第92話 活動限界

「結局、御神楽姉妹のケンカはそのまま収まらず、その間に私は対象を殺害したのだ」


 そりゃあ、芙蓉さんに取っては黒歴史だね。


 話したくないはずだ。


 しかも、これって姉妹喧嘩のために護衛に失敗したわけだから、協会に取って大失態だったはず。


「それにしても遅いな。早く来ないと、式神の活動限界を越えてしまうぞ」


 時計を見ると、芙蓉さんの式神が使えるのは後八分。


 でも、それはヒョーも同じはず。


「そうか。さては権堂のジジイがごねているな」

「権堂さんが?」

「あれを見なさい」


 ヒョーはライトを点けて、金塊の置いてある棚を照らした。


「綺麗だろ」

「ええ。金塊ですね。これが何か?」

「権堂は、あれを見られたくないのだよ」


 なんで? と聞こうとした時、大きな水音が聞こえた。


 音の方を見ると、水没した出入り口から芙蓉さんの式神が出てくるところ。


「優樹君! 遅くなってごめん。権堂さんから、ここに入る許可がなかなか出なくて」

「芙蓉さん」

「ここで見たものは他言無用という条件で、やっと入る許可をもらったわ」

「他言無用?」

「優樹君も、ここで見た事は、誰にも言っちゃダメよ」


 言いませんけど……なんでだろう?


「ははははは! やっと来たか。御神楽芙蓉。待ちくたびれたぞ」


 ヒョーは、龍式神と虎式神を前面に出してきた。


「ヒョー。どういうつもり? こんなところで勝負しようなんて」

「この狭いところで、人質のいる状態では、おまえも満足に戦えまい」

「なんですって」


 ヒョーは、僕を背後から抱き上げた。


「五年前、おまえは人質をあっさり見捨てたな。だが、今度の人質はそうはいくまい。こんな可愛い優樹キュンを、見捨てる事ができるかな?」

「卑怯な」

「卑怯で結構。なにせ私は悪ですから。人質のいるこの狭い空間で、式神を派手に暴れさせたら、人質を巻き込む恐れがある。おまえの式神も、ここでは動きが鈍るだろうな」

「ちょっと待ちなさい。報告によると、あなたずいぶん優樹君に執心しているようだけど」

「それがどうかしたかね?」

「あなたの式神も派手に動き回れば、優樹君を巻き込んでしまうけど、それは良いの?」

「え?」


 ヒョーは、しばし考え込む。


「しまったあ! それを忘れていた」


 アホだ。この人……


「仕方ない。優樹キュンを巻き込まないように、そおっと戦おう」

「良いわよ」


 そして、三体の式神が戦いを始めた。


 僕を巻き込まないようにしているせいか、三体とも動きが鈍い。


 時計を見ると、活動限界まで残り三分。


 ウルトラマンなら、この時間で怪獣を倒せるけど……


「それにしても、御神楽芙蓉よ。おまえも、よほど優樹キュンに執心しているようだな」

「はあ? 別に執心はしてないわよ。ただ、私は責任者として彼を守る義務があるだけ」

「とぼけるな。おまえの姉は、ショタコンだったそうだな。という事は、妹のおまえも……」

「あああ! それ言っちゃだめえ!」

「ん? 優樹キョンどうかしたのかな?」

「今言ったこと、芙蓉さんの核地雷だから……」

「は? 核地雷? うわわわ!」


 突然、芙蓉さんの式神の動きが激しくなった。


 そうとう怒っている。


 虎式神の尻尾と後ろ足が長刀なぎなたで切られる。


 さらに残った胴体も、真っ二つにされた。


 虎式神は、光の粒子となって消滅する。


 続いて長刀を構え、龍式神に向かって突進。


 龍はその攻撃を辛うじて避けた。


 長刀は壁に刺さる。


 次の瞬間、轟音とともに壁が崩壊。


 大きな穴が開き、室内に朝日が差し込んできた。


 日の光を浴びて金塊がキラキラと輝く。


「ふ! 成功したな」


 背後でヒョーがつぶやく。


 成功ってどういう事だ?


 ヒョーは僕を床に降ろすと、懐からスマホを取り出してどこかに電話をかけた。


「私だ。標的には穴が開いた。これより撤収する」


 誰と話をしているんだろう?


「じゃあね。優樹キュン」


 そう言ってヒョーは、式神の憑代を床に叩き付けた。


いでよ。式神」


 憑代は、巨大な蛇に変化していった。


 これって、さっきの話に出てきた蛇式神!


 蛇は巨大な口を開くと、ヒョーはその中に飛び込む。


 ヒョーを飲み込むと、蛇は水没した出入り口から出て行った。


 芙蓉さんの式神はそれを追いかけようとしたが、龍に行く手をはばまれる。


 しばらく戦っているうちに、活動限界が来て二つの式神は消滅した。

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