19:パーティーでの一幕
ユウが「白銀の騎士」という特別な存在に選ばれてしまったことは、すぐに神殿や騎士団関係者たちに知らされた。
夕方から行われた第二神殿での祈りを捧げる儀式では、みなどこか浮足立ったような落ち着かない空気が流れていた。ついでに人目を気にしながら、広間にある鳥の装飾を触る者もたくさんいた。騎士団員だけでなく、神官たちや付き人としてやってきた者たちもだ。触るだけで試せるなら、万が一を期待してやってしまう気持ちはわからなくもない。
儀式が終わり、神殿の敷地内にある建物で騎士団員をねぎらうパーティーが開かれている途中でも、そっと抜け出して試そうとする者たちはいる。
壁際でイヴォンヌとエリカと共に大人しく飲み物に口をつけながら、そうやって抜け出していく人間に私が気付くのも三人目だ。そろそろ私も抜け出したい。
「驚いたね。まさかユウが神さまから加護をもらうなんて」
中心で人に囲まれているユウを見て、感心したようにイヴォンヌが言う。二人とも、第二神殿に来るまでにアルベールたち四人とは一度顔を合わせ、自己紹介だけは済んでいた。
「あなたの婚約者候補として、一歩リードしたって感じ? 他の候補たちは焦ってたりするのかしら」
「おばさまがどんな基準で選びたいのかわかんないから、なんとも言えない」
面白がるエリカに肩をすくめてみせる。
パーティーでは、大体が二種類の人間に分かれた。自分も白銀の騎士に選ばれたいと、何とかならないかそわそわしている者。そして突如、聖女と並んで特別な存在に決定したユウにどうにか近づきたいと思う者。
自国の服装ではなく、オトジ国の落ち着いた色合いの服に身を包んだユウやアルベールたちは話しかけやすく感じるらしい。この間のパーティーに比べて、彼らに気安く近づく者たちは多かった。
「『白銀の騎士』が推薦した中から、守護神オトジは『白銀の聖女』を選ぶって本当かしら!」
「君は誰が聖女にふさわしいと思う!?」
興奮気味に問いかけた男女の声が、やたらと響いた。彼らの会話に加わっていなかった者たちも思わず注目してしまうくらいに。
問いかけた本人たちは、そんなつもりがなかったのか予想以上に周囲の視線を集めてしまいばつが悪そうだ。
「彼が推すのは決まってるでしょ。だって、カルフォン家との婚約の噂があるし――」
しかもちょうどよく、誰かがそう囁く声も聞こえる。
喋っている当人たちはその気はないんだろうけど、絶妙に静かになったタイミングでみんながそれを聞いたと思う。
場にいる者たちの意識が、一気にユウへと向かう。
答えは明らかだろうけど、あえてその口から答えを聞いてみたい。もしかしたらだけど、違う答えが出てくるかもしれない。
そんな無責任な期待感が流れている。
それに気付いていないはずのないユウは、少し考えるそぶりをしてから答えた。
「この国に来て、人となりをよく知るほど仲良くなった相手はまだ少ないからね。選び抜いた答えなんて持ってないんだ。でも俺個人として答えていいなら――」
そうして近くにいたチドリを見る。
「世界を破滅から守りたいって、心から願えるような人」
二人の周囲は「おお」と感心したようにどよめき、たまたま私の近くにいた人たちは気まずそうにそっと離れていった。
彼は名前を出して明言することは避けた。今のだって、チドリのことかと具体的に訊ねれば、そこまで考えてないよとか返せるようにだ。けど、この場にいる者は十中八九、チドリのことだと受け取るだろう。彼が誰を聖女として推したいかは明白だ。
彼の視点からすれば、家の力で聖女確定よなんてお高く止まっている相手より、チドリを選びたくなるのは仕方ない――。
と頭でわかっていても、この居心地悪い空気の中に置かれてどう感じるかは別問題だ。
実はゲームでも似たようなシーンがあったから、こうなることは予想できていた。でも居心地悪いものは悪いし、いたたまれなさすぎるこの雰囲気を作ったこと、ちょっと恨みたい。恨んでいいかな。
「なんなの。あの態度!」
「エリカ、聞こえるって」
「止めないでイヴォンヌ。聞こえるように言ってるんだから」
まあでも、近くに私より先に怒ってくれる相手がいると気分の戻りも早かった。
「少し、外の空気を吸ってくるわ」
ちょうどいいし、一人になる言い訳にでも使わせてもらおう。
そう切り替えて一緒にいる二人に言う。
「一緒に……」
「大丈夫。気分転換するだけよ」
首を振ってイヴォンヌに断ると、彼女も無理にとは言ってこない。だけど本当に放っておいていいのか迷っている様子だ。
「この地方特産のお酒もふるまわれてるみたいだし、せっかくだから二人はそれを楽しんでてよ。戻ってきたら感想きかせてくれない?」
そう言うと、小さくため息をついて頷かれた。
「うん。任せて。そういうの、ちょっと得意だよ」
彼女の家は、物の流通と販売に関する事業を営んでいる。国内だけではなく外国とも取引がある大きな会社だ。そのせいなのか、本人も物に対する目利きがきく。
領地は持っていない、厳密には庶民なんて呼ばれる層になる。けど、いまどき小さな領地の収入だけで暮らす家よりも、仕事で成功した庶民のほうがよほど金持ちだったりする。彼女もそこらの田舎領主よりよほど上流階級らしい暮らしをしていると、身に着ける物で一目瞭然だ。
「私も手伝うわ。憂さ晴らしに飲んで食べて楽しまなきゃね」
「まったくエリカったら。マツリ、暗いから気を付けてね。迷子とか」
「ふふ。平気」
「それにしても――」
特に意識したふうもなく、思ったことをただ口にしている調子でイヴォンヌが続けた。
「ユウってもう少し賢いと思ってたのにな」
……一緒にいて気付いたけど、意外と厳しい言葉を吐くのはエリカじゃなくてイヴォンヌのほうである。
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