Extra Chart:龍翔航空隊第2分隊
「やあ、奇遇じゃないか」
後ろからかけられた柔和な声に、思わず舌打ちをしながら振り返る。舷側の手すりに寄りかかっていた自分の背後から声をかけたのは、皇海兵からの腐れ縁である男だった。
「貴様か、倉内」
「まーたいつにもまして不景気そうな仏頂面だね藤原中尉」
へらりと笑う優男――倉内海軍中尉と対照的な同年代の男は、大きなため息を吐きながら手すりを背にしもたれかかる。
身長は倉内よりもやや高く、短く刈り込んだ黒髪と鋭い目つきから、百戦錬磨の猛禽類を想起させる容姿。眉間に皺をよせ、真一文字に引き結んだ口によって近寄りがたい、気難しい雰囲気を過剰なほど放っている。
皇国海軍近衛艦隊第一航空戦隊所属、龍翔航空隊第二分隊分隊長。
この世に生を受けてまだ間もない、世界初の実用的龍砦母艦の一個分隊3騎を統率する若き飛龍。それが、この青年の肩書だった。
「そういう貴様は、相変わらず呑気そうで何よりだ。
此方の皮肉に「そういうわけではないんだけどね」と大げさに肩を竦めて見せる。コイツの事だ、仕事が無ければ学生時代の時の様にあちこちに首を突っ込んでは色々と嗅ぎまわっている事だろう。
もしかしたら、自分がここにいる理由も知っているのかもしれない。
「日笠一等飛行兵の件は残念だった」
「フン、耳が良すぎるのも考え物だな」
急に神妙な顔付になった倉内から、つい先ほど線香を上げてきた元部下の名前が飛び出し苦い表情が浮かぶのを自覚する。やはり、こいつは苦手だ。知らない間に、こちらの事を丸裸にされているような錯覚に陥る。
「君は、その時一緒に飛んでいたのかい?」
「…まあな」
内心の苛立ちを隠すためか、ポケットに忍ばせた煙草に手が伸びる。ソフトケースの箱から飛び出した煙草を咥えると、目の前に火のついたマッチが差し出された。倉内の好意にノルのは癪だが、今さら無視するのも馬鹿らしいのでそのまま火を付ける。
やや乱暴に吐き出された紫煙は、海風にさらわれて即座に消えていった。
「あの時は、離着艦訓練を兼ねた哨戒飛行の帰りだった。今でも、質の悪い夢だったんじゃないかと思いたくなる」
「詳しく聞かせてくれないかな?」
「何?」と眉間に皺を寄せ、自分の隣で手すりに寄りかかった倉内を睨む。一応、この件に関して緘口令は敷かれておらず、単なる爆発事故として処理されている。
何でもかんでも首を突っ込みたがる性分は昔からだと理解はしているが、だからと言って信頼していた部下の最後を語るのは気が乗らなかった。
「なんで貴様に言わなきゃならねぇんだ。野次馬根性なら正直に言え、今なら鉄拳一発で許してやる」
「野次馬根性とはひどいなぁ!まあ、個人で動いていることに間違いは無いのだけれどね。なんか引っかかるんだよ」
「何が?」
「それが解らないから聞いているのさ。それに、友人の最期を聞きたいのは人として当然の事じゃないかい?」
薄く笑みを浮かべる同期の桜に、数分前に出会った瞬間に海にぶん投げて置けばよかったかと今更な後悔が浮かんだ。
顔が広いとは思っていたが、まさか自分の元部下とも親交があったのかと呆れが多分に湧き出てくる。嘘か誠か定かではないが、彼が知り合いだったと主張する以上、無碍に断るにも抵抗があった。
紫煙とともに溜息を吐き出し、「あくまでも俺の主観だぞ」と前置いてから口を開く。
俺と僚騎。黒井と日笠は
高度はおよそ2000m、北北西の風2kt、そこそこの穏やかな空だ。雲も遠くの方に積雲が一つ二つある程度のな。行きも帰りも何事もなかった、ああいや、黒井騎と俺の騎のコンパスが狂ったのは事件と言えば事件だな。ま、その時はすでに皇国が見えていたからどうでもいいことだったが。
他に気になる点と言えば、3騎ともなんか落ち着きがなかったように思える。どいつもこいつも能天気な
いつもなら”まだまだ飛ばせろ”って我儘を言うヤツを苦労して着艦させてたから、その時は手間が省けてラッキーとしか思わなかったが。
でだ、着艦前の最終侵入に入ろうとしたとき、日笠の奴が「右側の海面が一か所だけ妙に凪いでいる」って言いだしたんだ。俺も黒井もヤツの言う方向を見たんだが、言われてみればそう見えないこともないか程度で、確証はもてなかった。
だからだろうな「少し、見てきます」つって一足先に降下していく奴を止められなかったのは。どうせ、勘違いだろうと、俺も黒井も高をくくっていたのさ。
それが、だ。
奴の乗騎が海面まで500mを切った瞬間だった。日笠の九七式が突然”爆発”したんだ。文字通り、木っ端みじんさ。何もかもが散り散りになって吹っ飛んじまった。おそらく、痛みを感じる間もなく粉々になったんだろうな。
ん?救助?
