16th Chart:方向性の違い
「ふむ、とするとお二人は」
「適合婚約の関係だ」
大きく頷く源馬に対し、「残念ながらな」と呟くような声が微かに隣から聞こえたが、聞かなかったふりをした。
この世界の住人の出生率はお世辞にも高くない。それは、”夢”の世界の住人たちよりも強靭な体と老化現象の緩やかさをもってしても、人口の減少に歯止めがかからないほど深刻な問題だった。
その原因の一つとして、この世界の住人たちが子をなそうとしたとき、遺伝子の型が合わず受精が成立しない組み合わせと言うのが多数存在するというものがあった。
海神帝の報復により技術体系が虫食い状態に陥っているこの世界において、遺伝子関連技術もその例に漏れない。遺伝子技術においても無数のロストテクノロジーが存在するが、幸運にも民衆の遺伝子を解析し、子孫を残せる組み合わせを持つペアをリストアップする機材と技術は方舟に残されていた。
現状では機材を用いて個人から遺伝子の型を採取し、適合する遺伝子を持つ者のペアを”適合者”として本人たちに伝え、婚姻させる。これが”適合婚約制度”と呼ばれる国家規模の婚姻・人口統制だった。
他の方舟国家でも大なり小なりこの制度が存在――と言うよりも、この制度が無い、運用できない国は人口減少により既に滅びている――しており、この世界の住人にとって恋愛と言う概念は、婚約制度によってえらばれた相手との付き合い方を模索する期間であるという認識がなされていた。
ただし、選ばれるのはあくまでも遺伝子学上で子供が生まれる可能性が最も高い相手であるため、本人たちの性格や趣味嗜好は全く考慮に入れられていない。離婚も子供が3人以上いる場合に限り認められるという、頭の痛い状況だ。この世界ならば、チャウシェスクも名君の部類に入るのだろうか?………これなんて
「なるほど、そうでしたか。祝言はいつ頃上げられるのですか?」
「私も、彼女もまだ若い。数年先を目途にはしているさ。君はどうなんだ?大尉」
「お恥ずかしいことに、”不適格”の烙印を押されておりましてね。種無しと言うわけではないのですが、相手が居ないのですよ」
なるべく何とでも無い風に言うが、元来人の良い人間である源馬には余り効果があったようではなく、直ぐに申し訳なさそうな顔を浮かべる。
子をなせる遺伝子型に限りがある以上、自分の様にどうやっても次世代を残せない――対応する遺伝子型が見つからない――人間は確かに存在した。”不適格者”と呼ばれるその者たちは、外国の研究機関に依頼して自国では見つからなかった相手を外に求めるが、見つかろうと見つかるまいと道のりは平たんではない。
もし外国に相手が見つかった場合、自分が向こうの国へ移るか、相手が自分の国に移るかで問題が生じる。国家としては、唯でさえ増やすのに難儀をしている人口が1人といえど減ることを簡単に許すわけもなく、事は個人間のモノではなくなるのだ。
オーソドックスな妥協案としては、両国の間でもう一組不適格者同士のペアを見つけ、1:1交換でケリをつけるのが一般的であった。もっとも、もともと不適格者がレアであるため、都合よく見つかる可能性は低くはあるが。
見つからなかった場合は、言わずもがなである。
「む、これは失礼した。…不適格者は極々稀だと聞いていたが、実際に会うのは初めてでね。移住は考えなかったのか?あるいは、他の国から娶るとか」
「中途半端に皇海兵の成績が良かったものですので、移住は認められずじまいです。それに、私の遺伝子は気難しいようでしてね、2,3度友好国の適合者を調べましたが、結果は芳しくなかったんですよ」
「そうか」と沈痛そうに眼を伏せる青年将官。本心から自分の事を憐れんでいるのであろうが、それだけではあるまい。事実、有瀬にも本人にも解らない程度に口角が微かに緩んでいるのだから。
「ただ、子を残せずとも、国の役には立てます。この身が
「貴官の様な人間にこそ、次世代を遺してほしいものだが、ままならないものだな」
「ええ、本当に。正直、マトリクス大尉ほどの魅力的な方と夫婦の関係になれるのは羨ましいものがあります。祝言の際には、補佐を務めさせていただいた縁として祝電の一つでも遅らせていただければと」
先ほどから抱えている疑問を払しょくするために、あえて明け透けなおべっかにも近い台詞を宣う。源馬もこれが社交辞令じみた言葉であることを理解はしているが、気に入っている婚約者を褒められて悪い気はしないのか上機嫌に頷いた。
