第45話 誤解1

 携帯に着信があったのは、バス停でバスを待っている間のこと。


 電話をかけてきたのは芙蓉さん。


『もしもし。優樹君。今日も囮作戦は実行するのね?』

「はい。これからバスで八名駅へ向かうところです」

『本来はこんな事、霊能者の仕事じゃないけど、地縛霊に気持ちよく成仏してもらうには仕方ないわね。とにかく早く終わらせたいので、応援を一人送るわ』

「誰ですか?」

未来ミクちゃんよ』

「ミクちゃん!? ちょっと待って下さい! まさかミクちゃんに囮をさせる気ですか?」


 冗談じゃない。あんな小さな子が痴漢被害に遭ったりしたら、トラウマになるぞ。


『違うわよ。ミクちゃんには離れた場所に居ながらにして、式神を送ってもらうから』


 式神! あのウサギか。


『昨日は電車内に猫を放ったそうね。満員電車の中で黒猫が走り回る様子を、何人かの人に見られていたそうよ』


 え? そうだったの……


『動画サイトにも上がっているわ。だから、今回から猫は禁止。式神を使って』


 まあ確かに普通の人には見えない式神の方が適任だな。


「分かりました」


 通話を切った。


「お久しぶりです。社優樹様」

「わ! びっくりした」


 スマホをどけたら、そこにウサギがいたのに驚いて声を上げてしまった。もちろんただのウサギではない。


 ただのウサギが空中に浮遊していたり、人の言葉を喋ったりするはずがない。


 このウサギはミクちゃんの式神だ。


 式神は僕が手にしているスマホの上に、ちょこんと乗っかった。


 重さをまったく感じない。というより、式神には質量なんてないのだろうな。


 ウサギはスマホの上から僕を見上げた。


「社優樹様。びっくりしたのは僕の方ですよ。どうしたのです? そのお姿は」


 女装の事か……こいつが見ているという事は、ミクちゃんにも見られているのだろうな……


「これはだな……痴漢を捕まえるための囮で……」

「なるほど……しかし、わがあるじが僕の目からそのお姿を見て、笑い転げておりますぞ」


 くっそー!


「それはそうと我が主が電話で話したいそうなので、今から主に電話をかけてもらえませんか」


 電話? それなら、芙蓉さんの後に電話を代わって貰えばいいのに……


「ミクちゃんは、芙蓉さんのところに居るんじゃないのか?」

「いいえ。主は神森樒さまの部屋におります」


 樒の部屋? 見舞いかな?


 ウサギの言う電話番号に電話をかけた。


 呼び出し音の後、ミクちゃんの声が……


『もしもし、優樹君。ひどいよ! 樒ちゃんを泣かせるなんて』


 は? 樒が泣いている?


「ちょっと待って。樒は泣いているの?」


 あの樒が泣くなんて、信じられん。


『泣いているよ。優樹君に『ウザい』って言われたって』


 はあ? そんな事言ったっけ? いや、思っていたって、そんな事面と向かって言わんぞ。そもそもあの怪力女を怒らせるような事を言っては、僕の身が危ないじゃないか。


 ていうか、樒って『ウザい』と言われて泣くような女か?


『え? 言っていないの?』

「言うわけないだろう。そんな事」

『じゃあ、樒ちゃんの事をウザいとは思っていないの?』

「思っていない」

『じゃあ愛しているの?』

「それはない」

『ん? 樒ちゃんの勘違いかな? じゃあもう一度樒ちゃんに聞いてみるね』


 電話が切れた。


 いったい何だったんだ?


 バスが来たのはちょうどその時だった。




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