第98話 キスマーク

「信じてほしいでちゅ。あるじは、二度と優樹君の前には現れないって」

「じゃあ、ヒョーの素顔の写真を見せてよ。そうしたら、信じる」

「う……それは……優樹君、意外と意地悪でちゅね」


 不意にネズ子は、僕のネクタイを引っ張る。


「放せ!」


 振り払おうとした途端、ネズ子はネズミの姿になった。


 そのまま、僕のネクタイを伝って頭の上に登り下駄箱の上にジャンプ。


「逃がすか!」


 樒が咄嗟とっさに猫を下駄箱の上に投げて追わせたが、すでに手遅れ。


 むなしく降りてきた猫を樒は抱き上げる。


「今日はもう無理ね」

「そうだね」

 


 ネズ子に逃げられた後、僕と樒は別れてそれぞれの教室へ向かった。


 それにしても、普段は遅刻ギリギリで来るから知らなかったけど、こんな時間に学校へ来ている人も少なくはないんだな。


 ほとんど、運動部の朝練のようだが……


「おはよう」


 教室に入ると、先に二人の生徒が来ていた。


 渡辺君と、女子生徒の司馬さんだ。


 僕が入った時、渡辺君はスマホを操作していて、司馬さんは窓際の席でノートパソコンに何かを打ち込んでいる。


 二人ともゲーム中かな?


 渡辺君がスマホを降ろして僕の方を向く。


「おはよう、社君。こんな早い時間に珍しいね」

「バイト先から直行したから」

「バイト先? ああ! 霊能者協会か。おや?」


 渡辺君が怪訝けげんな顔をする。


 どうしたのだろう?


「社君。ネクタイが曲がっているよ」

「え?」

 

 さっきネズ子に掴まれた時か。


「直して上げるよ」

 

 渡辺君は、席を立って僕のネクタイに手をかけた。


「ありがとう」


 不意に渡辺君は右を向く。


「司馬さん。勝手に僕たちの写真撮らないで」


 見ると、司馬さんがいつの間にかスマホを構えていた。


「ええ! せっかく美少年二人のツーショットなのに」

「やめないと、君のペンネームをばらすよ」

「それだけは、ご勘弁を」


 司馬さんはスマホをポケットに戻し、再び机についてパソコンを操作し始めた。


「ペンネームって? 司馬さんって、小説でも書いているの?」

「そうだよ」

「名前からして、歴史小説かな?」

「と、思うでしょ。彼女が書いているのはBL小説」


 い!


「あれ? 社君。ネクタイの裏に……」


 え?


「キスマークが」


 なぬ!?


 今まで、ネクタイに隠れていて気が付かなかったが、ワイシャツにキスマークがついていた。


 誰がこんな……て、ヒョーしかいない。


 なんちゅう事、してくれたんじゃ!


「え!? なに! なに! 渡辺君が、社君にキスマークを付けた」


 いつの間にか、司馬さんが渡辺君の背後からのぞき込んでいる。


「司馬さん。悪質なデマを流したら……」

「はいはい! 分かってます。それより、そのキスマークどうしたの?」

「バイト先で会った、変な人に付けられたのだと思うけど……」


 司馬さんがウエットテッシュで拭いてくれたが、全然落ちない。


「こりぁあ、ちゃんと洗濯しないとだめね」


 しょうがない。まだ、時間もあるし近所のコンビニへ走って、ワイシャツを買ってこよう。


 でも、お金足りるかな?


 財布の中に現金はほとんどなかった。


 ただ、昨日出かける前に母さんから渡されたパスモがあるが、いくら入金されているか分からない。


 とりあえず、スマホで母さんに聞いてみるか。


『パスモなら、二万チャージしてあるけど』


 良かった。


『それより、ワイシャツにキスマークって? 誰に付けられたの?』


 え? やば! 母さん怒ってる。


『樒ちゃんなら、許すけど……』

「その……呪殺師に捕まった時に……」


 手短に事情を話したところ……


『なんですって!』


 コワ……


 母さんがここまで怒るとは思わなかったな。


 電話を切ってから、僕は昇降口を出た。


 バイク置き場に向かって走る。


 途中、職員用駐車場の近くを通った時、赤いオープンカーが入ってくるのが目に入った。


 あれ? 運転しているのは、氷室先生。


 ちょうどいい。お礼を言いにいこう。


 でも、今行ったらキスマークを見られちゃうし……


 いや、ネクタイに隠れて見えないよね。


 今行かないと、職員室か教室じゃないと会えないし……


 僕は駐車場に入って行った。

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