第113話 ホワイトデー

 荻原家の周囲には、八本の結界杭が打ち込まれた。


 作業を終えた結界設置班のおじさん……大杉おおすぎさんが、僕と樒に見取り図を差し出す。


「家の東西南北、北東、南東、南西、北西の八方向に杭を打ちました。これでたいていの霊的存在は入って来られません」


 たいてい?


「それじゃあ、入って来られる霊的存在もいるということですか?」


 僕の質問に、大杉さんは笑って答える。


「いることはいるけど、入れるのは死神ぐらいですよ」


 死神!? 


「事情は聞いていますよ。ハーちゃんとか言ったか? あれは死神じゃないですね。死者を惑わす悪神とか魔神のたぐいでしょう」

「そういうのって、多いのですか?」

「昔から、よくいるのですよ。亡者の魂をたぶらかして、悪霊化させちゃう奴が」


 悪霊!?


「よく悪霊っていうけど、不成仏霊が何もなしに悪霊化する事は滅多にないのですよ。たいていは、悪神や魔神にそそのかされて悪霊化するのです」


 では、ハーちゃんの目的は、最初から飯島露の悪霊化? しかし……


「悪神はなぜ、そんな事をするのですか?」

「さあ? それは悪神に聞いてみないと」


 まあ、聞いたところで素直に話すとは思えないけど……


 そして、問題の三月十四日の朝が来た。


「「おはようございます」」


 荻原家の玄関で僕たちを出迎えてくれたのは、荻原君のお母さん。


 疲れ切った顔をしている。


 僕たちが挨拶して名詞を差し出すと、突然樒の手を握りしめてきた。


「お願いします! どうか、息子を守って下さい」


 うわあ! 涙流しているよ。


 弱いんだな。こういうの……


「十六年間手塩にかけて育てた大事な息子です。それを幽霊なんかに……ううう」

「落ち着いて下さい、お母さん。そのために私たちが来たのです。息子さんはこの私、神森樒とその下僕が必ず守って見せます」


 こら! 誰が下僕だ!?


「それでお母さん。謝礼の件ですが……」

「えっへん!」

 

 咳払いした僕の方に樒が、ぎこちなく振り向く。


「やあねえ、優樹。なに咳払いしているのよ? 私が不正請求をするような女に見える?」

「見える」


 つーか、やりまくっていただろう!


「そんな事はしないから」


 樒は懐から請求書を取り出して、僕に見せた。


「ほら見て。正規の料金でしょ」


 確かに……


 お母さんは、請求書を見て目を丸くする。


「あの……たったこれだけで、よろしいのですか?」

「はい。昔は法外な謝礼を要求する悪質な霊能者もいましたが……」


 樒……それ、おまえのことやん。


「現在は、霊能者協会の方で、料金は一律に決められております。また、息子さんは高校生ですから学割もありますので、本来なら十二万円かかる結界設置費用も、今回は千二百円に押さえられています」


 わざわざ、元の料金なんか言わなくていい。


「私たちが来たからには、大船に乗ったつもりでまかせて下さい。幽霊なんか来たって、私たちが追い払います。もっとも、その前に幽霊がこの鉄壁の結界を突破できればの話ですがね」


 樒がそう言った直後、僕らの背後からそいつがやってきた。


「遊びに来たぞよ」


 振り向くと、そこにいたのは、浅黒い肌をしたおかっぱ頭の幼女!?


 ハーちゃん!


 どうやって結界を?

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