第107話 死神のスマホ

 僕は飯島露の近くに歩み寄った。


「こんにちは」


 飯島露はチラっと僕の方を向くと、すぐに興味を失い車の方に視線を戻す。


 無視しかとされちゃったよ。


「あのお」

「こいつのせいよ」


 不意に彼女は黒い車を指さした。


「え? どういう事ですか?」


 再び、彼女は僕の方を向いた。


「坊や。霊能者でしょ。だったら分かるわよね。あたしが幽霊だって」

「もちろん、分かりますが……」


 坊やじゃない!


「あたしは、ここで死んだのよ。でも、あたしが死んだのは、このアルファードのせいよ」


 この車、アルファードって言うのか。あんまり、車の種類って分からないから……しかし……


「僕の聞いた話では、ここで起きた事故は、バイクに乗っていた女の子がトラックに追突されたと……」

「トラックの運転手さんは悪くない。あたしが急に車線変更したのだから……それなのに、トラック運転手のおじさんは、涙を流してあたしの両親に謝っていた。あの人だって、子供ができたばかりで大変だって言うのに……」

「その時、何があったのですか?」

「あたしはこの道路でバイクを流していた。その時に、前を走っていた車が、急に車線変更したのよ。どうしたのだろう? と思ったら……」


 そこで彼女は、アルファードを指さした。


「こいつが、路上駐車していたのよ。慌ててあたしも車線変更したのだけど、すぐ後にトラックがいたのよね」

「お気の毒です」

「事故の原因は、こいつの路上駐車なのよ。それなのに、この車の運転手はさっさと逃げちゃったのよね」

「それは非道ひどいですね」

非道ひどいでしょ。この車の運転手、事故があった後も懲りずにここへ止めているのよね。何をしているのかと思ったら、近くの喫茶店で、パソコンを出して何か仕事をしているの。店には駐車場もあるのに、そこへ止めたがらないのよ」

「それは、けしからん奴ですね」


 けしからん奴だが……


「ですが、もしあなたが生きている人間を祟るのなら、我々としても除霊しないとならないのですが……」

「大丈夫。祟りなんてやらないわ。そんな事をしなくても、仕返しできるから……」

「どうやって?」

「死神にね。いい物をもらったの」

「死神? 死神が来たのですか?」


 人が死んだら、すぐに死神が迎えに来ると思われがちだが、実は死神も人手不足……いや神手不足のためにすぐには人の死に対応できない事が少なくない。


 だから、現世を彷徨さまよう霊が後を絶たないのだ。


 そんな彷徨える霊が、成仏するのをお手伝いするのが僕たち霊能者の仕事。


 しかし、死神が来たのなら、なぜ彼女を連れて行かなかったのだろう?


 その事を聞いてみると……


「あたしの死は予定になかった事態だったので、すぐに霊界には逝けないと言っていたわ」


 霊界の事情も複雑だな。


「霊は四十九日まで地上に止まれるそうなの。だから、それまでに霊界の受け入れ準備を整えるから、迎えに来るまでここで地縛霊やって待っていてと言われたのよ」

「そういう事でしたか」

「君はあたしを払いに来たの? そんな事をしなくても、近いうちに死神が迎えに来るから」

「それはいいのですが、さっき言った仕返しというのは?」


 すると彼女はポケットから、スマホを取り出した。


 霊は死んだときに身につけていた物を持っているものだ。だから、生前にスマホを持っていたのなら、スマホも持っているはずだが、それはスマホの形をしているだけの霊的物質で、スマホとしては機能しないはず……


「最初の死神が帰った後、すぐに二人目の死神が来て『待っている間、退屈だろうから』と言ってこれをくれたの」

「それは?」

「見ての通りスマホよ」

「でも、それはスマホの形をしているだけで、スマホとしての機能は無いはずでは……」

「あたしが元々持っていたスマホはそうだったけど、これは電話もかけられるし、メールも送れるし、ネットにもつながるの」


 という事は、そのスマホで毎日メールを送っていたのか。しかし、なんで死神はそんな物を彼女に与えたのだ?


「そして、写真も撮れるの。だから、このアルファードの写真を撮って、ネットに公開してやったのよ。『あたしはこいつの迷惑駐車のせいで死んだ幽霊です』というタイトルのスレを立ててね。ほとんどの人は信じなかったけど、一部の信じた人たちが、こいつを特定してくれたのよ。今頃こいつの家には抗議の手紙や、電話が殺到しているわ」


 まあ、それはこの運転手は自業自得だな。

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