そして、そんな男二人を見上げる件の少女は、不機嫌そうな顔を一瞬だけ浮かべ隣に立つ海軍大尉をにらみつける。
鋭い視線が突き刺さったのを確認し、内心で「ふむ?」と首を傾げた。
先ごろから二人の反応を見ていると、どうにも腑に落ちない点がある。源馬少将は大尉との婚姻に乗り気――と言うよりも完全に惚れていると言った方がいいか――だが、大尉の方は相手が相手と言うこともあり自重はしているが、体からにじみ出る不満げな雰囲気は隠しきれていない。
源馬少将は確か、武門の名家である華族、源馬家の嫡男だ。この若さで少将、しかも新進気鋭の航空戦隊を任されているあたり、本人の実力もあるのだろうが家柄も影響しているのだろう。
対して、彼女はマトリクスと言う異質な苗字からして恐らくは外国からの亡命者の家系か、移住した家系。ハクと言う使用人を持っていたことから、それなりに裕福ではあろうが、それでも源馬家に嫁入りをするのであれば、正しく玉の輿だ。性格が根本的に合わない部分もあるのだろうが、それでここまで…
「ああ、そうだ!ところで永雫、一航戦の活躍は聞いてくれただろうか?」
「ええ、はい。改めておめでとうございます、源馬少将。まさしく、近衛艦隊にふさわしい赫奕たる戦果でしたね」
「そうとも!これで君も、これからは航空龍騎兵による龍母機動部隊の時代になっていくであろうことを理解してくれれば、これに勝る喜びは無い!やはり、これからは龍の時代だ。時代遅れの戦艦など何隻いようと戦には勝てん。超大型龍砦母艦と随伴の駆逐艦、そして必要十分な航空龍騎兵こそが、皇国海軍の新しき伝統となるにふさわしい」
あっ………ふーん。
源馬少将が滑らかに龍母機動部隊の熱弁を振るいだし、こと造船に関してはエベレスト級のプライドを持つ室長殿を取り巻く空気が2,3度下がったあたりで大体の事情を察した。
彼女は航空龍騎兵に懐疑的、と言うよりもその限界をすでに見定めているらしい。
航空竜騎兵の性能は龍自体の品種改良と機材の進歩により高性能化がすすめられているが、ベースとなる機体が龍と言う生物である以上限界があり、いずれ科学技術によってのみ構築された兵器に駆逐されるであろうというのが彼女の予想だった。
”夢”の世界での鋼の翼を振るう音速の猛禽を知る者としては、彼女の言葉には全面的に同意できる。
龍と呼ばれる飛行生物の利用を第一に発展してきたこの世界に航空史には、動力飛行機はどこにも存在しない。
これでは、音の壁を破る航空機ができるまでどれほどの期間がかかるのか想像もつかない。少なくとも、1903年に初飛行したライト・フライヤーから1947年に音速を突破したベルX-1が誕生するまでに要した期間が必要であろう。永雫が手を貸せばもう少し早まるかもしれないが、彼女が危惧する”その時”まで間に合うかと問われれば否だ。
なまじ航空竜騎兵が航空兵器として運用が可能だと立証されてしまったことで、動力飛行機の導入の道はほぼ絶たれたとみるべきだろう。
そして、龍騎兵が足踏みをしている間に対空火器は電探と連動するようになり、対空ミサイルが登場し、いずれ
そうなった空に龍の居場所は存在しない。音の速度すら越えられない翼にとって
「どうかな?今からでも遅くない。超大型龍砦母艦とその盾となる駆逐艦の設計を頼めないだろうか?龍翔型は実験的意味合いが強い、2万トン級、いや4万トン級の龍砦母艦こそ今の皇国に必要なものだ。君もそう思うだろう?大尉」
突然話を振られ、どう答えるべきか一瞬迷う。波風を立たせないための処世術を行使するのであれば、ここで適当に話を合わせ、大尉に大型龍砦母艦の検討を促すべきだろう。別に、同調したところで後で適当にフォローを入れてやればそれで済む。
紫煙を慎重に吸い込み、顔をしかめないように吐き出す。やはり、好みに合わない、と言うか不味い。これが将官から受け取った高級品でなければ、今頃灰皿に押し付けているだろう。
やんわりと同意するにはどんな言葉がいいかと考えを巡らせた直後、服の袖を引っ張られる感覚。視線だけを一瞬そちらに向ければ、何かを言いたげな永雫が源馬からは見えない角度で腕を伸ばし、袖を摘まんでいる。
直後、紫煙の残り香とともに吐き出された言葉は、先ほどまで考えていたものとは逆の代物だった。
「さて、前線の一艦長として意見させていただけるのであれば、提督の航空主兵論には賛同しかねます」
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