第31話 極刑と猶予 後編


 扉の近くで2人の神殿騎士がいる。


 俺はベッドのうえの息の細い、全身に酷い怪我を負ったオーウェンに、声を静かに質問した。


「アインはもう神殿地下に連れてかれたよ」

「そうか……俺は怪我の具合のおかげで、まだ柔らかいベッドに眠れているんだな……」


 オーウェンは大きくを息を吸いこみ、俺の顔を蒼瞳でじっと見つめてくる。


「まずは……本当にすまなかった、マックス。そして、ありがとう、生きていてくれて。帰ってきてくれて」

「…………オーウェン、俺、まだ、よくわかってないんだ。俺を追放したのは、あの女の子をパーティに入れたいだけの理由だったのか?」


 神殿にくる前、アインが連行されるかたわらで、悲しそうな顔をしていた茶色い巻き髪の少女。珍しいスキル持ちで、俺の後にはいったメンバーらしい。


「それもひとつある。5人の強力な魔術師からなる『氷結界魔術団』とくらべて、『英雄クラン』には対応力が低すぎたからな。それを補うためには、デイジーのスキルはありがたいものだ。……ただな、もちろんそんな事は理由じゃない。単純な理由と、単純じゃない理由……今はとりあえず、この二つの理由がある」


 オーウェンは二つ立てた指を、ひとつ折り曲げて、ザラザラと雑音の混じる呼吸をひとつ大きくしてから先を続ける。


「単純じゃない理由から……マックス、俺はお前がマリーを好きなことはとっくに気づいているがーー」

「ちょ、待てよ、な、なんで、そういう話になるんだ……?」


 不意をつかれて、どもりながらオーウェンに静止をかける。


「わからないか。マリーが魅力的すぎる聖女なことが理由だ」


「……はぁ?」


「アインはマリーが自分のことに惚れていると確信してた。どうしてかーー【英雄】だからだ。特級クラスをさずかったマリーが運命的に自分のパーティに入ってきた。それも、数合わせのような【運び屋】を連れて。アインはパーティ結成当初から、自分とマリーが結ばれる運命にあると信じて疑っていなかったんだ。だが、なかなか事が上手く運ばない。あろうことか【運び屋】が、心優しい聖女のおせっかい焼きな気持ちを一身に受けているせいだ、とアインは考えた。本人に聞いてもたぶん黙るし、こんな恥ずかしいこと自白できるわけもないから、俺が言うが…………アインはな、マックスを排除する事でマリーの気苦労を減らそうと考えてたんだ」


「なんだよそれ。マリーのためにやったって言うのか? 押し倒して道端で犯そうとしたのもそれが本当に正しいと信じて? 頭イカれて…………いや、やっぱり狂ってないか?」


 一旦考え直しても、頭がおかしいとしか形容ができない。


「信じる正しさとは、得手えてして他人からは″間違っている″としか認識されない。正義の対立はだからこそ起こる。言葉を重ねる十分な時間と、機会があればいくらか緩和できるが……後者の獲得は困難だ。特に【クラス】に差があるだけで、な。少なくともアインは″悪いことをした自覚がない″。あいつは正義を信じて、泥を飲んだつもりなんだ」


「……どれだけ話しても、俺の答えは、ふざけんなじゃね、だよ、オーウェン。だってその方法が仲間だった俺を、崖から突き落とすことなんだろ?」

「…………まあ、そうなるな。アインを恨むな。崖から落とすのを提案したのは俺だ」


 ますます、わからない。


 アインはマリーと両思いだと勘違いしてて、俺が迷惑をかけて足を引っ張ってると思っていた。

 実際に当時は足を引っ張ってたので、あまり掘り返さないが、だとしら、煙たがっていたのは、アインの方なんじゃないのか?


 そもそも、どうしてオーウェンはアインに協力したのだろう。


「それは、アインと共に抱いていた″単純な方の理由″だ。マックス、お前は弱すぎた。どれだけ時間を与えても強くなる見込みはなく、このままズルズルと関係を続けていくなら、どこかで断ち切ったほうがいいと、俺も、アインも考えていた。……ただ、お前はもう変わった。俺たちは、友人の言葉をしんじれず、仲間の可能性を見守ってやれなかった。ただ、それだけの愚かで、陳腐ちんぷで、単純な、理由だよ」


「……」

 

 アインがマリーとの関係を勝手に勘違いしたのは、腹ただしい以外の感情を抱きにくいが、俺自身が弱いのにドラゴン級にしがみつき続けたことにも、事態の多くの理由があると思うと、アインとオーウェンを全面から責める気は削がれた。


 仲間の可能性を見守ってやれなかった、か。


 もし俺がオーウェンの立場だったら、15レベル差がついたら生物が違うと呼ばれるなかで、100レベル以上も差がついた仲間を、必ず強くなると信じて、保証のない時間を待ってやれるだろうか?


 何ヶ月も、何年も?


 それも見込みの薄い雑魚スキルと雑魚クラスの仲間をだ。


 俺は″保証のない時間″がどれほど苦しいものかは、深く理解している。


 俺はその辛さを知っていながら、オーウェンとアインにだけは「そこは待ってくれよ!」なんて軽薄に弾劾することができるのか?


「……いや、でも、崖から落とすのを提案するって、オーウェン、そもそもお前、相当に俺のことが嫌いだったんじゃないのか?」

「マックス、その件に関しては本当に申し訳ないと思っている。もし言い訳をさせてもらえるなら、俺にはと、言わせてくれ」

「確証なんて……川に落ちるのがわかってたとか? それでも10回に9回は死ぬ高さだぜ?」


「マックス、お前、本当は″2年間″過ごしてきたんだろう?」


「ッ!」


 質問に質問で返すな、と叫びたくなったが、俺はオーウェンが発した言葉に固まり、なにひとつ声を返すことが出来なかった。


 脳裏をよぎる痺れ。

 

 なんで、話してもないのに、2年、なんて時間がでてくる……?


