第15話
チョウヨウはナナクサたちが留守にしていた半日間、タンゴをしっかりと守ってくれていた。
チョウヨウは
焼けつく太陽が氷河の地平線に没し、明るい月が真っ青な夜空に顔を出す頃、タンゴの呼吸は静かに止まった。
*
幼馴染みの最期を看取ったナナクサは周りに集まった仲間たち一人一人の顔を呆然と見やると、やがてふらふらと立ち上がった。そして彼女を心配して差しのべられた手を静かに払いのけると、その場から離れて人気のない所を探した。自身の無能を
そうだ。やっと涙を流せるのだ。崖下の
*
明るかった月が小さくなり、中天に差し掛かるころ、ナナクサがいる岩塊から少し離れた所に来客があった。その気配にナナクサはピンク色の涙の跡を拭いもせず顔を上げ、来客に視線を転じた。
「なぜ責めぬ。お前と同郷の友は我れを救わんがため、命を落としたのだ」
「なぜ責めなきゃなんない。奴は自分の意志で行動して死んだ。それだけだ」
「介護の甲斐なく、タンゴも
「おい、チビ助」と張りつめた声。「無意味な死なんてねぇんだよ」
「いや」大きく息を吸い込む音がした。「無意味じゃ。少なくともジンジツは我れごときのためにそうなったのじゃ。我れを責めよ」
「いやだ」
「なぜ」悲痛な声が漏れた。「なぜじゃ?」
「そんなの、あたいの柄じゃねぇからさ」
「『柄じゃない』か……無理を
「だから何なんだよ、その態度は!」チョウヨウの声が爆発してジョウシの声を
「すまぬ……」
「何が『すまぬ』だ。何なんだ、それ。一番小っちぇえくせに大人みたいに何でも悟りきった口を利きやがる。いつもみたいに『塵に還れ』とか毒舌吐いてろよ。いいか。よく聞け。人は何かをやり遂げて死ぬのが一番なんだ。何かをやり遂げようとして死ぬのは、その次にいい。少なくとも、あのバカは自分らしく前を向いたまま
「………」
「どうした。何か言ったらどうなんだ?」
「……ジンジツ」ジョウシがゆっくりと顔を上げた。「あのバカではない。彼の名はジンジツ……」
「そうだな、ジンジツだったな、奴の名は……」今まで聞いたことがないほどチョウヨウの声は優しかった。「単純で
「かような思いをしたのは初めてじゃ。なぜかのぅ。なぜジンジツは……」
「お前を助けたかった。お前も、奴の気持ちは言わなくてもわかってんだろ?」
そよ風の音すら聞こえるくらいの沈黙が傷ついた娘たちの間に流れた。
「我れには病に伏しておる弟がおってな」ジョウシが静かに語りだした。「亡き父の代わりに
「ジョウシ……」
「すまぬが、チョウヨウ。
わかったと、ジョウシに頷いてその場から離れたチョウヨウは少し離れた岩陰にナナクサの姿を認めた。目と目が合ったが、互いに何も言わなかった。チョウヨウはナナクサの傍に来ると無言で横に座って膝を抱えた。そして月を眺めあげた。ナナクサも黙ってそれに倣った。月は何事もなかったかのように透き通った光を二人の娘に投げかけていた。
どれくらい経ったのだろう。しばらくして頭の上からミソカが呼ぶ声が聞こえた。
「タンゴが息を吹き返したよ」
*
ナナクサとチョウヨウが駆け付けた時、丁度、タナバタが脈を診たタンゴの腕を下ろすところだった。
「さっき息を吹き返した。まだ呼吸は弱々しいけど回復しているようだ」
狐につままれたように互いの顔を見合わせるナナクサとチョウヨウの傍らをジョウシの小柄な体がすり抜けた。そしてタンゴを看るタナバタに食いつかんばかりに顔を近づけた。その頬には渇いた薄いピンクの筋が見て取れた。そして「タンゴは大丈夫なのじゃな」と、同村の
チョウヨウは呪縛から解放されるや否や、タンゴに駆け寄り、その手をしっかりと握った。彼女の口はわなわな震え、とめどない涙で、その頬は薄いピンク色に染まっていった。男勝りの娘が頑なに抑えていた感情の蓋が一気に開いた瞬間だった。
「幼馴染みを取られちゃいそうだね」
その場にへたり込んだナナクサの横で、いつの間にか合流したミソカがタンゴに寄り添うチョウヨウを見て屈託なく笑った。
*
タンゴの回復は目覚ましく、
この日からタンゴは少しだけ無口になり、大食いではなくなった。
崖下で足止めされていたパーティは、それから数日を経て、ようやくデイ・ウォークを再開した。
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