第34話  謎の美少女の噂

「優樹君には、申し訳無いことをしたわ」


 芙蓉さんがそう言って僕に詫びたのは翌日、霊能者協会西東京支部での事。


「優樹君には?」


 僕の横で、樒が不満そうな顔をしてボソっと呟く。


「樒さんにも、申し訳ない事をしたわ。まさか、姉が強制修行場を脱走していたなんて」


 霊能者協会上層部は、脱走者が出た事を内密に処理したかったらしい。

 だから、身内である芙蓉さんにも、槿さんが脱走したという情報は伝わっていなかった。

 一方、通りすがりの巫女が樒ではないかと疑っていた芙蓉さんは、なんとかこの事件を自分の手の内で収めようとしていた。

 この事が、上層部に知られたら樒が強制修行場送りになるのは間違えないので……

 それぞれの思惑で情報を隠蔽していた結果、解決を遅らせる事になってしまったわけだ。


「それで、ずっと私を疑っていたのですね」

「ごめんなさい」


 芙蓉さんは樒に頭を下げた。


「まったくもう。ごめんで済んだらチョコパフェはいらないんですからね。チョコパフェは」


 チョコパフェで治るこいつの機嫌も安いな。


「もちろん、マイヤーズカフェの特大チョコパフェですよ」


 安くなかった。


「樒。特大チョコパフェって、まさかまた僕を付き合わせる気か?」

「当たり前よ。あんただって被害者よ。槿さんにセクハラされた補償を要求してもいいはずよ」


 できれば補償は、別のものがいいのだけど……


「樒さん。残念だけど、マイヤーズカフェは暫くお休みするそうです」

「ええ!? なんでえ?」

「店長さんが心労で倒れちゃったのです。せっかく開店したお店を、あんなにされちゃったので」


 一応、壊したものの弁償と、店長への見舞金は協会の方から支払われる事になったらしいが……


「ところで芙蓉さん。なんで、あの店が槿さんに狙われているって分かったのですか? 通報はなかったのですよね?」


 ネットにあった書きこみも、僕達が店に入った日のもの。だけど、芙蓉さんは、あの店に前日から目星をつけていた。


「今までの、被害からパターンが見えてきていたのです。そのパターンから、次に狙われそうな場所をいくつかピックアップしていたのですよ。マイヤーズカフェはその一つでした。それで私が直接出向いたところ、ちょうど騒霊現象ポルターガイストが起きた直後でした」


 その時点でマイヤーズカフェの惨状はひどいもので、とても営業できる状態ではなかった。

 客を装って訪れた芙蓉さんにも、一週間は営業できないと店長は言ったのだが、巫女が現れる現場を押さえたい芙蓉さんは、前金を渡して翌日の予約を取り、無理に店を開いてもらったのだ。

 店の家具が傷だらけだったのはそのせい。


 芙蓉さんが僕を呼びつけたのは、店から帰ってからの事。


 翌日は樒をぴったりマークしているように言うつもりだったのだが、オフ会があることを知って、それを利用する事にしたというのだ。


「その後はいろいろと偶然が重なってしまったけど、マイヤーズカフェに樒さんを招待するのは最初の予定通り。当初はオフ会が終わる頃合いに電話をかけて、慰労会という名目で誘い出すつもりでした。もし、樒さんがくだんの巫女なら、店の名前を聞いたら断るはずです。しかし、断らなかった」


 巫女は樒ではなく別にいるのではないか?


 芙蓉さんが、そう思ったとき、協会本部から槿さん脱走したという知らせが届いた。

 

 では、通りすがりの巫女の正体が樒ではなくて、姉ではないのか?


 芙蓉さんは、僕にその事を伝えようと電話をした。

 そしたら、電話した先で僕が槿さんと対面していたわけだ。


「姉だけならまだしも、一緒に逃げている人間が電気人間と言われていたエラ・アレンスキー。電気や磁気を操る超能力者として日本のオカルト雑誌でも紹介された少女ですが、とても残忍な性格の持ち主で、超能力使った凶悪犯罪を繰り返していました。そんな人が近くにいたら、優樹君の身が危ないと思ってあの時は『逃げて』と……」

「それに関しては、槿さんがエラを止めてくれていたみたいですね」

「優樹君! ダメよ。そんな事で姉に感謝なんかしては」

「え?」

「それは、自分に対して好意を抱かせようという姉の策略です」

「あの……どういうことでしょうか?」

「エラは超能力を持っていますが、力は普通の女の子。いくら優樹君が軽いからと言って、一人で君の身体を天井から吊るせると思いますか?」

「ええっと……」

「姉と二人がかりでないとできません。姉が目を離している隙に、エラが勝手にやったように見せかけていたようですが、実際は姉も手を貸していたはずです。もちろん、姉が止めなければエラは君を殺していたかも知れないけど、姉は決して良い人ではありません。妹の私が言うのだから間違えありません。エラが君を痛めつけているところへ姉が部屋に駆け込んで止めたようですが、恐らく姉はエラと打ち合せた上で、扉の向こうに待機していたはずです」

「そ……そこまでやるかな?」


 横を見ると、樒も頷いていた。


「そういう人なのよ。槿さんって」

「たかが、ドバイに行くという事を信じさせるためにそこまで……」

「いやいや、あの人、優樹には優しいお姉さんと思わせておきたかったのよ」

「どうして?」

「そんなの、優樹に嫌われたくないからに決まっているでしょ。この色男」

「優樹君も、姉に好かれたって迷惑なだけです。歳の差もそうだけど、優樹君が気絶している間に、あんな可愛い……いやいや恥ずかしい写真を撮ったりするような人なんて嫌よね。まったく、我が姉ながら情けない」


 不意に樒が怪訝な表情をした。


「芙蓉さん。今の言い方、まるで優樹の女装写真を見たみたいに聞こえるけど」

「え? 見たけど」


 なぬ!?


「どうやって? 大元のデータカードは破壊したわよ。その前にエラがネットに保存したそうだけど、オンラインストレージでは見られないでしょ」

「オンラインストレージ? 違うわよ。保存したのはSNSで、誰でも閲覧できるようになっているわよ」


 なんですとう!?


「知らなかったの?」


 いや、確かにエラはネットに保存したと言っていたが、オンラインストレージとは言っていない。オンラインストレージと思ったのは、僕の希望的な予測であって、実際に保存されたのは……


 芙蓉さん差し出したタブレットには、赤いワンピースを纏い、目を閉じてソファにもたれかかっている少女の写真があった。ヘアピースで髪型を変えているが、その顔は紛れもなく僕……


「他にこんな写真も」

 

 メイド服を纏い、槿さんに抱きかかえられている僕の写真に変わった。


「おおおお! 可愛い!」


 隣で樒が興奮している。


「優樹! もう一度これ着て! 服はミクちゃんが、持っているはずだから」

「絶対にヤダ!」

「ごめんね。優樹君。削除依頼は出しているのだけど、まだ時間がかかるみたいなの」

「削除依頼? ではその前に……」

「保存するなあ!」

 

 スマホの操作を始めた樒の手を僕は慌てて抑える。


 画像が削除されたのは、それから数時間後。


 だが、その間にかなり多くの人に閲覧されてしまった。


 翌日、学校に行くと謎の美少女の噂が立っていた。


 今のところ、それを僕と結びつける人はいない。


 今のところは……


(「通りすがり巫女」終了)

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