「マックス、俺はその

「っ、どういうこと、だよ? やっぱりあれは頭のおかしくなった俺の勘違いじゃないのか?」

「どうだかな。現実にジークタリアスでは3ヶ月しか経過していないことだけは多数の側の認識だ」


「オーウェン、お前…………何か知ってるのか?」


「マックスが期待してるような事は知らない。ただ、わかって欲しいのは、俺はお前に死んでほしくて崖から突き落とすことを提案したんじゃないってことだ。だから、何度でも謝るし、明日の審問でどんな罪も受けいれるつもりでいるーー死刑しけい以外はな」


「……ふざけんなよ、そんなに反省するくらいだったら、なんで崖から突き落とすなんてことしたんだよ……本当に……クソッ!」


 オーウェンへ抱いていた怒りが、彼の消極的な態度に鎮静化されていくのが悔しかった。


 どうせなら、傍若無人のアインみたいに、被害者の俺がどこまで恨んでも、誰からも文句言われないように、反省なんて知らない態度でいて欲しかった。


 そうすれば、俺は自分の怒りの全て、積年した苦しみの代価を躊躇なく払わせようと思えるのに。


 弱ったオーウェンを眺めながら、俺は彼をズルい男だと感じていた。


 自分のやった事から逃げるな。


 どんな罪だって受けいれる?

 なら、そんな許してほしそうな、心の底から謝りたいような、仕方なくやった、みたいなスタンスを取るなよ!


 本当に、本当に、ズルい奴だよ、お前は。


「オーウェン、何が目的かわからないが、俺はお前を許さないし、アインだって絶対に許さない」

「……そうだな。許されるべきじゃない」


 オーウェンは淡白に肯定して、安らかな顔で俺を見つめてくる。


 俺はそんなオーウェンの事が許せなくて、やり込められているような気がしてならなくて、無性に腹がたちーーぶん殴ることにした。


「ぐふっ!」

「っ、マクスウェル! 何してる!」


 慌てて駆け寄ってくる神殿騎士たち。


「大丈夫だ、これはけじめってやつだろ。一発くらいなら女神様だって許してくれる」

「いや、そういう問題じゃないくてだな……」


 頬を押さえるオーウェンを尻目に、俺は部屋をあとにした。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 昨晩の記憶から帰還して、中央広場の静かさが戻ってくる。


 いいさ。

 今すぐオーメンヴァイムにぶち込まれなくても。


 その代わりに俺はここで赤裸々に全部語ってやる。


 オーウェンとアインがどれだけ狭量な奴らなのか。

 魔剣士だなんてイキがっているけれど、内心はライバルのパーティにどんなことを思っていたのか。


 そして、最も腹立たしい紅瞳の魔剣士が、マリーにどんな劣悪な感情を抱いていたのかーーあいつにとっては、必然的な運命、運命を邪魔する悪しき【運び屋】を駆除する英雄譚の一節を話してやる。


 2人に執行猶予を科した理由は、そのすべてを、市民のまえで語らせくれる事への手前金のようなものだ。


 質問してきた男のほうを向いて俺は口を開く。


 俺の嬉々として糾弾に、市民たちはやや引き気味だったが、それ以上に彼らは、今まで自分たちが見上げてきた英雄たちが、えらく″普通の人間″なことと、″醜い感情″を正義と信じていだく、おぞましい勘違い生物であることにドン引きして、おおきな失望を抱いているようであった。


「だとしたら、刑務所のなかにいることなんて、こいつらにとってむしろ望むべき事だろ? この偽物の英雄たちは、民衆の目にさらされている事こそが、罪の清算としてふさわしいはずだ、そうだろうッ?」


 俺の弁舌に皆は納得したようにうなづき「なるほどな、クソ野郎どもがどうなるか見守るのもアリだな」と共通の認識をもって笑みをうかべはじめた。


「すげぇな、マックス、ちょっと鳥肌たったぞ」

「なんつーか、崖から落とされて一皮むけたっていうのか……壮絶だな」

「復讐心の塊なんだろ。オーメンヴァイムに入るよりえげつねぇ罰だぜ、こりゃ」

「執行猶予、なのかこれ? かわいそうに、もうあいつらどこにも逃げれないじゃん。この街の出入り制限が掛かるんだし」


 同情の声があがるなかで、卵やら、畑の肥料やらぶつけられて汚れきり、酷い有様になったアインとオーウェンが、のっそりと顔をあげる。


 今後の彼らの態度次第では、いつでもオーメンヴァイムにたたきこめるよう、聖女の絶対の味方である神殿にお願いしてあるので、まぁ、とりあえずは今はこれくらいを落とし所にするとしようか。


「では、最後にアイン・ブリーチより名誉ある特級クラス【英雄】の剥奪、また犯罪者らには″罪人の烙印″を刻む処分をくだす。では、これにて審問会を閉廷する」


 審問官の木づちを打ち鳴らす音が、中央広場に響き渡り、アインとオーウェンのまえに、真っ赤に火照ったこてをもった神官が進みでる。


 特異な力で、魂に刻みつけられる、この不名誉の極みは、どんな治癒でも癒す事はできず、一生の″見えない足枷″として当事者の運命を大きく変える。


 アインは鼻水と涙で顔を汚し恐怖にふるえる。

 オーウェンは静かに赤熱を見つめるばかりだ。


 その日は、かつて英雄だった2人の首筋に、罪人の烙印が刻まれるという、前代未聞の判決がくだされた日となった。


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 アインは第五章で″裁ききる″ので少々お待ちください

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