5

「……け、警察!……警察に電話!!!」


 ケツポケットから慌てて携帯電話を取り出し電源ボタンを押そうとするオレの左腕を、夏見が掴む。


「ちょ、ちょっと待て!!!け……警察に電話したら、持田が!持田が疑われないか?」


「何、言ってんだよ!?むしろ隠した方が怪しいだろ!?」


 ビビりすぎて判断能力を失ったのか?血相を変えて眼を見開く夏見の手を振りほどいて、オレは再び携帯電話の「緊急電話」のボタンを押そうとした。


「まっ!待てよ!!!」


 夏見がオレの手から携帯電話をひったくろうとして、揉み合いになった。夏見がオレの腕を物凄い力で抑え込み、顔をぐっと近づけて囁くように言った。


「ノーマさんに……。まずは、この状況をノーマさんに相談させてくれ」


「ノーマさんじゃ、この状況、処理するの無理だろ!?絶対パニック起すぜ?余計ややこしくなるって!」


 夏見は、反論するオレの顔をじっと見つめたまま微動だにしなかった。

 しばらくの沈黙の後、夏見がゆっくりと口を動かす。


「でも……オレは持田を……fake You?を守らなきゃならないんだ」


「夏見……」


 夏見の真剣な眼差しから、何を話しても無駄だと感じたオレは、これ以上何も言えなかった。


「もしもし……夏見です。ノーマさん?今いいですか?」


 夏見が背を向けて携帯電話でノーマさんに連絡を取り始めた。

 ここで琉華ちゃんをずっと放置していることを思い出す。オレが焦って辺りを見回すと、、琉華ちゃんはイアンの横で、赤ん坊の絞殺体を黙って見降ろしていた。


「琉華ちゃん!見ちゃだめだ……」


 オレは琉華ちゃんの横に駆け寄ると背後から手で彼女に目隠しをした。

 今目隠しをしてももう遅いのは分かっていたが、オレはそうせずにはいられなかった。




 ロニー事務所の女帝、エミー・F・篠崎の命令で持田は急な病気療養ということになった。

 夏見とオレは、及び腰になりながらも赤ん坊の遺体をバスタオルにくるんで事務所に持ち帰ることになった。

 持田の部屋を早々に出て、エレベーターに乗り込む。

 オレたちが地下のボタンを押した後で、イアンはそうすることが当然とでも言うように、何も言わずに1階のボタンを押した。その瞬間、


「……君はどこ行くの?」


 琉華ちゃんがイアンに問いかけた。


「どこって……」


 イアンが言葉を詰らせた。最新式のエレベーターが静かに猛スピードで降りて行く。


「家に帰ります」


「一人で?」


「一人で」


「あなたは何しにここに来たの?」


「何って……」


 再びイアンが言葉に詰まる。エレベーターが1階に着く。扉が開いたが、琉華ちゃんに腕を掴まれていたイアンは外には出なかった。


「あなたがあの赤ん坊を殺したの?」


「………………」


「……あなたも一緒に来て」


 琉華ちゃんが怖い顔をしてイアンを睨んでいた。

 オレは黙って「閉まる」ボタンを押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リアル・ミー 江野ふう @10nights-dreams

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