
「ほう、『ラウンドテーブル級』戦艦か。この目で見るのは初めてだな」
隣で感嘆と微かな皮肉が込められた声を上げる少女の声を聞きながら、巨大な戦艦の艦橋に立つ海軍士官から送られた敬礼に答礼を返す。この距離では判別しづらいが、王立海軍の制服に身を包んだ艦長らしいその男は、まだまだ年若い様に見えた。
「ラウンドテーブル…円卓の騎士の名を持つ戦艦だな」
「かの国はリアリストを気取った皮肉屋だが、艦船の命名は中々洒落の利いたモノもあるからな。その実態は紅茶が切れると何やらかすか判らん変態紳士共だが」
中々ひどい評価だが、【夢】の世界で日の沈まぬ帝国として一時期世界を手中に収めていた国家と《連合王国》とは妙に類似性があった。紅茶好きだったり、技術開発が明後日の方向へとすっ飛んで行ったり、外交では割と外道だったり。艦の名前は勿論、地名まで似通っている。というか、首都舟の名前はそのものずばりと言っても過言ではないだろう。
「とにかく、コイツの戦艦としての能力は……まあ、流石は王立海軍の戦闘艦と言ったところか」
その後は半ば雑談のような会話から、自然と永雫による艦艇解説講座になる何時もの流れだ。
彼の艦は喫水線下に衝角を持ち、垂直に立ち上がる艦首からは雛壇の無いシンプルな水平甲板型の幅広な船体が広がっている。
主兵装は 五〇口径Mark.30
配置としては艦首側から前部主砲、上部に司令塔を持つ航海艦橋、前部マスト、2本煙突、後部マスト、後部艦橋、後部主砲。航海艦橋から後部艦橋までは、艦橋の半分程度の高さを持った
20基の単装速射砲は、2段に分かれた空中甲板の下部に片舷10基ずつがケースメイト式に装備され、両舷に睨みを聞かせていた。
全長160.2m、全幅25.1m、基準排水量2万トン、最高速力18ノット。この鋼の城塞こそが、世界最強を自負する王立海軍の現主力戦艦『ラウンドテーブル級』戦艦の威容だった。
正直、個人的な感想を言わせてもらえば。兵装がやや大型化したロード・ネルソン級以外の何物でもない。
【夢】の世界では第一次大戦においてダーダネルス海峡侵攻作戦にも参加した歴戦の艦だが、ドレッドノートのおかげで完成した瞬間には旧式戦艦と言う烙印が押されていた曰く付きの艦だった。
同型艦は1番艦『ロード・ネルソン』と2番艦『アガメムノン』のわずか2隻のみ。【夢】の世界では時代の徒花として地中海を駆けずり回った艦が、技術の停滞したこの世界では由緒正しき王立海軍の主力戦艦となっているのは皮肉と呼ぶべきだろうか。
「フ……貴様も案外顔に出るな?」
「うん?」
ふと、隣から聞こえてきた面白がるような声に無意識に視線を向ける。隣に佇む副長の顔には、どこか慈愛を帯びた純粋な微笑が浮かんでいた。
「いや、なに。仏頂面の貴様も、観艦式を見学に来た子供のような眼をすることもあるのだと驚いただけだ。『綾風』を初めて見た時より楽しそうだぞ?」
「それはそうだろう?『綾風』が出来た時は達成感と安堵の方が大きい。今は単に、王立海軍の主力艦を特等席で見物しているんだから、物見遊山気分にもなる。後は…」
「なんだ?」と興味深そうな顔でこちらを見上げる少女から視線をずらす。これから口に出す理由が、どうにも子供じみたモノの様に思えてしまい気恥ずかしさのような物を感じてしまったからだった。
「やっぱり。海軍の主力艦は、重厚長大でデカい主砲を持っていないとな」
「そんなことだろうと思ったよ。この大艦巨砲主義者」
クックックと声を殺して笑う少女に、知らず口の形がへの字を描く。そんな自分の様子がおかしかったのか、彼女の笑い声は直ぐに押し殺せなくなっていた。目を細めて抗議の視線を送ろうがお構いなしだ。
「そんなに笑う事無いだろう?」
「フフ、ククッ……まあいいじゃないか。大艦巨砲主義大いに結構。航空騎を過信して航空主兵などと宣う馬鹿共よりはよほど好感が持てる」
「そいつはどうも。っと、発光信号か」
すれ違いつつあるランドテーブル級の後艦橋からこちらへ向けて信号灯が瞬いている。前艦橋の信号灯は後続する『吾妻』へと向けられているようだ。
