第33話 データカード争奪戦

 振り下ろした特殊警棒は空を切った。 

 槿むくげさんは自ら後に倒れる事によって僕の攻撃を躱したのだ。

 特殊警棒は、虚しくアスファルトを叩く。


「危なかった」


 槿さんは路面に倒れた状態で、デジカメを胸の当たりに抱えていた。


「危なかったですね。槿さん」

「ええ」

「それ危険だから、私が預かっておきますね」

「ああ、ありがとう」


 槿さんは、声の主にデジカメを渡した。


「え? 今、私誰にデジカメを渡したの?」


 槿さんが起き上がって振り向くと、デジカメを持った樒がニヤニヤと笑っていっていた。


「樒ちゃん、返しなさい」

「はい。返します」


 樒はあっさりデジカメを返した。本体だけを……


「カードも返しなさい!」


 本体を返す前に樒はデータカードを抜き取っていたのだ。後はこれを、地面に叩き付けて踏みつぶせば……


「このカードには、児童ポルノ禁止法違反の画像が入っている可能性がありますので没収いたします」

「そんな、いかがわしい画像は入っていないわよ!」

「いや、分かりませんね。槿さんの事ですから、優樹を女装させただけとは思えません。裸にして悪戯した可能性もありますから」

「そんな事はしていないわよ!」

「槿さん。僕にそんな事をしたのですか?」


 槿さんは、慌てて僕の方を向いて首をぶんぶんと横に振る。


「やってないわよ! 樒ちゃんのデマに決まっているでしょう」

「とにかく、カードは没収します。樒、そのカード壊しちゃって」


 槿さんは慌てて樒の方を向く。


「樒ちゃん。壊しちゃだめよ。私から受けた恩を忘れたと言うの?」

「はい。忘れました」

「……」

「ただし、殴られたり、罵られたり、報酬の上前をはねられた恨みはきっちり覚えておりますので」

「……それは……全部あなたのためにやった事で……」

「全部自分のためでしょ」

「……」

 

 槿さんは黙り込んだ。


「樒! 早くそのカードを壊して」

「いや、壊す前に中身を確認しないと」


 え?


「本当にこの中にけしからん画像が入っているか、確認する必要があるので、これから家に持ち帰って中身を確認してくるわ」

「おい樒。確認なんて必要ないだろう」

「いやいや……確認は必要よ」

「樒!」

「確認してから、壊すわよ」

「そうじゃなくて、前!」

「え?」


 樒が前を向くのと、金縛りの解けたエラがつかみかかってくるのと同時だった。


「この大女め! よくも、私に変な術をかけてくれたな」

「ピッキャアアアア!」


 樒が電撃を食らっている。助けないと……


「でええい!」


 僕は大きくジャンプして、警棒をエラの脳天に振り下ろした。


「ぎゃあ!」

 

 そのままエラは路面に倒れる。死んでないよね?

 だが、樒もそのまま倒れてしまった。


 倒れた樒に槿さんが駆け寄りガードを取られてしまう。


「ほほほ。取り返したわ」

「槿さん。そのカード。エラの電撃食らったけど……」

「え?」


 槿さんはデジカメにカードを差し込んで確認した。


「ああ! データが全部壊れている!」


 やったあ! これで恥ずかしい映像は消えた。


「この馬鹿女! 少しは手加減しなさい」


 槿さんは倒れているエラを蹴りつける。


「痛たた。どうした?」


 エラがむっくりと起き上った。


「どうしたじゃないわよ! あんたの電撃で、データが消えちゃったわよ」

「心配するな。あのデータはすでにネットに保存してある」


 え? という事はオンラインストレージに……


「次の落ち着き先が決まったら。ゆっくり回収すればいい」

「そうね」


 冗談じゃない! 削除させないと……


「そいつは無理だな」


 その野太い声がかかったときに初めて気が付いた。僕達はカーキ色の制服に身を包んだ屈強な男達に囲まれている事に。

 屈強な男達に混じって、僧侶や修験者、巫女姿の人達もいる。


 この人達って?


 バスストップには、この人達が乗ってきたと思われる車が数台止まっていた。


「おのれ!」


 エラが電撃を使おうとするが、巫女が何かの術を使った途端に動きが硬直してしまった。


 尼僧が槿さんの前に進み出る。


「我々は霊能者協会警備隊の者です」

「そんな事は、見れば分かるわよ」


 僕は警備隊を見るの、初めてだけど……


「それは話が早いですね。それで御神楽みかぐら 槿むくげさん、エラ・アレンスキーさん。あなた達を強制修行施設に連行します。無駄な抵抗はしないように」

「この状況で抵抗するほど馬鹿じゃないわよ。それで、私はどの車に乗ればいいの?」

「車? いえ、あなた達はあれで護送します」


 尼僧が空を指さした。

 指さした先の空にヘリコプターが飛んでいる。

 それを見た槿さんの顔が青ざめた。


「冗談でしょ?」

「いいえ。今回はヘリコプターに乗せて可及的速やかに連行せよとの事で」

「止めてよ。私は高所恐怖症なのよ」

「もう決まった事ですから」

「人権侵害よ。訴えてやるわ」

「協会支部長までお勤めになったお方が今更何を仰っているのですか。協会内で起きた事は、超法規的処置で片づける事になっているでしょ。あなたもやっていたじゃないですか」

「いや! お願い! 車で運んで! ヘリコプターは嫌!」


 槿さんの叫びも空しく、ヘリコプターに二人は押し込められた。

 そのまま、飛び去って行くヘリコプターを僕と樒は見送る。


「ところでさ、エラはデータをどこに保存したのかしら?」


 樒が呟いたのは、ヘリコプターは山の陰に消えたとき。


 しまった! 聞き出すのを忘れていた。


 まあ、いいか。オンラインストレージに保存されたのなら、誰にも見られる事はないだろう。

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