第80話 怖い夢

 廊下の上にシュラフではあんまりだと言うことで、権堂氏は小さなテントを用意してくれた。


 案外いい人なのかも……


 でも、昔は地上げ屋をやっていたんだよな。


 だから、呪殺師から狙われる事になったのだし……


 なんて事を考えている間に、眠くなってきた。


 ………


 ……


 …


「優樹様。優樹様、起きて下さい」


 ん? 誰?


 目を開くと、目の前にいたのはミクちゃんのウサギ式神。


「どうした? ヒョーが出たのか?」

「いえ、そうではなくて……お休み中のところ大変申し訳ないのですが、あるじが危機的状況にありまして、助けてほしいと」

「ミクちゃんが、危機的状況!?」

「最初は樒様にお願いしようとしたのですが、樒様が部屋の中にいなくて」

「樒がいない? いったいどこへ?」

「このままでは手遅れになってしまいますので、優樹様にお願いしようと」

「手遅れ? いったい何が?」

「詳しくは、本人からお聞き下さい。テントの外で待っております」


 テントの外?


 僕はシュラフから抜け出すと、寝間着代わりのジャージの上から制服のブレザーを羽織はおってテントの外へ出た。


 廊下の薄明かりの中、赤いジャージ姿のミクちゃんがせっぱ詰まった顔で立っている。


「ミクちゃん! 何があった?」

「優樹君、お願いがあるの」

「どうした?」

「おトイレまで一緒に行って」

「…………」


 十分後。


 すっきりした顔でミクちゃんはトイレから出てきた。


「しかし、ミクちゃんは陰陽師だろ。オバケが怖いのかい?」

「オバケなんかちっとも怖くないけど、さっきすごく怖い夢を見て……一人で暗い廊下を行くのがすごく怖くなって」

「怖い夢? どんな?」

「なぜか、あたしは二百年後の太陽系外地球類似惑星にいて……」


 SFかい!


「怖い精神生命体に付け狙われて、拉致らちされちゃうの」

「精神生命体? そりゃあ陰陽師の能力では、どうにもならないか? いや、そういう状況でも、式神を召還すれば何とかなるのじゃ……」

「できないの」

「なぜ?」

「拉致される前に、町で買い物をしていたの。そうしたら、スリに式神用の憑代よりしろられて、式神を呼び出せなくなってしまうの。それでスリを必死で追いかけていたら、罠にはまって捕まってしまうの」

「それから?」

「そこで目が覚めたのだけど、怖くて震えが止まらなくて……」


 よく分からんが、かなり怖い夢だったようだな。可哀想に……


「大丈夫だよ。ただの夢だから。さあ、部屋に戻ろう」

「うん」


 ミクちゃんは僕のブレザーの裾を掴み、背後からついてきた。


「まだ怖いの?」

「うん」

「そういえば、樒が部屋にいなかったそうだね」

「うん」


 樒の奴、こんな時に何をしているんだろう?


「ねえ、優樹君。こんなところを樒ちゃんに見られたら、誤解されちゃうかな?」

「誤解って?」

「だから、優樹君があたしと付き合っていると思って、ケンカにならないかな?」

「あのねえ、ミクちゃん。僕と樒は、そういう関係じゃないから」

「違うの?」

「違う。あいつとは仕事の関係でコンビを組んでいるだけだし、家が近いけど別に幼なじみでもなく、単なる腐れ縁だから」

「でも、樒ちゃんは、優樹君の事好きなんだよ」

「そんなわけないだろ」

「だって、女の子は好きでもない人にキスなんかしないよ」


 う!


「そうなの?」

「そうだよ」


 樒は、僕が好きだったのか? いやいや、そんな事……でも、思い当たる事がいろいろと……


「ううん」

「優樹君は、樒ちゃんの事嫌いなの?」

「分からない」

「え?」

「正直、最近分からなくなってきた。以前なら、樒なんて大嫌いだったのに、最近はそうでもなくなってきた」

「ええ!? 嫌っていたの? なんで?」

「なんでって……なぜ、あいつが嫌われないと思うのかな?」

「あたし、樒ちゃん嫌いじゃないよ」

「たぶん、あいつはミクちゃんの前では、本性を見せた事がないのだと思う」

「本性?」

「樒は、仕事でいろいろと悪い事をしていたんだよ。仕事上の秘密だから、関係者以外に内容を話せないけど」

「悪いこと? でも、樒ちゃんいい人だよ」

「どこが? 態度でかいし、すぐ暴力ふるうし」

「ええ!? 樒ちゃんって、暴力ヒロインだったの?」

「そう。あいつは……」


 そこで僕は押し黙った。


 十メートルほど先、僕のテントの前に本人がいたからだ。


 ヤバい。今の会話聞かれたか?

 

 どうやら、樒はこっちに気が付いていないようだ。


 ただ、テントの中をのぞき込んでいる。


「樒。何をしているんだ?」


 樒はこっちを振り向いた。なんか、眠そうだな。


 いや、当然だ。本来寝ている時間だし、僕だってかなり眠い。


「優樹、それにミクちゃん。何をしているの?」

「トイレだよ。樒こそ、どうしたんだ?」

「いつまで待っても優樹が夜這いに来ないから、私の方から夜這いに」


 おい!


「冗談よ。冗談。するわけないでしょ」


 いや、普通なら冗談だと思うが、こいつは僕にキスしたり、尻をなで回したりした前科があるから……


「実は、寝る前に結界を治しておこうと思って、呪符じゅふを作っていたのよ」

「そんな物作れたの?」

「槿さんから習っていたからね」


 そういえば、前にそんな事を話していたな。


「作ったのはいいけど、もう私は眠くて限界」


 そう言って樒は、僕に呪符を五枚手渡した。


「私、もう寝るから、壊された結界杭の場所に、その呪符を貼って来て」


 え?


「僕に行けというのか!」

「他にいないじゃない。ミクちゃんに行かせる気?」

「いや、それは……」

「じゃあ、頼んだわよ」


 そのまま、樒は部屋に入っていく。


 こんな奴、絶対に好きにはならないぞ。  

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