01-3.王都ライデン
「メイヴィス、お前はなにを隠しているのだ」
ニコラスの言葉にメイヴィスはなにも言い返せなかった。
……打ち明けても信用を得ることができるような話ではない。
エドワルドが転生魔法を発動させたということに関しては確信がある。しかし、その証拠を差し出せと言われてもなにも出すことができない。なぜ、エドワルドが禁忌に手を染めたのかをメイヴィスは知らない。前世でのメイヴィスの死後、エドワルドの身になにが起きたのかを知らない。それでも確実に変わって来てしまっていることがある。それが転生魔法を発動させたことによる影響を受けている可能性が高いだろう。
それを打ち明けたところで信用はされないだろう。
精神状態を疑われるだけかもしれない。
……そのようなことはわかっていたのに。
覚悟を決めたつもりだった。
それなのにもかかわらず、ニコラスの目の前に座っていると気持ちが揺らいでしまう。
「……ご指摘の通り、私はお父様たちに隠し事をしてきました。それは今に始まったことではありません。十年も前から誰にも口外はしないようにしようと心に決めていたことがあります。この状況に陥っても口外しない方法を模索してしまうほどに現実離れした隠し事です」
呆れられてしまうかもしれない。
手遅れだと見限られてしまうかもしれない。
前世ですらも体験をしたことがなかった恐怖感がメイヴィスを襲う。
「私には前世の記憶がございます。それも、メイヴィス・エミリー・バックスとして生きた十八年間の記憶がございます。十三歳の誕生日を迎えるまでは前世で歩んだ通りに生きてきましたが、ここ数日の間にそれではいけないのだと知る機会を得ました」
ニコラスの表情は変わらない。
メイヴィスが語る話の真偽を疑っているのだろう。
「私は転生魔法の影響を受けています。前世とは比べようもないほどに魔力が増えているのも、教わっていないはずの属性魔法や血統魔法を扱うことができるのも、今世では一度も会ったことがなかったはずの弟子の存在を認識していたことも、全ては転生魔法による影響を受けているからこその現象です」
「転生魔法は禁忌の一つだろう。それを発動させたというのか」
「術者は私ではありません。発動時、影響を受ける筈のない立場にあった私への影響を考えると、恐らく術者は私以上の影響を受けているものだと思われます」
「それは巻き込みによる魔法事故か、それとも、意図的によるものか」
「確証はありません。しかし、魔法事故に巻き込まれた可能性は限りなく低いものでしょう」
メイヴィスは腹を括っていた。
まだ心の中では父親であるニコラスに見放されたくはないと揺らいでいる気持ちもあるが、それは仕方がないことであると強引に自分を納得させた。自分自身の心を抑え込むのは慣れている。
「術者というのはメイヴィスの弟子なのだろう。お前の話が真実ならば、なぜ、再び弟子として迎え入れるような真似をした」
ニコラスは右手で自身の髪に触れる。
それは苛立っている時の癖だった。声色には変化はないものの、ニコラスとしてもそれを受け入れることができる話では無かったのだろう。
禁忌を犯した者には罰が下る。
それは魔法に携わる者ならば誰もが知っている常識だ。
「禁忌を犯した者を傍に置くのは良くないことだということは分かっているだろう。お前はその罰を共に受けるつもりか?」
禁じられた魔法に手を出した者は代償を払わなければならない。だからこそ、誰もが発動することができない魔法、禁忌の魔法であるとされているのである。
禁忌を犯した者は罪人も同然である。
それを傍に置きたがる者はいないだろう。貴族であるのならば、罪人が傍にいるという事態が許せないと拒絶をするだろう。魔法に携わったことがある者ならばその傾向は強い。
魔法を知らない者ならば罪人であるということすらも知らずに傍に置くことはあるだろうが、それは貴族にとってはどうでもいいことだ。禁忌を犯した者を罪人のように扱うのは魔法を使うことができる貴族たちだけの話である。ニコラスもその例外ではない。
「弟子を止めることができなかったのは師匠である私の罪だと考えています。私の遺した言葉により弟子が暴走をしてしまった可能性があるのならば、私は弟子と共に罪を償わなければなりません」
「発動させた際には弟子はお前の手を離れていたと?」
「私の手の届かないところにいたのは確かでしょう」
「なぜ、止めなかった」
「止めることができなかったのです」
「なぜ、言い切れる。弟子であったのならば禁忌に触れた際は通告されるはずだろう。間に合わなかったのならば、その場で罪を犯した弟子を処分しなくてはならなかったはずだ。それとも、その結果が今だと言うつもりか」
「いいえ。どれも違います」
ニコラスの言葉に首を左右に振る。
……どれも私が生きていることが前提となっている。
それに関して違和感を抱くのはメイヴィスには前世の記憶があるからである。ニコラスには前世の記憶はない。
だからこそ、これから先の未来でメイヴィスに降りかかる可能性を知らない。
それは幸せなことなのかもしれない。
愛娘が服毒自殺を図ったことを知らずにいた方が幸せなのかもしれない。
……それを否定するのはお父様の負担になってしまうだろう。
可能性として提示をするだけでも様々なことを考えてしまうことだろう。両親から大切にされていることも、貴族としては珍しく愛されているということも、メイヴィスは苦しくなるくらいには理解をしていた。
「弟子が禁忌を犯したのは私の死後の話です。私は前世を生き抜いた頃の記憶と知識、その頃に習得をした魔法の技術に関する記憶を引き継いでいますが、死後の記憶はございません。なぜ、弟子がそのような暴挙を犯したのか、後日、弟子に問いかけましょう。それまでの間、返答をお待ちいただきたいと思います」
その言葉にニコラスの表情が硬くなった。
淡々と語って見せるメイヴィスの顔を見つめていたニコラスの表情に変化に気付き、メイヴィスも困ったように眉を下げた。
「お前の話に偽りがなければ、十八の頃に死んだのだろう。……私たちはお前の死を防げなかったとでもいうのか」
その問いは覚悟をしていたものだった。
前世の記憶に関わる話をするのならば避けては通れない話である。可能な限りは誰にも打ち明けずに生きていこうと思っていたのは、その話を両親に知られたくはなかったからだった。
話さなければならない状況に陥らなければ、メイヴィスは心の中に隠し続けただろう。それでも、エドワルドの現状を変える為には両親の協力が必要だった。前世のように養子として受け入れられるような状況ではないことを知ってしまった今となっては、それは、話をしなくてはならないことに変わってしまった。
……胸が痛い。
脈が速くなっているのを感じる。
心臓が大きく音を立てている。それは緊張によるものなのだろうか。
……お父様の顔を見ていられない。
顔を俯いてしまう。
信じられない事実を聞かされた父の顔を見ていられなかった。メイヴィスを屋敷の中に閉じ込める話をしていた時よりも、メイヴィスが転生魔法の話をした時よりも恐ろしい顔をしている。その顔を見続けることはできなかった。
「メイヴィス。答えられないのか」
ニコラスの声に対し、すぐに言葉が出せなかった。
答えは決まっている。その問いに答えることはできる。
それなのにもかかわらず、メイヴィスの喉から音が出なかった。
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