第49話 マクスウェル、まだゴールじゃない


 頬がヒリヒリする。

 聖女のビンタって痛いんだな。


 って、そんなこと考えてる場合か、俺。


ご主人マスター!?」

「ぅぅ、ジーク、平気だ、大丈夫……」


 殴られた俺のもとへジークが駆け寄ってきて、心配そうに見つめてくる。


 やっぱり、優しい奴だ。


 ただ、俺は彼ではなく、涙目のマリーが俺のことを睨みつけていることに気が向いて仕方がないが。


 それにしても、マリーの感情が読み取れない。


 泣きながら怒っていらっしゃる?

 どうしてだ?


「マリー、何を……」


「ぜーんぶハズレよ、馬鹿! よくそれで自分のこと勘が鋭いなんて言えたわね! ノーコメントっていうのは、聖女としてマックスとずっと一緒にいたいくらい、一緒のいるのが楽しいなんて言えないからよ! それなのに、一晩考えた答えがソレ?! 何透かした顔して立ち去ろうとしてんのよ、馬鹿、ぁ!」


 ーーベチンッ


「痛っ?!」


 また叩かれた。


 これはマリーの心からの叫び?

 この全てが彼女の本当の感情の奔流だと?


 彼女は彼女自身の感情と本能にしたがって、楽しいな、と感じるから俺と一緒にいてくれたのか。


 なんてこった。


 それを全く逆に読み違えた末に、推理を明かす名探偵がごとく思考を披露して、ご褒美を……じゃなくて怒りのビンタをぺちぺち食らうとは。


 あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうだ。

 熱い、悶え死にたい。


「マリー……ごめん、えっと、これからもよろしく……?」


 慎重に言葉を選ぶ。


「うぅ、本当によろしくだわ、馬鹿! だから聖女に釣り合わないなんて言わないで、わたしたちは…………ほら、幼馴染にして、親友じゃない!」

「っ!」


 親友だと!


 何という事だ。

 ここ最近『聖女の騎士』に大昇進したというのに、さらなる大昇格をしてしまったぞ。

 いやはや、もうこれはゴールと言ってもいい。

 現実的にこれ以上の関係の向上がない、俺が得られる可能性の話では、この親友ポジションは【施しの聖女】にもっとも近い特等席だ。


 俺は夢見心地で、マリーが泣き止むまでぺちぺちされ続けた。



 その後、泣きやんだマリーと、夢のような飛躍にふわふわした心持ちの俺は、この晩、花見をすごく楽しむこととなった。



 マリーと2人。

 夜桜を見上げて芝の上に隣あって寝転がり、たまにほっぺたを彼女につつかれる。


「えへへ、楽しいね、マックス♪」

「ほわぁ……ハッ! そ、そうだね、マリー。俺も今、すっごく楽しいよ」


 横でケラケラと笑うマリーを見つめて、今朝けさでは考えられない幸福のインフレーションに寿命が伸びるのを感じながら、俺たちはいつまでも笑いあった。


 ただ、まわりのチンピラ騎士ども、ジークタリアス聖女ファンからの視線が怖かった。



 第四章 春桜の安泰 〜完〜


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