内容は所属と艦名を知らせ、こちらの所属を問い、通信回線を開くよう要請するもの。通信は基本的には旗艦たる『吾妻』が対応するため、護衛艦たるこちらは所属と艦名を明らかにすればいい。一連の信号が終わると、航海長のライが彼の艦からの通信を報告する。
「艦長、《連合王国》艦より発光信号。”我、《連合王国》王立海軍本国艦隊、第3戦艦戦隊所属、『サー・ガウェイン』。騎士ノ名ヲ問ウ”以上です」
「騎士の名ねぇ。《皇国》のカヴァスとでも名乗っておくか?」
「あいにく、首輪つけられて喜ぶ特殊性癖は持ってない。航海長、返信は…」
「”太陽ノ騎士団ノ導キニ深謝ス。我、《皇国》海軍連合艦隊、第二艦隊所属『綾風』”か…」
「《皇国》の
「そうでしょうね。でも……今までそれなりに艦を見てきたつもりだけど、あの艦は型が違うとかそんなレベルの代物じゃないと思うわ」
出迎え艦隊の旗艦である『サー・ガウェイン』の艦尾に続いて、《皇国》艦隊とすれ違う護衛の旧式駆逐艦。風が吹き抜ける露天の航海艦橋にて、亜麻色の髪をなびかせながら、興味深そうに先ほどまで光が瞬いていた『綾風』を見つめる1対の蒼玉があった。
「確かに。主砲は5インチクラスの3連装砲が3基9門、魚雷発射管も大型の奴が3基、多分4連装か5連装。対空兵器もまるでハリネズミですね、こりゃ。一隻で海神の艦隊と殴り合う気なんでしょうか?」
隣で艦橋を囲う防弾性の波除から身を乗り出した副長が、目に見える範囲での武装を述べていく。この艦に搭載されている兵器どころか、今調達されているV級駆逐艦をも上回る。というか、
「それに、あんなに大きな煙突を持っているのに、排煙がほとんど見えない。ディーゼル推進……は《帝国》ならともかく《皇国》が実用化できるとは思えません」
「そもそも、ディーゼルなんて重いだけで出力は微妙と聞くわ。燃費は良い様だから、護衛艦に採用する案もあるそうだけど。あの艦はどう見ても艦隊に随伴する一線級の艦よね」
「気になると言えば、あの無駄にデカいマストも気になりますね。ひっくり返らないんでしょうか」
腕を組んで首をかしげるが、見れば見るほど妙な艦だ。この特異性は、もういっその
疑問は尽きず、考察を巡らせるのはそれなりに楽しいが、今は軍務中。合図があり次第、旗艦から送られてきた命令を実行しなければ。こんなところで王立海軍の面子に傷をつけるわけにはいかない。
幸いにも、その命令に従えば自分の艦は最も『綾風』と名乗った艦の近く――『綾風』の直ぐ右舷側に着くポジションを割り振られた。目的地までのあと8時間程度の航海、ゆっくり眺める時間はとれるだろう。
旗艦のマストに陣形変更を知らせる旗旒信号が掲揚されたのを確認した後で、この艦隊唯一の女性艦長は清流の様に透き通った号令を発した。
「全艦に達する!左16ポイント回頭!『綾風』の右舷1500ヤードに付けます!」
「
艦橋に取り付けられた舵輪が軽やかに回り1100tの老嬢、HMS『オフィーリア』の直線的な艦首が波を切り裂き、青い海面へ白いエッジを刻んでいく。
彼女の行動とほぼ同時に、1隻の戦艦と7隻の駆逐艦がそれぞれ決められた転舵を行い、はるばる《皇国》から航行してきた駆逐艦と装甲巡洋艦の四方を瞬く間に囲っていく。
古くから海軍国として栄えてきた《連合王国》王立海軍の艦隊機動はもはや職人芸の領域であった。反航していた単縦陣が解かれると程なく『サー・ガウェイン』が『綾風』を先導する位置につき、残りの8隻の駆逐艦は3隻ずつが左右を固め、残りの2隻が中央列の前後を固める3列縦隊を作り出した。
こうして形成された艦隊は、一路目的地である
「あ、艦長。旗艦から電文です」
「ありがとう。…………えぇー……?いいの?これ」
「皇国海軍もウチと負けず劣らずギスギスしてるってことではないですかね?」
「…………あの艦の艦長が、噂の狂犬殿でないことを祈るわ」
「王立海軍の戦乙女にしちゃ弱気な発言ですねぇ。そんなだから、婚期逃しそうなんですよ」
「今それ関係なくないっ!?」
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