バカ言え、行こうとしたに決まってるだろう?
でもな、奴が爆散した瞬間から乗騎が騒ぎ始めた。俺には龍の言葉は解らんが、これでも航空騎兵だ、奴らの言いたいことは大体わかる。
” ニゲヨウ ニゲヨウ ココカラハヤク ”
” ニゲヨウ ニゲヨウ ミツカルマエニ ”
” ニゲヨウ ニゲヨウ ”
” コロサレル ”
流石に、必死になって帰ろうとする愛騎を無視できるほど奴らを信用してないわけではなかったし、あの爆発では日笠が助かる見込みは皆無だってことも解ってたからな。
墜落位置を頭に叩き込んで緊急着艦。その後、
「なるほど」と顎をさする同期の桜を一瞥しつつ、燃え尽きた煙草を海へと放り捨て、新しい煙草に火を付ける。
今思えば、あの水上騎――小型のアシハラヒメスイリュウ――は特にあの地点を恐れている様子はなかった。九七式戦闘騎に使用されるシキシマヒリュウは龍の中では温厚――と言うより能天気――な部類だが、それでもアシハラヒメスイリュウよりは胆が据わっている。
だというのに、どうしてあの時、アイツらは恐れ戦いたのだろうか?いや、まてよ?翌日あの付近を飛んだ時には、特に変化はなかった。じゃあ、あの時だけ九七式が恐れるナニカがあったと考えるべきか?
「一つだけ質問。その爆発に何か妙な点は無かったかい?」
「妙な点、だと?」
数日前の出来事をかみ砕き、新たに生まれた疑問に首をひねっていたからか、倉内の問いをオウム返しにしてしまった。
「そう。基本的に哨戒任務に爆弾なんか積んでいかないだろう?なら、いきなり爆発するのは妙だ。航空兵として、何か引っかかるところは無いかい?」
「そうはいってもな…俺はあの時、日笠よりも海面を見ていた。つまり、爆発の瞬間は詳しくは見ていない」
「それでもかまわない。皇国の航空兵の眼の良さは諸外国一さ、どんな些細なことでもいい。何か見ていないかい?」
そう言われてしまえば、”何もわからん”と答えるのは憚られてしまう。
野郎、退路を塞ぎやがった。こうなってしまえば、意地でも何かしらの”違和感”をひねり出さねばならない。
引きつりそうになる顔を何とか押し殺し、記憶をもう一度再生する。
降下する翼竜、静かな海面、紅蓮、散り散りになって吹き飛んでいく破片、海面に立ち上がる大小の水柱…
その時、何かが意識の端を掠めて飛んでいく。
ドキリと心臓が大きく脈を打ち、何故?が頭の中に噴出し始める。そんな自分の様子を見透かしてか、目の前の海軍中尉は薄く笑みを浮かべた。
ヤツの手のひらの上で踊るのはこれが最初と言うわけではないが、自分の馬鹿さ加減に虫唾が走りそうになるのは一向に慣れそうもない。不機嫌さを隠す必要はまったく無いのだけが救いだった。
「……確かに、一つだけ妙なことがあった。爆発の仕方が、いや、破片の飛び方が妙に偏っていたような気がする」
「どんなふうに?」
「普通、何かしらのトラブルで飛行中の龍が自爆すれば、破片は進行方向上に大きく飛び、逆方向の破片は爆発地点からあまり飛ばない。空でも慣性はあるからな。けど、あの時の日笠騎は進行方向に対して左側の破片が最も遠くへ飛んでいた。進行方向とは90度異なる方向に、大きく破片も爆炎も広がっていた。これは妙だ、普通ならありえん」
そういって頭を振る藤原に、今度こそ満面の笑みを浮かべた倉内が大きく満足げに頷く。それこそ、自分が求めていた回答だとでも言うように。
「流石は皇国海軍航空龍騎兵だ。もしかしたら、君はとんでもない奴を相手に見事生き延びたのかもしれない」
「邪魔したね。ありがとう」と少々強引に話を切り上げ歩き出そうと踵を返した同期の肩を慌てて掴む。「おい、どういうことか説明しろ」困惑交じりの声を上げる自分に返ってきたのは、胡乱な笑みだった。
「藤原、もしかしたら日笠一飛は事故死じゃないかもしれない」
「何?事故死じゃないなら何だってんだ?」
此方に正対し、半ば確信めいた口調の倉内に詰めよれば「決まってるだろ?」と芝居がかった声が返ってくる。
経験上、こういう時の彼の話の真贋は両極端だった。とんでもない大法螺話か、あるいは。
「日笠義人一等飛行兵は作戦行動中に不明艦に撃墜された。文字通りの戦死だよ」
誰もが冗談だと思うほど、バカげた真実かだ。
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